227 ”力の種”
呼吸が一瞬にして乱れた。
なにか、取り込まれそうな雰囲気を感じ、咄嗟に後ろに身体を引いた。
コイツ、いま、ぼくの昔の名前を──
(エリル。……コイツ……なんだと思う)
問うた。可能性を探るためだ。ぼくには何故知っているのかの理由が一つも分からないから。
(鑑定やその上の解析を持っていても、転生前の名前はわからないはずなんですが)
しかし、エリルでも分からないと。聞いてみるしかないのか。それとも……知らないふりをしたほうが。
「聞いても教えてあげないよ。どーだろーねぇってごまかすつもりさ」
赤色の瞳が、月明かりに照らされた。
ワイングラスに注がれた液体が光るように、その瞳は蠱惑的に美しく思える。
「(調子狂う……)」と小声で愚痴った。
魔族に会話はしてはならない。
それは勉強会で学んだことだ。彼らは会話ができる。だからこそ厄介なのだと。
対面するとなるほどと分かる。会話をしたら、引きずり込まれそうになるのだ。
「あ、そうだ。逆に何したら私の仲間になってくれる?」
太ももに手を当て、聞いてきた。
エリル怒らないでって。ぼく何もしてないじゃん。ちょっと体がビクッってなっただけで。
「……5つの質問に答えてくれたら」
「4つまでね。それならいいよ」
目の前で指を立ててきた。なんだその立て方。
「なら、4つで」
「いいよ。物知りお姉さんに何でもいってみなさい」
「なんで、さっき、ひらのなんとかって呼んできたんですか?」
有耶無耶にされた話をぶり返してみた。すると、そうくるよね、と笑みを零し。
「聞いたから」
「…………」
聞き方を間違えたらこうなるか。くそ、どうしてもはぐらかそうとしてくるわけだな。
次の質問をうきうきして待っている魔族を横目に何を質問しようか悩んだ。聞きたいことはいっぱいある。でも、のこり三つ、か。
コイツがどこまで知ってるかにもよるが……知ってそうな話なら。
「ダンジョンの五階層にいたあの子は何者なんですか? どこで生まれ、どこで育ち、なぜ、あそこにいたんですか」
「あれは魔族。で、魔族には自然発生的に生まれた魔族と後天的に生まれた魔族がいる。まぁ、魔族ってのはある日ポンッと生まれる訳だ。で、あそこに流れ着いた。あのダンジョンで生まれた訳じゃあない」
初めて聞く内容にぼくは唸る。が、ここで魔族の話を掘り下げると3つ目の質問をそれで使ってしまう。
質問に簡潔にだけ答えてくるんだ。聞き方も気をつけなければ。
「……ここで何をしていた。なぜ、この村にいる。街付近で出現報告があった魔族はオマエなのか? 何が目的だ」
「ここでは人を待っていた。約束があってね。この村にいたのはたまたまさ。で、街で話題になってるのも私だね。何が目的かは最初に言った。人を待ってた。木の上でのんびりと鼻歌を歌いながらね」
やはり、コイツが街で噂になっていた魔族か。
この魔族の口ぶりから、あの少女はコイツとは関係性はなさそう。
待ち人というのも、あの子のことを指しているのだろう。
「…………そうか」
「4は? ねーねー、4つ目の質問は?」
「これで止めておけば、仲間にならなくていいだろう」
「ありャ〜! 一本取られましたなあ」
わざとらしくスッ転けて、笑ってきた。本当に調子が狂う……。
「……僕は、別にお前と敵対するわけじゃない。でも、仲間にはならない」
「それが、間違ってるとしても?」
「間違ってるかどうかは、今はわからないさ」
「物知りお姉さんでも分からないことかね」
「多分ね」
ふぅん、と確かめるような目でぼくを撫ぜる。
「間違ってたとしても、僕はこっち側を選ぶよ」
そういい切ると魔族は立ち上がり、お尻をパンパンと叩いて土埃を落とす。ぼくの尻に敷いている服を指差す。が、立ち上がらないと肩を落とした。
「あげるよ。じゃあ、それ」
「洗ってかえすよ」
「いいっての」
冗談を言うと伝わったのか、くす、と笑い、ぼくの右腕を指差した。
「その右手の傷跡は力の種さ。ちゃんと用法用量よく使いなさいな」
「力の種?」
この火傷の痕が……なにかになるのか?
