28 最弱なりの戦い方
まだあのホワイトボグって魔物は何か隠しているような気がするのは……気のせいなのか?
「どうしたの? 腕で殴る以外に攻撃方法がないの?」
ホワイトボグは一度距離を取ったのに、エルシアさんがゆっくりと近づいて行っているのに対してなぜ身動きをしない?
「その大きな口で噛みついてみるとかどう? ガオーって」
あのホワイトボグの距離の取り方はわざと? だとしたら、もしかして、あの引いた位置には理由が?
注意深く木陰に入っているホワイトボグの様子を観察していると、魔素の放出が最初に比べ顕著になっているのがわかった。
ホワイトボグの黒い魔素がホワイトボグの体の前に集まっていっている……?
魔素は何かスキルとかを発動するときに使うモノ、ってことは……。
――あいつは何かしようとしている?
「息荒くしてさ、ねぇ? つかれちゃったの?」
「エルシアさん! そいつなにかするかもしれないです!」
「クラちゃん? なにかって……」
僕の声に気づいたエルシアさんは、目の前の満身創痍に見える巨体を見上げ、特に何もしてくるような素振りは見えないホワイトボグの様子を観た。
すると風が吹き、ホワイトボグがいる位置に日が当たってキラッと目の色が見えた。
「――赤色の瞳!!?」
エルシアさんが気づいたことを分かったのか、すさまじい咆哮を放つとエルシアさんは足を竦ませ、ぺたんと地面に尻もちをついてしまった。
「うっ、あ……い、《威圧》ってマジ……?」
それを見たホワイトボグは今の位置から放出していた魔素を凝縮し、エルシアさんに向かって全力で走り出した。
その白い体毛に隠れていて見えにくいが、よく見ると胸元に魔法の陣のようなものが半分出来上がっていっているのが見える。
ムロさんと僕がいる位置からでは、カバーが間に合わない!
「エルシアさん!! 逃げて!!」
「に、逃げろって言ったって……やっば、足、動かないんだけ、ど……!」
立ち上がろうとして、失敗して。ズルズルと足を引き摺りながら距離を取ろうとしている。
どうする? どうする!? どうする!?? 恩人が目の前でピンチになってるんだぞ! あの魔法陣がどういった効果を持つかとか分からない状態で、僕は、何が……っ。最弱な僕に何かできることなんて……考えろ、考えろ!!
「…………あ」
――魔物モンスターは弱いやつから狙うってやつもいる。
頭に言葉が浮かぶと僕はよく考えずに足元にあった石を振りかぶり、ホワイトボグへ投げつけていた。
それは見事に放物線を描き、走っていたホワイトボグの頭にコツンっと当たった。
『……ァ?』
当然、こんなひ弱な腕から飛ばされる石になんの効果もない。そんなのはこの場にいた全員が分かってることだ。
だからこそ、目の前にいるエルシアさん以外に意識が向き、足を止めたのには理由があると僕は分かった。こいつは、弱い奴を狙う狡猾な魔物なんだと。
だから、ダメ押しだ!!
「お、おいっ!! この、でかぶつ……!! この場で一番弱いのは、ぼ、ぼくだぞ! かかってこい!」
震える声で叫んだ言葉だったが、鼻息が荒くなったホワイトボグに睨まれて全身が硬直をした。
や、やばっ……呼吸が、足が、視界すら小刻みに震え出した……!
胸元の魔法陣が時計の長針をなぞるようにカチカチと真上まで達しそうな中、ホワイトボグがゆらりと標的を変えたのが分かった。
『アアアアァァァァァァッ!!!』
「ひいっ!?」
先ほどエルシアさんに向けられた咆哮を食らい、僕はへたりとその場に倒れ込む。
呼吸が、上手くできない。体が動かない……! 怖い……!!
ほ、ほんとに来るのかよ!? いや、計画通りだけど! あんなに傷をつけたエルシアさんだけじゃなく、ただ弱いってだけの僕にくるなんて……!
