26 クエスト見学
「あはははっはははははっは、なんだその恰好お前……くっはははははっ、ゲホ、ゲホッ」
「クラディス……私はよく似合っていると思うぞ? とても」
「本当ですか?」
「……あっぁ。よく、似合っているぞ」
「なんでこっち向かないんですか? こっち向いて話してくださいよ。ねぇ? レヴィさん」
僕達4人は自分たちの部屋の前で立ち話をしている。
ムロさんに呼ばれ僕が部屋から出てくると2人は吹き出して、今の状況になった。そんな僕はレヴィさんを問い詰めているところなのだが……。
(どうしてこうなった……)
僕は替えの衣類がないことをお風呂に上がった後に気づいた。
いや、これまでの期間ずっと同じ服と同じ下着をはいていたという訳ではないんだよ。持ち合わせがなかった、ということ。
それで、エルシアさんに相談したところ「私の服を貸してあげるよ」と言われ、この外出中に着ていない衣類を貸してもらうことになったのだが……。
エルシアさんが貸してくれたのは上着はだぼだぼなパーカーのようなフードつき衣類、下はスカート。
(異世界の服装って……こんなカジュアルでいいのか?)
借りたのがスカートっていうのは理由があって、下着を借りるのを遠慮していたら、「スカートなら下着をはかなくても大丈夫なんじゃない?」と言われ、パンツをはいていない状態でスカートをはいている状態です。
……とても空気の通りがよろしいことです。
エルシアさんに服を借りなかったら裸のままだったから、私服を貸してもらったのはありがたいことなのだけど。
「可愛いなぁ、お前。本当は女じゃねぇのか!? ははははっ」
こうやって、ゲラゲラ笑われているのは別のことだ。
とても不満だ。抗議をしたい。
「かわいいでしょ~、私のコーディネート!」
「エルシアにしちゃ、いい具合じゃねぇの……? いやぁぁぁ、よく似合ってるぞ~」
笑ってはいないが、平気を装っている気がしたのでムロさんのことを見つめてみた。
「ぉ…………ダァメだ……はっははははは!!! なんで見つめてくんだよ! ははははっはっはは」
やはり、笑いを堪えていたようだ。
そんなに笑う?
ちょっと笑いすぎな気がして眉間にしわが寄った。
僕は男なのだ。女装癖はないのだ。
不服そうな顔をしていると、エルシアさんが頭を撫でた。
「ムロ笑いすぎ。で、なんで集合をかけたの? 今日はもう何も予定はないって言ってたと思うんだけど」
「はっははははぁ…………え? あぁ、いや、ちょっとな。この村のクエストを見に行っていたんだが、良いのがあったから坊主とお前も連れて行こうと思って」
「いいクエスト? そんなのがあったの?」
「あぁ、とりあえずレヴィは留守番しておいてくれ。長い間ずっとあの車を走らせてたから疲れてるだろうし」
「わかった。じゃあゆっくりさせてもらおう」
クエストに僕も連れていくって大丈夫なのか?
ムロさんのことだからちゃんとそこらへんは配慮してくれているんだと思うが……。
「ほら行くぞ坊主」
「クラちゃんゴーゴー!」
エルシアさんに背中を押されて、笑われたことに不満が残るまま宿を出た。
とても周りの目が気になるのはもう仕方ない。
今の僕では何もできない。
とりあえず、風でスカートめくれないように抑えておこう……。
◇◇◇
そんな状態で村を出て、少し離れた森林近くまで歩いて行った。
僕達が車で来た方向とはまた違うところ、村の近くということもあって道が途中まで舗装されていたのだが、少し前から舗装もなくなり雑草が生い茂っている。
そして、なにより平原ということもあり風がやたら強い。
スカートさん、そんなにヒラヒラと煽られないで……。
「……ってか、最近レヴィのやつ元気ねぇよなー」
「え、そう?」
「なんかな、微妙に落ち込んでる? ような気がすんだよ」
「私は特にそういうの感じないけど……ムロってそういうのによく気付くわね」
「天才だからな」
二人が話してる内容が気になったけど、スカートを抑えるのに必死で全く会話に入れなかった。
(レヴィさんが元気がない……? そうなのか……?)
