22 おつかい終了
そこに生えていた最後のヒソト草を採集して、レヴィさんからもらっていた袋に詰めた。
「エリルありがとう。おかげでお遣いが終われたよぉ」
はたはたとズボンに付いた土を叩き、腰をぐぅーっと伸ばす。
若い体では必要のないことかもしれないけど、癖だ、癖。
「なーに言ってるんですかぁ!? まだです! まだ!! 私たちのお遣いは終わっていません!」
「? 終わったけど」
ヒソト草が入ってる袋をほら、と持ち上げたら、それは分かってるんです、と頷かれた。
「じゃあ……何するの?」
「この平原のヒソト草を刈りつくしてやりましょう」
「それはさすがに……」
「構いません!! ヒソトという岩がある限りヒソト草は生えてきます! それに、これだけ探したんですよ!!」
エリルはどうやら相当堪えていたらしい。
普段の元気が吹っ切れて、変なテンションになっている。
僕と一緒に行動する前はデスクワークばかりだと言っていたから、外で走り回るのが楽しいっていうのもあるのかな……?
まぁ、いっか、時間はあるし。
「……よし、そういうことなら……エリル! どっちがたくさんヒソト草を取れるか競争だ!!」
「なんですと!! ますたー!! 私に勝てると思ってるんですか、いいでしょう! 勝負です!!」
こうしてエリルのテンションに引っ張られて変なテンションになった僕たちは、日が暮れる頃には車に戻ってきてねという時間ギリギリまでヒソト草の採集を競っていた。
「これは……」
2人が待つ車に戻った僕は、ヒソト草がいっぱい詰められた袋をレヴィさんに手渡した。
エリルとの競争は僕の負けに終わってしまい、正気に戻ったエリルが「なんであんなにハイテンションになってたんでしょうか」と反省し始めたのは、今でもクスッと来てしまう。
でもなぜか、ヒソト草が溢れている袋を受け取ったレヴィさんの顔が引きつっている。
後ろの方で火起こしを終えてくつろいでいるムロさんの方にさっと袋を持っていった。僕の所まで話し声は届いていないけど、何やら話しているようだ。
何を話しているんだろう……?
◆◇◆
「おい、ムロ。どうする、これ」
「どうするって、褒めればいいだろ。よくやったなぁーって」
「しかし、これだぞ?」
レヴィは薬草が詰められている袋をぐいっと持ち上げた。
かなり大きめな袋にパンパンに入っているのは『ヒソト草』。
希少な薬草で有名であり、レヴィが持っている本にも明確な情報は記載をされてはいない。
それもそのはず、鑑定を持つものは採集などをすることがない。ヒソト草の生える場所の特徴は書けども、何故治癒効果を持っているのかまでは現在判明していない。
ましてや薬草を使うのは聖教会かそこらの治癒院くらいだ。行商人が携わることも少ないから出回らないから、その希少性が増す。
そのような薬草が、袋一杯に詰められている。
「冒険者依頼の規定量を超えてしまってる。一気にこの量が出回ったら……マズイのではないか?」
「そんなもん俺らに関係ねぇ。あの坊主が生い茂ってるところを見つけて、取ってきた。それだけだろ? ギルドに卸したらいい金になる」
「それもそうだが……」
「お前が坊主にやった眼帯よりも稼げれたじゃねぇか。やったな」
笑いながらレヴィの肩をパシパシと叩いた。
「おーい、坊主やったな! たくさんのヒソト草集めてきてよ! レヴィ喜んでるぞ!」
体を倒しながら親指を立ててクラディスを褒め、レヴィの方へと顔を向ける。
「こんなんでいいだろ。お前はいちいち考えすぎ。ほら、お前からも」
「……クラディス、えーっと、ありがとう。助かったよ」
「ほんとですか! 良かったです!」
返ってきたクラディスの嬉しそうな声に、ムロは、ほらな、と小さく言った。
したり顔をするムロに、レヴィは嫌そうな顔を向けた。
◇◇◇
「あ、クラちゃん帰ってきてたんだ! 迎えに行ったけどいなかったから心配したけど、よかった~」
と言ってこちらへ歩いてきたのはエルシアさんだ。
「道覚えてたので。エルシアさんの姿も見えなかったから、迷子にならないようにと」
「そかそか! なら良し!」
「おっ、エルシア遅かったな。どうだった? 食料調達の方は」
「ええ、しっかり調達できたわ!」
エルシアさんはそういうと腰につけていた小さな袋に手をかけた。
どさどさっ。
10数匹の血抜きされた状態の鹿……のようなモノが目の前に出てきた。
「……へ?」
「本当に大量だなぁ。これで王国に着くくらいまでは肉には困らないな」
「群れを一生追いかけてたからね! ちょっと取り逃がしたけど、上々でしょ!」
「ほぉ。血抜きもできるようになったのか、上達してきているな。近くに川があったからそこで流水にさらせたのか」
当たり前のように会話している3人を見て、変な汗をかいた。
袋に触れた瞬間に出てきた? 魔法? エルシアさんは剣闘士っていってたし、瞳も黒色だから魔法ではないか。
だとしたら……あの袋になにか仕組みが?
