30 レヴィ先生の魔法教室②
そうしてレヴィさんと話していたのだが、会話が止むと読書の方にすぐ戻るから暇な時間が続いた。
その間にレヴィさんの方に足を向けていると「スカートだから足を閉じてくれないか」と注意された。その言葉に対して、ちょっとスカートをチラつかせてからかってみると直ぐに顔が真っ赤になった。
結構からかい甲斐のある人だ。
あの本ずっと読んでる……下手な参考書より分厚い。タイトルは……属性魔導理解……なんとかかんとか。
どんなのが書いてるのかなぁ……。
ベッドの上でゴロゴロを許可してもらったから、寝そべりながら見上げていると本の上からレヴィさんの顔が覗いてきた。
「気になるのか?」
「あはは……少し、ずっと真剣に見てたので。その本って……?」
「魔導書だな」
「まどうしょ……?」
「魔法を出すための知識や、知っておかなければならない基礎的な部分が書かれているモノだな。……良かったらちょっと見てみるか?」
「はい!」
すると僕と同じベッドに深めに腰を掛け、足の間をぽんぽんと叩いてきた。
初めて会った時にもされた「ここに座りなさい」というヤツだ。
「紫の瞳だものな、今から魔法について興味があるのなら将来有望だ」
そうなのか? そうなのか。これと言って返事は返さず、レヴィさんを見上げうんうんと頷いた。
レヴィさんは手を伸ばし、僕の目の間に本を構えた。
「魔法というのはすごく大まかに言うと、魔導というのを理解するところから始まって、そこから魔素を使って魔法を発動するというのが流れだ」
「魔法を発動するたびに、その工程を思い出してやらないといけないんですか?」
「いい質問をありがとう、答えはいいえだ。例を挙げた方がわかりやすいか、そうだな……モノを投げる時のことを想定してみようか。クラディスはどうやってモノを投げる? 小石とかでいい」
「こうやって……持って、手を引いて投げます。」
投げる一連の動作をしてみたら、レヴィさんは「うむ」と小さく呟いた。
「だが、初めて“投げる”という動作をする人はそうはいかない。どうやって手に持つか、どうやったら投げるという動作が行えるのか、どう筋肉を動かしたらいいのかと考える。しかし、一度投げてしまえば『あぁ、こういう風に投げるのか』と理解して、後はどうやったら距離を伸ばすのか、体に負担をかけずに投げるのか、という応用的な部分に思考を及ばす」
「確かに……」
「それと一緒で、魔法も最初は理論を頭で理解していって、魔素を使って発動する。発動してしまえば魔素が記憶し、スキルとして会得できる。あとは使っていくうちに自分で効率が上がったり、威力が上がったり、魔素消費量を抑えれたりする……って訳だな。この程度の魔法なら、一年も経たない内に頭を使わずとも使えるようになるぞ」
と言いながら、レヴィさんは手の平の上に白い魔素が溢れ、小さな土の塊を出現させた。
空中に留まっているそれは、正真正銘、魔法だ。
「わああぁぁぁぁっ……」
「魔法は始めて見るか?」
それにくぎ付けになりながらもコクコクと頷くと、土の塊を右に左に動かしてみせてくれた。
しばらくレヴィさんの魔法を堪能させてもらうと、出していた塊を全て消してこちらに向きなおした。
「それで、先程の説明でよかったか?」
「は、はい。レヴィさんって誰かに教えたことがあるんですか? すごくわかりやすかったです」
「教えたことはないな。ただ自分がわかりやすいように解釈をしたのをそのまま噛みくだい話してみただけだ。分かりやすかったのか、それはうれしいな」
この人は教鞭を持つべき人だな。
『魔導』っていうのが魔法を撃つために必要な情報や理論で、『魔素』が威力や飛距離とかを伸ばしたりするためのものか。
さっきの例えの投石だったら、投げる時の力の入れ具合や助走、手で投げるのか腕で投げるのかっていうのが『魔導』。
それで、『魔素』が力強く投げたり手首のスナップだけだったりってやつだな。
「魔法……かっこいいです!」
「興味を持ってくれたか。なら、魔法のことを教えたいのだが……そんなに時間がないか、ふむ……」
レヴィさんの足に挟まれている状況だが、心なしか声色が良くなった気がする。
つまるところ、僕はこの人の教え子ってことか!!
僕に尻尾があるならぶんぶんと振っていると思うくらいに喜ばしいことである!