興奮しすぎで正しい判断ができてないのか。それとも、どうせ死ぬのならば僕だけでも殺そうとしているのか。そんなことは恐怖に支配された頭では分からない。
唯一分かることがあるとするのならば……それは、地を駆ける音が聞こえているというのに僕は何もすることが出来ないということだ。
逃げる選択肢も戦う選択肢も何もできない状態というのは死の恐怖を増大させ、その無力さは胸を抉ってくる。
「……また、死ぬ……?」
その体格差と迫力は、ダンプカーが減速せずに突っ込んでくるようなもの。
近づかれるとその大きさがより鮮明に分かり、顔が引きつる。
そんな僕の頭にポンポンと手で叩かれたような軽い感触があった。
「坊主、ナイス判断だ」
「ムロさ……っ」
「うわ、ひでぇ顔。……ま、それもそうか。そりゃあ怖いわな」
エルシアさんのスピードに負けない程の速度で接近していたホワイトボグに対し、ムロさんはグォンと鞘に入ったまま大剣を大きく振りかぶった。
『グオオォォォォォォッ!!!』
「グワグワと、うるせぇんだよ!!」
体の勢いを乗せ、フルスイング。
バキッ。
反対方向の力が働き、ホワイトボグの体が拉げると5m程ある巨体が森林の方へと飛んでいった。
傷跡から血や固形物をまき散らしながら木に背中からぶつかると、同時に魔法陣が完成したようで。
カチッ。
僕らにまで聞こえるような軽快な音が響くと、すぐに円形の爆発が起こった。
土が抉られ、その範囲内のあったはずの木が一瞬にして消滅するほどの威力。その中心でホワイトボグの死体は焼け焦げ、ぷすぷすと黒煙を発している。
「はっ……は……………っ、自爆、魔法……?」
すっかり腰が抜けている様子のエルシアさんが信じられないような顔をしているのが見える。
そこにムロさんは近づいて行って、げんこつをくらわせた。
「いったぁぁぁっ!?」
「エルシアぁ……お前、油断しすぎだぞ……!!」
「だって、ホワイトボグが魔法を使うなんて聞いたことなかったんだもん!」
「だもんじゃねぇだろ!!」
「ムロがいるから絶対安心じゃん! 信頼してんだよ!!」
「責任転嫁するな! 激昂するな! 反省しろって言ってんだ!!」
話を聞く限り本来はあのホワイトボグという魔物は魔法を使うことがないらしい。
だったら、あの魔素が近接戦闘に使われ……えっ、あれ以上にパワーが上がるってことだよな?
「坊主が危険を知らせて、気をひいたからよかったものの……最近は異常事態が頻繁に起こってんだ。それくらいあるかもしれねぇって頭に入れて戦闘しろ!」
「うぅぅぅ……っ。そんなに怒らなくてもっ! ううっ、クラちゃぁぁぁんありがとう………。ごめんねぇぇぇぇぇぇ~怖かったよねぇ…………」
涙と鼻水を垂らしたまま抱き寄せてきて、頭の上に顎をおいてズビズビと泣きじゃくってきた。
「いや、そんな、僕こそ何もできてないですし……。怖かったですけど……ほんとに、こっちに走ってくるとはおもってなくて。時間が稼げれたらいいかと思ってただけなので」
「うぅぅぅっ、くらちゃぁぁぁあん……」
「なにはともあれ、お疲れ様です。戦う姿、かっこよかったですよ」
これはお世辞ではなく、事実だ。
小さな刀で目にもとまらない連続での攻撃は正直に言って見惚れるものだった。
ムロさんの一発の重たい一撃より、僕はエルシアさんの戦闘スタイルの方が好きだ。
「クラちゃん………!! 好きっ――」
「甘やかすな」
頭をガッと掴み、口をすぼめていたエルシアさんを引きはがしていった。
「坊主、すまんが先に帰っておいてくれないか? 討伐した証明を持って帰る必要がある。それにこいつには色々言っておかないといけないからな」
「えぇぇぇぇ~」
「わかりました。では、先に帰っておきます」
「くらちゃぁぁぁん」
「うるせぇ!」
「いったぁ!? なんでそんなに殴んのさ!! そもそもムロが戦ってたらこうはならなかったんじゃないの!? 全力で走れば間に合ったんじゃないの!? 監督不行き届きじゃん! 怠慢じゃん! 私だけ怒られるのはおかしいじゃん! 反省してよ!」
「お前を強くしろって言われてんだぞ、俺は。アイツに手を出したのは坊主のとこまで走ってきたからだ。そもそもだ! アイツの威圧で腰抜かさなかったら良かっただけだろ」
「抜けたんだから仕方ないでしょ!」
「なんでそんなにエラソーなんだよ、ったく。抜くのは頭のネジだけにしとけっての」
「なにそれ、面白いとおもって――ギャアッ!?」
またゲンコツをされているエルシアさんを横目に、ムロさんに言われた通りに来た道を思い出しながら帰っていった。




