181 最西の迷宮にて
ここはデュアラル王国とは反対の西方にあるロベル王国の、さらに西に構えている街。
街の名前は始まりの街。
海と面していることで漁業や外国との交流が盛んに行われていることから規模は街にしては大きく、経済状況も他地域に比べると上々。
街の北にある森林は魔王――破壊者が支配している領土に跨いでいて、北側に上位迷宮、南側に下位迷宮。
計二つの迷宮が大森林に存在していた。
「――はっ……はっ……くそぉぉっ!!」
迷宮の発現理由は明確ではなく、通説では『魔王が作った』とされている。
膨大な魔素を含有していて、迷宮内も上の大地もどれだけ壊されても元に戻る自然修復能力を持っていることから、掘り起こすことも出来ず、その正体を突き止めることは未だ出来ていない。
迷宮内の魔物は凶暴化していることが多く、斃したとしても体は残らず魔石だけを残す。
魔石以外の残りは迷宮が全て吸収し、その魔素で新しく魔物を発生させる――というのが有力な通説だ。
「――馬鹿、無理に攻めるな!」
迷宮攻略は名を上げる行為には打って付けであり、低いレベルでクリアすれば、ある多種族一党のように一瞬で世間に名が知れ渡る。
その分難易度は高く、毎年多くの冒険者が帰ってこなくなるのだが……。
レイメイの近くにある下位迷宮では、二ヶ月ほど前から「挑戦をした冒険者が帰ってこない」という話がされていた。
一党が挑み、消息不明。また一党が挑み、消息不明。
ならば、と手練れの冒険者が挑戦をするも、いくら日が巡れど報告は未だなし。
ただ全滅をしているにはあまりにも長期間だとして、数週間前から冒険者依頼で調査がされていた。
そして、今まさに調査に向かっていた一党がその理由を目の当たりにしていた。
「――はぁ……はぁっ……こんなの、聞いてないぞ……!!」
息が上がる。腕が重い。
一緒に迷宮攻略に来た仲間達の半分は、もう、迷宮に吸収をされ始めている。
一振りが一撃必殺。そのような攻撃を連続で繰り出してくる敵がいたとしたら、どうだろうか。
目の前にいる黒い炎――いや、黒炎を纏っている骸骨兵。
この巨躯な魔物の一振りは、当たれば身は裂け、後に炎に纏われ、必ず死に至る。
一撃必殺とは大げさな、と誰が言えようか。事実、彼らの仲間は初手の二振りで沈められたのだ。
味わったことのない力量差に足が震え、顔が引きつる。
ただでさえ、化物が一つ。しかし、その空間にはまだ、いた。
巨躯な骸骨兵の傍ら、そこには仲間が決死の覚悟で付けた傷を修復する骸骨兵がもう二体。
戦意の喪失、絶望、安易に迷宮の調査依頼を引き受けたことへの後悔。
仲間の死に憤慨し、ギリッと歯を食いしばる。それしか、彼らが己を奮い立たせられる方法は他になかった
「援護しろ! 俺が斬る!!」
軽装剣士の男が吐き出すように叫びながら地面を蹴り、黒炎の骸骨兵へと接近。
男が握る刀剣の刃は毀れ、まともな殺傷能力は既に無い。で、あるとしても、武器はこれしか無し。
ならば精一杯に振りかぶり、切るのではなく打つように――……。
「待て! もう魔素がないんだ! 水薬も切れた。もう、魔法での援護は……!」
魔素切れ寸前。黒ローブの魔導士の彼の足元には水薬の空き瓶がカラコロと転がっている。
剣士も魔素は残り少ない。だからこそ、ここで倒さなければならないのだ。
「俺とお前しかいないんだ! ここで死ぬ訳にはいかないだろ!! いいから、援護をしろ!」
決して後ろは振り返らない。それくらいの信頼はしている。
――あいつなら、大丈夫だ。この一党のまとめ役だし、ピンチの時にはいつも何かしらをしてくれる。
二人の男の胸元に光るのは金等級の認識票。
場数は踏んできた、こんな場面も幾度も越えてきた。
今回だけ、越えることが出来ないなんて、そんなわけある――
軽装剣士の横を何かが掠め――通り過ぎた。
ぐちゃり。
瞬刻だけ聞こえた、物音のような悲鳴。
静寂。
「なに、が」
目の前にはいる。三体の魔物が、しっかりと、こちらへ攻撃することもなく立っている。
だったら、今のは音は、なんだ。軽装剣士は振り返った。
「うッ! ぉぉっおおぉっごっごぁぁぅ」
胃から逆流する食物。口から吐き出され、ボトボトと迷宮の床に落ちた。
そこにあったのは、躯。体を大きな剣で貫かれている仲間だったモノ。
同時、突き刺さっていた剣が消え、黒炎を纏う骸骨兵の手に戻っていく。
口元を抑え、震える体で倒れている仲間達を見て、男はとうとう膝をついた。
「なんだってんだ……、だって、ここは下位、だろ……? なんでこんな奴が、いるんだよぉ……!」
ずしり、ずしり。
自分の吐瀉物と床しか映ってなかった彼の視界に、大きな足を覆う黒鎧が入ってきた。
ぐわんっと鎧が擦れる音。
一秒ほどの静止。
戦意がなくなった青年の頭上に振り上げられた黒炎を纏う大剣。
「もう、やめ、やめて――」
スパンッ。
彼らがそこに訪れる前に地面に大量に転がっていた銀、金、白金の認識票。
死体こそ無かったが、迷宮に吸収抵抗の処理がされた物は多く転がっていた。
それらを見れば、彼らが訪れる前にこの空間で死んだ冒険者の数が大まかに分かる。
40は超えているが50には満たないほど。その多くはキラリと金色に輝く金等級の認識票。
ごろっ。
と、たった今、地面の認識票の数が50を越したようだ。
――そこは、五階層目の広い空間。
膨大な魔素を含有する迷宮。その中でも他の階層とは違って、一つの空間だけが広がり魔素も他の階層と比べて濃く溢れているのが、五階層毎に存在していた。
五階層、十階層、十五階層と階層を下って行くにつれて濃くなっていく。濃い魔素は、相応の魔物を作り上げる。
階層毎の空間に強力な魔物が発生していることから『危険指定階層』、『ボス部屋』等と名付けられていた。
この下位迷宮の五階層目に居たのは、骸骨兵達だった。
もちろん、ただの骸骨兵ではない。
重装備を身につけ、手には黒炎を纏う大剣。見上げるほど大きな骸骨兵が一体。
その周りには同じように装備をつけている2mほどの骸骨兵が二体。
「ごめんなさいっ、ごめんなさい……っ! また、私は……」
そして、それらに護られるような形で地面に座って寂しそうに呟く人影が、一つ。
「いつまで、私、は……っ。ここにいたらいいの……? 分からないよ……。誰か……」
転がる死体に問いかけども、答えは返ってくる訳もなく。鈴を転がしたような声がその広い空間に虚しく響く。
その者を助けに来るものは、未だ来ない。
お読みいただきありがとうございます。
更新すると言っていたのに、日を跨いでしまって申し訳ありませんでした。




