23 村での宿泊
エルシアさんの個性溢れる料理を食べてから何週間か経った。
あの後、一日ごとにレヴィさんの料理とムロさんの料理を食べさせてもらったけど、想像通りムロさんはお肉ばかりでレヴィさんのは二人の偏った食事を補うように野菜と魚を多めにしてくれた。
食べるだけだと申し訳ないと思って料理の手伝いを名乗り出ると、食器の準備を任せてもらえた。
その時に料理をしている様子を覗いてみたけど、特にこの世界特有の料理法とかなさそうだった。
とまれ、楽しい時間だった。狩りの手伝いや、お遣いをして、同じ屋根の下でぐーすかと寝たりと。ムロさんは豪快なイビキをかくから何回起こされたか分からないが。
そんな充実した期間を送っていた中、個人的に一番大きかったのが、三人からこの世界の話を色々と聞くことができたことだった。
エリルがしてくれた理論的な話とはまた別で、冒険者という職業と、この世界で生きている人の視点からの情報で大変興味深いものが多くあった。
1.僕が拾われた場所は【ロベル王国】の西方らしい。
2.僕たちがいるこの土地は海洋国で全体を【ARCUS第四地区】という。
3.海の外には他の土地ががある。ARCUSの本土が大きくあり、それらを囲うように一から四までの地区が海に浮かんでいるらしい。
4.この世界には魔王がいる。
僕たちがいる『ARCUS第四地区』というところは三つの王国があるようで、王国の名前は西から『ロベル』『ぺネロ』『デュアラル』。それぞれの王国の領土が、僕たち『ARCUS第四地区』に住んでいる人の行動可能領域だと言われた。
その王国の領土以外の土地は三体の魔王が支配しているらしい。
その領地に何年かに一度『領土奪還』を掲げ、侵攻しているという話も聞いた。
領土ってそんなに大事なのかな?
って思ったけど、僕らが住んでいる、この『ARCUS第四地区』の土地の四分の三は魔王の領土らしい。なるほど、魔王の脅威に曝されているというヤツだ。
ちなみにドラゴンはしっかりいるらしい。
とりあえず『ファンタジーの世界』で、『土地の四分の三は魔王が持ってる』が重要そうだな。
「――デュアラル王国の王国軍トップの元帥はマールベリーとエスタの二人なのだが、出会ったら注意をしておけ。出会うことはないとは思うが、中々に癖が強い。実力はあるが……なんというか変人の類だ。で……っと、大体こんなものか? クラディスがどこまで知っているかわからないから大きく言ったが、どうだ?」
今は、丁度デュアラル王国の話を聞き終えたところだ。
僕らが今向かっている王国は所謂大国というものらしく、住み心地が他の二国と比べて良いらしい。その理由を諸々と、その王国を守っている王国軍の話を少し聞いた。
とりあえず……住みやすいが、王国軍のトップの癖が強い、と覚えておけばいいか。
「ありがとうございます。大変勉強になりました。村の中にいた時はそんなこと教えてもらわなかったので」
「そうか、なら良かった」
今の時間は早朝。レヴィさんの寝ぐせは今日も調子がよろしいようだ。
「ん、私の顔に何かついているのか?」
「いえ、何でも……あ、今日はどんな予定かって聞いていいですか?」
「今日の予定か、今日は昼前頃に着く村に泊まる予定だな。そのあとは特には予定はない気がする」
と言ってから、そうだ、と思い出したように。
「クラディスが良かったらでいいんだが、冒険者の登録でもしておくか?」
「冒険者って、もしかしてレヴィさん達と同じやつですか? 僕なんかでもなれるんですか……?」
「もちろん。その反応なら何も問題なさそうだな、あとでムロのほうに連絡をしておく」
「ありがとうございます!」
冒険者になれるという話があれば、黙っていられない。
今後、佳奈を探しに旅に出る際に旅先で依頼を達成して生計を立てることができる。
「久しぶりにゆっくり湯舟に浸かれる……」
「レヴィさんもお風呂は好きですか?」
「あぁ、大好きだ。クラディスは?」
眠たそうな顔から嬉しそうな表情になったレヴィさんを見つめ、僕もへらっと笑った。
「僕も、大好きです」
こちらの世界にもお風呂という文化があって大変喜ばしい。日本男児のほとんどはお風呂が大好きだからな。
シャワーよりお風呂、行水よりお風呂。お風呂は大変良いモノだ。
それに……前は忙しくてシャワーばかりだったからな。
村につくまでが待ち遠しかったので、もう少しレヴィさんと会話をしていき、時間を使っていった。
◆
村にはレヴィさんの予定時刻の昼前に着いた。
大きい村――というより小さな町といった方がいい気がするな。村のイメージの域を超えて大きかった。
食事ができそうなお店やその他嗜好品を取り扱っているお店、それと商店街のような食材を取り揃えているお店が並んでいる小さな通りも目に付く。
「では、お借りしていただいたお部屋は二階の奥の213と214ですね。はい、鍵を渡しておきます」
「明日の昼までに出ればいいか?」