「それはどういう──」
いいかけて、言葉を止めた。
「いや、質問になるからナシ」
「おっしかったのにぃっ!! くぅぅ……!」
指を鳴らして悔しがる魔族に冷や汗が垂れた。
本当に危なかった。後々、自分で調べてみるといいか……。
「おまえ、なんでそこまで僕に目をかけるんだ……? 他にも良さそうなのは沢山いるんじゃないのか?」
「それは、4つ目の質問かい?」
「違う」
「なら、言わない」
くそっ。結局、ほとんど何もわからないままだったじゃないか。
そうしていると、ふわと鼻に香りが届いた。それがなんだか懐かしく思えて。
「まァ、どうせすぐに折れてこっち側に来ることになると思うよ」
またたく間に目の前に降り立った魔族はぼくの額に手をやり、グッと押した。
次の瞬間、ぼくの意識は混濁におちていく。
「私はずっとここにいるからね。何かあったらここに来るといい」
風景が歪む。
景色が遠のいていく。
言葉だけが、耳に届く──月がキレイだ。
「待ってるからねェ。君も、君を支えてる子も」
手を振っているのが見えると……意識がぷつと途切れ。
次に目を覚ますと、そこは木の根元だった。
「なんだったんだ……」
呟いて太陽の眩しさに手をかざし……腕の火傷痕が目に入った。
色白の肌に走る惨たらしい火傷の痕。治してもらう前よりかはまともにはなってるけど……それでもきついな。
「力の種って言ってたよな……」
木の根っこでだらんと手を投げ出して、体の中の空気を換気した。
「意味わかんねー……!」
「まったくっ!! ますたーは、本当に警戒心が薄いんですから!!」
「あ、エリル先生」
「あ、エリル先生……じゃないですよ!! 魔族だったんですよ、魔族〜!!! あんな友達と会話するみたいにやったダメですよ!!」
「だってぇ〜……」
「わがままなんだから。ふんぅ……」
腰に手を当てて、やれやれと。ごめんなさい。ぼくが不用心でした。
でも、不思議と心が落ち着いていたのはそうなんだよなぁ。不思議な奴だった。
「……帰るかな」
「そうですね」
《〜でぃす。クラディス!!!!! クラディース!!!!!!!!》
「「!!?」」
突如として鞄からなりひびいた声にびっくりして飛び退いた。
この声、それに鞄がほのかに光ってる……。
《応答しろ〜!! 死んだのか〜!? 死んだなら死んだって言え!!!》
「……むろさんだ……」
鞄に近づいて、通信魔道具を取り出した。
光ってる。あの大木のときはこんなに光ってなかったのに……電波とか……?
「むろさん……聞こえます?」
《うわああああっ!!? 声でっか!!! あっははははあははははははああああ〜あ、元気だったかよ、バカ野郎が》
「えっ、あ、はい。元気ではあったんですけど……」
もしかして、魔族と対峙してる時に信号とか送ろうとしてたのが影響してるのかな。
「いっぱい連絡がいってました……? だとしたらごめんなさい」
《何いってんだオマエ。階層突破したら連絡寄越せって言ってたろ。連絡ねぇからレヴィが不安で毎晩毎晩うるせぇんだよ。なぁ?──はぁっ!? わたしはなにもへんなことは言ってはおらんだろう!!──いいや、毎晩毎晩、クラディス、大丈夫かなぁ〜、不安だなぁって。恋愛したてのおなごみたいによぉ──そうよそうよ──そんなことは断じてない!! が、心配はしていたのはそうだ。クラディス、何故連絡をよこさなかった》
……?
「ぼく、レヴィさんに連絡しました。で、出て。門が閉まるからって……」
《連絡なぞ来てはないぞ? 誰かと間違えてはいないか?》
「いや……だって、ちゃんとレヴィさんに南東の村に行けって言われて……」
《南東に村? あのダンジョンの南東にか?…………そんな村があるのか?》
え。
これ、もしかして……
──昨日の魔族の顔が思い浮かんだ。
「あー……すみません。多分、あとで、ちょっと、まとめて連絡します……とりあえず、街に戻りますので」
《分かった。気をつけるんだぞ──おかんかよ──黙れっ──黙れって言われちゃったよ──じゃあねぇクラちゃーん! ちゃんと、五体満足でしょうねぇ!!》
「はい、それは」
《いいから、あいつは大丈夫だって。ほら、仕事だ仕事。聞き取り調査いくぞ──ええぇぇ〜!?──ほい、じゃあな。クラディス。また》
「また……」
ぷつ、と通信魔道具が切れると球体が収まっていった。
騒がしかった。楽しそうだからいいけどさ。
「ますたー除け者でしたね」
「うるさいやい」
アンはそろそろ起きるくらいかな。外出てたの怒られるかな。お医者さんに診てもらってたって言えば、納得してもらえるか。
「帰ろっか」
「はい。久々の散歩もできましたし、ますたーの気持ちよさそうな寝顔を見れてよかったです」
「なんじゃそら。……〜『♪』」
「なんの鼻歌ですか?」
「え?」
あ。今、魔族のやつ、うつってた?
「頭から離れないんだよなぁ。どっかで聞いた気がするし……」
どこで聞いたんだっけ。




