18 はじめてのおつかい
休憩ポイントに着いた僕とエルシアさんはレヴィさんとムロさんを残して車から離れていった。
エルシアさんと途中まで歩いて行って、方向が違うということで途中で分かれてしまった。何も知らない土地で強い人達が近くにいないのは若干の心細さがあるけど、危なくなったら全力で帰ろう。
そんな僕は今、何をしているかというと……。
「エリル~、そっちにあったー?」
「見当たりませんー」
「……はぁ、どれも全部同じに見えてきた……」
エリルと二人で森林の入口辺りである草を探しているところだった。
それは、ヒソト草。
特徴は教えてもらったけど『茎の部分が他のより長く、葉っぱの先端が少し青っぽくなっている』だけっておかしくないか? 目を凝らして見ていたらどれも先端が青く見えてくるし、それを手に取ってみても普通の葉っぱだし。
ヒソト草の生えるポイントとしては『日の光を浴びなくても成長できる。木の根元には生えていない』だけ、こちらもアバウトすぎる情報だ。
こちらに来る時にエルシアさんにも訪ねてみたのだが、短剣をクルクル回しながら。
「ヒソト草か……へへ、実は私にも見分けつかないんだよね~」
と笑っていた。
その時は、それは初めてのお遣いの緊張をほぐすための冗談だと思っていた。
「……本当に見分けがつかないとは思わないよなぁ」
エリルは僕より少し森の中に入って探してくれている。
最初は体内に入ったままで一緒に探していたのだけれど「二人で探した方がいいです!」と言われて、二手に分かれて探している。
エルシアさんに見つかった時になんて言い訳をしようと思っていたのだが、エリルの姿はどうやら他の人には見えないのだそうだ。
まぁ、なんとも便利なお体なことだ。
そうして、生えてそうなところを回って30分程が立っているのだが全く見当たらなかった。
「ますたーありました~?」
「ないー」
「中々……骨が折れますね」
僕、この世界に向いていないのではないか?
初めてのお遣いすら失敗しそうな僕が、この世界でたくましく生きて行けれるわけがない。
「世知辛い……」
「うがぁ! 場所変えましょう! 日の光を浴びなくともいいと書いてあるなら、逆に考えると日の光が当たっていても成長するということですし」
「日の光を浴びているところを探そうか」
エリルと合流して森林沿いに歩いて行き、その間も草が生い茂っているところに目を向けながらゆっくりと探していく。
大自然に囲まれながらの散歩。田んぼが森の反対側にあれば、子どものころにTVで見ていた『村の復興企画』とかに出てきた雰囲気にそっくりだ。残念ながら向かい側には大きな岩があったり、木が生えていたり、若干の丘陵がある程度なのだが。
そんなことを考えていたら、エリルが顔を覗き込んできた。
「ますたー、この世界にはなれました?」
「慣れてるように見えますかね」
「んんー……いえ、見えません」
「だと思うよ。慣れてたら初めてのお遣いで躓いたりはしないだろうし。ほんとに、この世界の僕はどうしようもないらしい」
このお遣いは子どもがお遣いする番組と難易度は同じくらいだろうか。いや、お金を持って物を買うって行為と草を採ってくるって行為だったら、このお遣いの方が比較的簡単なのでは?
考えれば考えるほど、少し苦い顔になってくる。
「でも、ますたーが笑うようになってくれて私はうれしいですよ」
「笑うようになった? エリルと会った時笑ってた気がするけど」
「い~え、とっってもぎこちなかったです!! それにその時以外は険しい表情をしていましたよ! せっかくのお顔がもったいないですよ!」
エリルがその時の僕の表情を真似をしているのを見て、少し笑ってしまった。
僕はそんなぎこちない顔をしていたのか。
「確かに。昨日は自分が自分じゃない気がしたなあ」
村のことを聞いた時とか、特に。
「転生初日でしたからね。その体への魂の定着がまだ完璧ではなかった……とかかもしれません」
「もしかして、あの記憶を戻したやつで色々と負荷がかかったとか……はないか」
「…………」
「ええっ!? なんの沈黙!?」
「いや、だって、そんな、私だって初めてしましたし……。でも、大丈夫だと思いますよ! 今だけだと思います、時間が経てば安定すると思いますので!」
「そう……? ほんとう? ならいいけど」
手をグッパして感触を確かめたり、口角を上げてみて感覚がちゃんとあるかを再確認してみた。
洞窟の夢では体が動かなかったからな……どこか怖かったし。でも、新しい体というのは滅多にない経験だ、僕が予想できないことが起きても仕方がないのかもしれない。
とりあえず今は、動く。頬も動く。怖かったという感情もあった。大丈夫みたいだな。
「……そうだ、エリル。僕のステータスが戦闘に使えないヤツばっかりならさ、こういう時こそ真価を発揮できるのがあるんじゃないの?」
「いえ、ますたーのスキルは採集にも向いてません。最弱なので」
またこの子はそうやって。人の心を持ってないのかしら。
「ますたーのは勉強がスムーズになったり、魔素を知覚しやすくなったり、そういうのを直感的に扱えるように――」
あ、魔素。休憩ポイントに来るまでに聞いた言葉で気になってたのだ。なにも、あの車の動力がその「魔素」という奴らしい。
エネルギーのようなものなのはニュアンスで分かってる。それが人間の体から発せられているというのだから、動力にもなると。ガソリンも涙目な話だが……どういうものなのだろうか。
「って……あ!! そうか!! ますたー! そうですよ!」
「? どうですよ? そうですか?」
「そうですかね、じゃなくて! ますたーは最弱ですが、強みがあるんですよ!」
「最弱にも魅力があるんだ」
「えぇ! とびきり、周りの子どもや大人たちが嫉妬するほどの魅力が! こんなチマチマした採集なんて一瞬で終わらせれるほどの強みが!」
僕の手を握ってぶんぶんと振りまわすエリルの表情はいつにもまして楽しそうで。
「なんで私は気が付かなかったのでしょうか! サポーターだというのに。ますたーの最弱なところ――」
「あ、最弱って傷つくからやめてもらって」
「――ゴホッ、ゴホ。えぇ、っと。はい。すみませんでした。それではさっそくあちらの木陰でやりましょう」
「な、なにするの?」
グイグイと引っ張っていたまま、髪をなびかせながら振り向いて。
「ますたーのユニークスキルを武器にするんです」
 