「クラちゃん、袋が気になる?」
「はい! あ、いいえ」
「どっちよそれ。これはね、魔法の袋なの。空間魔法が袋に刻印されていて……んっと、袋の中が見た目よりもっと大きく作られているって感じー……かな、出し入れは自由でさっきみたいに一気に出せたりするし……」
エルシアさんがもう一度袋に触れると、鹿が一瞬で消えた。
「こんな感じで一度入れたものは出し入れが自由になるの! 場所は任意で指定出来るから凄く便利! 武器とかにも使えるの! 練習すれば手元に召喚できるようになるのよ!」
腰にぶら下がっている袋を少し持ち上げながら説明してくれた。
魔法が刻印されている? 袋を作る際になにか細工をしたってことなのかな。
あの小さな袋にあれほどの量のモノが入るって、とても便利な話だ。
「……すごい」
「ふふ、お値段は高いけど価値あるものよ。これはレヴィがランクアップの祝いで買ってくれたの」
「冒険者のランクアップは祝わないとな。クラディスも冒険者になって、昇格したときには何かプレゼントしよう」
「ほんとですか!」
「あぁ、楽しみにしておいてくれ」
プレゼントか。これで強くなるための目的が増えた。
「よし、じゃあ全員帰ってきたことだから飯にするか。今日の担当は……」
「はい! はい!! 私! 私の番!!」
「エルシアだっけか、でもお前今日食料調達もしたから違う人に回した方が」
「何言ってるのさ、私がやるわ! 腕によりをかけてね!」
袖をまくって、鼻をフンっと鳴らしてやる気満々の様子だ。
◇◇◇
「お待たせ! 料理つくったから自分の分とりにきて!」
「はーい」
「今日のご飯はパンと、色々入れたトマトスープ!!」
作ってくれた料理は木の器に入れられているスープと、長いパンが斜めに切られたの。
それぞれ4つのトレイに乗せられてるから持ち運びには困らないようになっていた。
トマトという知ってる名前が出てきてくれてテンションが上がる。パンもあるのか、よかった。
あ、そっか。僕より先に来ている転生者の人がいるなら、その人の食文化がこの世界の食文化に影響を与えていることだってあるかもしれないのか。
「余ってた野菜全部入れたろ。危なそうなやつたくさんあったもんな」
「その通り。困ったときはトマト使えば大体いいからね」
困ったときはトマトを使っておけばいい? そうなのか? そうなのか。
料理を乗せたトレイを持って焚火の所に歩き、座った人から各々食事を始めていく。
見ている限り「いただきます」とは言わないみたいだ。僕は「いただきます」と言わなくとも、一応手は合わせておいた。
「クラちゃんも遠慮せずとも食べてね!」
「はい、ありがとうございます」
最初にトマトスープを飲んでみることにした。
僕のこの世界初めての料理、さて、どんな味だろう。
木の器のトマトスープにスプーンを入れ、少しスプーンからの重みを感じながら口に入れて喉を通らせた。
ごくり。
……あぁ、そういう……。
「かぁぁっ、塩辛ぇっ!」
「うぅ……っ!」
二人が感想を言ってくれたから、僕からは特に何も言うまい。
ムロさんは舌を出し、レヴィさんの顔は青ざめていく。エルシアさんは慣れているのか、ごくりぱくり。
その隙に二人はこちらに、大丈夫か、と言いたげな視線を送ってきた。
それに、ゆっくりと首を横に振る。
エルシアさんが作ってくれた料理だ、快く食べたい。だが……人という者は、限界というものが存在している。
見た目は完全にトマトスープだ。うん、見た目は。スプーンで回してみるとジャガイモのようなモノや人参みたいなのと少しお肉が入っていることが分かるし。
そこまでは全然おいしそうなんだ。
「うん! 上出来! おかわりしてこよぉ~っと」
エルシアさんが歩いて行ったあと、男三人で見つめあって、頷いた。
この注がれた分だけは、どんなに塩辛く感じても食べきろうと誓った。