「そうですね、明日の予約は数件だけなのでそこまで厳密に時間設定はしませんが、大体14時を過ぎた場合、二日分の料金が発生するかと」
「分かった。ではそのようにする」
二階の奥が空き部屋が数室あったということで、二部屋を借りたようだ。二部屋ということは男女で部屋を別々にするという配慮なのだろう。
それにしても、しっかりとした造りの宿屋だなぁ……。
和風ではないけど、床も木材で作られているようで落ち着く造りになっている。
宿の受付は、僕の背丈では顔すらのぞかせることができない程高かった。幼い時をよく思い出させてくれた。
あの絶妙な高さはアイス屋さんの試食の時とか、借りたスプーンを戻す所が高すぎて困っていたのと同じだ。またあの思いをすることになるとは思ってもみなかった。
受付が終わったら、借りた部屋に荷物を入れるのが始まった。
手荷物は僕はなかったので三人の荷物の運び入れを手伝ったのだが、荷物といってもエルシアさんが持っていたような袋に大体のモノは入っているので、持ち運びが簡単だった。
袋に入れてない物はカウンターの荷物を預かるところに預けていった。
荷物入れを終了したので、ムロさんとレヴィさんの部屋にふらふらとついて行こうとしたのだが「クラちゃん!! クラちゃんはこっち!!」と持ち上げられ、隣室に連れていかれた。
部屋に入るとエルシアさんはベッドにダイブをして、跳ねた。
「あ~!! ベッド!! ひさしぶりの~。やっぱりベッドはいいモノだわー……」
「ぼ、僕とエルシアさんが同室って、僕、男なんですけど……」
「え~? クラちゃんは男の子だから関係ないもーーん。それに、ベッドは基本2つずつだから四人だったし2人2人に分かれないといけないの。だからクラちゃんと私は同室決定! 異論は認めません!」
「異論をするつもりはありませんけど……、さすがに」
「え~、嫌なら三人部屋借りようか? 今ならまだキャンセルも……」
「いえ! そんな嫌じゃありません! けど、遠慮っていうか」
「アハハハッ、分かったわ。私に遠慮しなくてもいいから一緒の部屋で決定ね」
エルシアさんは荷物を地面に投げ、黒く長い靴下を脱ぎ始め「うわ、臭い……」と言って、靴下も投げた。
その後は上着も脱ぎ、シャツ姿になって冷蔵庫のようなモノに入っていた冷水を飲みだした。
冷蔵庫……とは多分違うのだろうけど、予想していたより文明の水準は高い。
そもそも魔法とか袋を拡張してる時点で、元の世界より文明は先に先に進んでいるのかもしれない。
「……っぱぁ! 水がこんなにおいしく感じるとは……。あ、そういえばお風呂どうする? 先に入る? 今日はもう特に何も用事がないらしいけど」
「いいんですか? エルシアさんの方が疲れているんじゃ」
「私の心配はいいよ~慣れっこだし。クラちゃんの方が慣れてないんだろうから、先に入っていいよ!」
「それなら、お言葉に甘えさせてもらいます」
ここずっと「行水」ばかりだったから、はやく体をしっかりと洗いたかったというのが本音。
それにお昼前に入るということは夕方にまた入ることができる、一日に二度も三度も大好きなお風呂に入れるのは宿のいいところだろう。
浴槽に湯がたまるまで特に何もすることがなかったので、部屋を見て回ることにした。
部屋の湯舟はビジネスホテルより少し大きいほどのサイズなのだが、この体なら全く問題ないサイズ。
トイレとは別の仕様らしくエルシアさんのトイレと被ることはないし、なんと脱衣室もあった。
二つのベッドがあって部屋はそこまで広くはないが、二人が一日、二日滞在するくらいなら何も問題なさそう。
「クラちゃん興味津々だね」
「ちょっとウキウキって感じです」
「それは良かった。まぁゆっくりしててね、ちょっとムロ達のとこ行ってくるから~」
「ムロさんのとこ……?」
「なんか話があるとかなんとかって。どうせ今後の調整とかなんでしょうけど」
「調整……分かりました。でしたら、部屋の鍵とかって……」
「ん、あ~、鍵は一応もって出ておくね。そんなに時間かからないと思うけど」
そういうとエルシアさんは笑いながら、シャツの上に上着を羽織ってムロさんたちのいる隣室まで行った。
「一人……になった。暇になってしまった」
僕もエルシアさんがしたようにベッドにダイブしてみたい気はあるけど、さすがに汗かいたままだしちょっと遠慮しよう。
チラと見た脱衣所は衣類を入れるケースのようなモノもあったし、姿見もあった。乾燥機や洗濯機のようなものは確認できなかったけど、なかなかいい宿のような気がする。
そう思うと、冒険者とか他の職業の人が行き来する地点の村にこういう宿があったり、それなりの品物をそろえていたら疑似的な観光業のようなモノができるのではないか?
ふむふむ。そう考えると興味深い。
そう思って浴槽を覗いてみるとお湯がいい感じに湯が溜まっているのが見えた。
「溜まってるってことは……入るしかないよな」
少し気持ちが舞い上がり、僕は入るために脱衣を始めた。