◆
だけど、考え込んでいたレヴィさんの声色に若干の変化があった。
「……いずれにせよ、ちょうどよかった。この前の昇格試験が散々だったから基礎からやり直したいと思っていたところだったのだ」
「昇格試験、ですか?」
「あぁ、私の属している所の試験さ。力及ばずに現階級に留まることになったよ」
笑顔のままだが、すこし、隠しきれない悲哀が混じる。
これがムロさんが言ってた『最近元気がない』ってやつですか。
「私も、まだまだだからな」
続けざまに言われた言葉に、僕はレヴィさんの足をポンポンと叩いた。
「……レヴィ先生なら行けますよ! ムロさんもエルシアさんも「レヴィは凄い」って言ってましたし、何も知らなかった僕が魔法に興味が持てるように説明ができるって凄いことですよ」
「な、なんだ、すごく褒めてくれるな」
「褒めるも何も、事実ですよ! 自信もってください!」
真上にあるレヴィさんの顔を見上げ、笑ってみせた。
「他人の評価より、周りの人の方がよく見てるってことです! レヴィさんの努力はちゃんと周りの人達が見てくれてますから。……って、何も知らないガキが言うのも何か違いますよね」
昔のことを思い出しながら言った。
僕が合格したのに、家庭の事情で大学進学を諦めた時。今まであった信頼、信用、評価、期待が一気に崩れて行った。
なくなってから気付いた、期待をしてもらっている内が幸せだったのだと。
そして、それと同時に他人の期待はすぐ無くなったりすることも知った。
それは過程なんて見ていないからだ。結果を出さないと、結果を残し続けないと期待も評価もされない。だけど、周りの人は見てくれている。僕にとって佳奈がそうだったように。
そうであるなら、周りの人間の評価を大事にしていこうと思った。
――どれだけ努力をしても結果が出なければ意味がない。
そうだ、世間の評価も大事なのには変わりない。
だけど、そうじゃない。努力は無駄なんかじゃないし、その努力を見てくれている人がちゃんといる。
それを知っているだけで気持ちは違う。崩れた時の立て直しが利く。
余計なお世話かもしれない。でも、レヴィさんには……恩人さんにはあの気持ちを味わってほしくないと思った。
「どーせ、世間は結果しか見てないんですよ」
と、ここまで話して、本当に余計なお世話になっている気がして。
「……まぁ、でも、試験とかの結果は……あれですけど」
ごもごもと言葉が尻すぼみになっていく。
悩み相談はとても取り扱いの難しい話だ。それを何も知らないガキがいけしゃあしゃあと……。
若干気まずく思えてきたけれど、ここまで言ったのだから仕方ないとして。
どうせ後には引けぬと、レヴィさんの顔色をうかがいながら言葉の続きを、少し。
「……世間の評価ばかりに固執してると辛くなってきますから。周りの人達はちゃんとレヴィさんの実力を知ってますよ。だから気を楽にっていうのは変ですけど……、えーっと」
良い言葉が出てこずに悩んでいると、レヴィさんの細い指が僕の髪をかき上げた。
きょとんしていると、優しい顔で微笑まれ、思わずドキッとしてしまう。
「あ、あの、レヴィ……さん?」
「……そうだな。そうだ」
「……?」
「いや、なんでもない。少し、軽くなった」
その言葉を聞いて僕の目は見開いていく。
上がる口角のまま、レヴィさんに話しかけようとしていると。
「――へいへい! ただいま~!!」
バンっと扉を開けて、エルシアさんとムロさんが帰ってきた。
クエストの報告とかがあって遅れたのだろうか、結構時間がかかっていたような気がする。
「腹へったぁぁぁぁっ………って、レヴィしかいねぇのか? 坊主はどうした?」
「ん? ここにいるぞ」
「……いなくね?」
僕を探している様子だったので、体を傾けて顔をのぞかせて「おかえりなさい」と言ってみた。
突然の出現に二人は目を丸くして驚いてくれている。コンマ数秒の時間をおいて、二人はくすっと笑った。
「女の子を股の間にいれて……全く。昼間から変態だなレヴィは」
「いくらクラちゃんが可愛いからって手を出しちゃだめじゃないレヴィ」
2人はレヴィさんと僕が初めて会って、レヴィさんが作った遮音の土牢から出てきたときと同じような言葉を投げた。
レヴィさんは常識人だから、こういう系のノリは受け流すって僕はもう知ってる。
ここは、「何言ってるのだ、クラディスは男だぞ」というところだな。
「手を出してしまった。もしかして二人も狙っていたのか?」
「「はははははっ……えっ」」
「……えっ」
え? レヴィさん? レヴィさん??
恐る恐るレヴィさんの顔を見上げると僕に気づいたのか。
「こういうのもたまには、な」
と小さく首を傾げながら小さく言って、フッと笑った。
「……ぁ」
レヴィさんってこんな顔をするんだ。
その顔は、笑いながらも悪戯心が見える童子のような、そんな表情を浮かべていた。
「――ちょ、本当にやってたのかレヴィ!?」
「レヴィ!! あなた……!!」
詰め寄ってきて、僕の体を持ち上げたエルシアさんは匂いを嗅いで確認をして、安堵した表情をしながら驚いている。
「……レヴィがこの手の話で冗談をついた……」
「お前、いつの間にそんな不良になったんだ?」
「いつからだろうな?」
レヴィさんがあんな冗談を言うって……。
「さ、そんな話はどうでもいい、ムロが腹が減ったと言っているから料理にするか」
「なんか、レヴィ吹っ切れてないか?」
「いつも通りだが?」
「そうか……? まぁいいか。今日の料理当番は誰だ?」
「通例ならエルシアだな……でも、クラディスに任せてみよう」
「えっ、僕が当番ですか……?」
「やれるか?」
「……は、はい。やれます!」
少し吹っ切れた様子のレヴィさんの突然の任命に少しは驚いたが、料理の腕には自信があった。