少しでも気を抜くと下半身が露わになってしまうから、細心の注意で話を聞いていく。
「まぁ、何かあったら話してくるだろうし、こっちからなんか話すのも違うしなぁ」
「繊細なところ突っ込むのはやめた方がいいわよ」
「お前じゃあるまいし、俺はちゃんとそこら辺知ってらぁ」
「ほら、すぐそうやって馬鹿にする!! 私だって傷つくことだってあるんだからね!」
「あーあーうるせ。まぁ、坊主もなんか気付くことがあったら――って何やってんだ?」
「いえ、その、風が……下、履いてないから」
ずっとスカートの裾を持ってることに対しての指摘に、思わず答えを返してしまった。
焦って顔を上げると、ちょっと引いたような顔を向けられてるのに気づいた。
「お前、そういう趣味が……」
「ち、ちがっ!!」
「ぷぷっ。ムロ、繊細なところよ」
「あぁ、そうか、わるいな……聞かなかったことにするわ」
「違いますって!!!」
◇◇◇
そのまま弄られながら森の入口まで歩いていくと、ムロさんが歩くのをやめて辺りをキョロキョロとし始めた。
「ん~情報によると……ここらへんか。そうだな」
「ムロ~? そろそろ何のクエスト受けたか教えてくれてもいいんじゃない?」
「ただ縄張りを拡大してきた元気な魔物を懲らしめるだけだ。」
「懲らしめる……? ってどんなことを」
「ん~、坊主にもわかりやすくするとしたら……」
――ドンッ。
ムロさんが強く地面に足を踏み込み、大きな音を立てた。
「わ、びっくりした……。」
突然の大きな音でビクッと驚いた。
音を立てて、懲らしめるってこと……? そんなことなら冒険者に頼ることはないよな。
「でてくるよ、見てて」
エルシアさんが僕の横で耳打ちをした。
出てくるって、なにが出てくるのだろう……と思っていたら、ソレはすぐに姿を現した。
その魔物と言われていたモノの姿は馬そのものだった。
白いたてがみ、長い脚、体から黒い魔素が霧のように漏れ出しているのがわかる。
それは1体だけではなかった。
「お~、3体も出てきたか。威勢のいいやつらだな」
馬の魔物を前にムロさんは余裕の様子だ。
近くにいたエルシアさんもムロさんの方に近づいて行った。
「あ……危なくないんですか!?」
僕の言葉を無視して、二人は距離を詰めて行った。
ムロさんがその場から一瞬で魔物の足元までに移動し、その手に持っていた大剣で首を落とした。
「なーんも危ないことなんかねぇさ。こうやって懲らしめるだけでいいんだからよ」
切断された馬の首が地面に落下し、切断面から勢いよく血が飛び、草を血の色に染めていく。
「えっ、えっ……」
「ムロ、かっこつけてる~」
エルシアさんは、腰に携えていた10数個ある小刀を2刀、両手に取り体の前に構えた。
突進してきた魔物を横に回避し、馬の魔素が先程より多く漏れ出したの見えたのだが、エルシアさんは何かされる前に側面胴体部の皮膚を抉り、二つの線を刻んだ。
『ブルゥゥァ!!?』
「ハッハッハ、遅い遅い!!」
攻撃にひるんだ魔物がエルシアさんの方に方向転換を試みたように見えた。だが、胴体部へのダメージがあってバランスを崩したみたいだ。
その好機を見逃さず馬に飛び乗り、小刀を地面に投げ捨て、眼球を両手真上から勢いよくおろし、潰した。
両目をつぶされた魔物が『アァァッ!!!!??』と叫び、暴れ回る。必死にエルシアさんを下ろそうとしているのだろう。
「やかましい!」
暴れる魔物の背中から素早く飛び降り、地に着いた足で地面を力強く蹴って、首に回し蹴りを食らわせた。
蹴られた魔物の口から『ゴゴゴゴオォッ』と音が漏れ出し、首が曲がるはずがない方向に曲がって血を吐きだした。
「ふぅ……」
「エルシア、一体に時間かけすぎだろ」
三体いたはずの馬の魔物はあっという間に倒され、地面に横たわっていた。
エルシアさんの戦闘中にもう一体もたおしていたってこと……? 気づかなかった……。
「すごい……」
「はっはは、だろ。これが冒険者ってやつだ」
「ムロは典型的なパワータイプで私は遊撃っていうんだけど……まぁ、ちょこちょこ戦うのが得意って感じ」
エルシアさんは投げていた小刀を拾い上げ、血をパッパッと払った。
「お二人とも、本当につよいんですね……」
「レヴィは今ここにいないが、あいつも強いぞ。俺らとは違う強さだけどな」
「そうね、レヴィは魔導士の協会に入ってるくらいだからね」
「協会……?」
「あとで説明するわ。多分、ここからが本題なんだろうし」
血を払った二つの小刀をこすり合わせながら森の方に目を向けたエルシアさんを見て、ムロさんがにやけた。
「お、分かったか」
「ムロのことだもん、あんな馬退治のクエストなんか受けないでしょ」
「バレバレだな。まぁ、そろそろ怒って出てくると思うぞ。最近調子に乗っているここら一体のヌシが――」
その時『グァァァァアアアアアァァッ!!!!!!』と森から大きな叫び声が聞こえ、その後、木をなぎ倒すメキメキメキメキッという音がここまで聞こえてきた。
さっきの馬の声とはちがう……??
聞こえてきた声は低く、腹の底に響く声だった。
「坊主、気を引き締めとけよ。魔物は弱いやつから狙うってやつもいるからな」
「えっ!!?」
「そうね、特にこの声は……気を付けておいた方がいいかもしれないわ」
「ちょっ!?」
そんなこと聞いてない……! 僕は、なんか見学というかそういうつもりでついてきたのに!!
僕が、一歩後ろに下がろうとしたら、それは姿を現した。




