17 へんなゆめ
気がつくと、深く深く自分が慣性に従ってゆっくりと落ちていくような感覚があった。
無重力空間に放り出された時、このような感覚なのだろうか?
でも、僕は生きてきた中で何度かこの感覚を感じたことがある。
そうか、僕は眠ったんだな。
無限に続きそうな落下感覚が自分が寝始めたことを感じさせる。睡眠中にやたら意識がはっきりとしている事が何度かあったけど、この感覚はあまり好きじゃない。心がどこか虚しく、寂しく感じるからだ。
「――! こっちです!」
「見つけましたね!」
声……?
聞き覚えがない声が2つ聞こえたかと思うと落下感覚が収まり、先程まで真っ黒だった空間がオセロの黒を白に反転させるように、後方から前方に向かって色が付け足されて行った。
何が起きている……? エリルがやっているのか?
色が付け足されたその空間は薄暗く広い空間だった。洞窟のような場所なのだろうか。
その空間で一つ異様だったのは目の前に大きな扉が構えているという事だ。全く見覚えがないはずなのに何故か、この場所は心がざわつく。
すると目の前の人が誰かが僕を心配そうに呼びかけた。その人の顔は首から上がぼやけてよく見えない。
声は少しノイズが走り明確には聞き取れないが、声の高さ的に幼い女の子だろうか?
「どうしたんですか?」
もう1人が声を出した。最初に呼んでいた女性と同様に顔はよく見えない。こちらも声的に女性……か? どういう状況だ……?
見たこともない場所、聞いたこともない声、知らない2人。夢なのにハッキリと意識があることは何度かあったのだけど、こんな体験は初めてだ。
2人の呼びかけに対してなにかアクションを起こそうとするが、体が動かないことに気づいた。
……また動かないのか。
エリルと会った時もこんな感じだった気がする。でもその時と明確に違うのは目が見えるという事だ。
ぼんやり考えているとドンッと景色が縦に揺れた。
わっ!? 今度はなんだ……?
思わず見上げていた顔を2人の方に向けてみるが、こっちを見て止まっているのは変わらないし、この空間が崩れたりすることも無い。
なんの動きだったんだ? この洞窟みたいな中で地震が起こったって感じじゃなさそうだな。この夢の中の動きじゃなかったってことは……。
「あ」
僕が意図せず呟いた声で視界が一気に暗転し、背中に振動を感じた。
この不定期にかすかに揺れる感じ、これもよく知っている感覚だ。
僕は目を開いた。目の前には薄暗い濃い緑色の天井。横を見てみると陽の光が布と布が被ってない部分から入り込んでいる。
「変な夢……」
やっぱり夢だったか。それはそうか、知らないものばかりだったから当たり前だな。
◆
やけに目覚めがいいので、上体を起こして体を伸ばしているとこちらに気づいたのか、エルシアさんが声をかけてきた。
「あ、ごめん。クラちゃん起こしちゃった?」
「あぁ……いえ。大丈夫です。エルシアさんはずっと起きてたんですか?」
「ううん。交代しながらだからさっきまで寝てたわ。ほら、まだ寝ぐせがついてる」
「あ、本当だ。横向いて寝てたんですね」
「そ、髪が前より短いからよくつくのよね、めんどくさいったらありゃしないわ」
見事なまでの横はねで思わず言ってしまったが、ちゃんと受け止めてくれた。昨日会ったばかりなのに何気ない会話ができる。エルシアさんと話すときはなんだか緊張しないな。
外の眺めを見るとゆっくりと景色が流れていて、昨日居た場所とそう変わらない景色が続いている。
「あ、そうそう。クラちゃんが寝たあとにムロの言い方に注意したから安心してね」
「あはは……全然大丈夫でしたよ」
本当に気にしてなかった。バイトの上司の方がきつく当たってくるし、もっとネチネチした言い方で言ってくるから逆にああやってストレートな言い方は返ってありがたい。言っていることがちゃんと理解できて理不尽ではない。
「ん……、朝から元気だな」
後ろから眠そうなレヴィさんの声が聞こえてきた。
長髪ストレートな髪型だったのだが、寝癖がチョンチョンと着いている。目は開いてすらいない。
すごく眠たそうだ、体全体から眠たそうなのが伝わる。
「あ、レヴィ。ムロって不器用すぎよね?」
「ぅ……。な? えぁ…………そうだな……?」
モゾモゾとさっきまでかけていた布で体を包み、上半身芋虫状態で僕の反対方向へと座り「寒い……」とつぶやいた。
その様子をじっとみていると、視線に気づいたのかふいっと外に顔をむけてしまった。
「朝は弱いんだ……」
その一言で少し笑ってしまいそうになった。
「そういえば、クラちゃんが寝てから3人で話し合ったんだけど、聞いてくれる?」
「は、はい。なんですか」
「もう少ししたら、今日の休憩ポイントに着くから、そこでクラちゃんにはお遣いを頼もうと思って」
「おつかい、ですか?」
「うん。ちょっとしたもの。その間わたしは食料確保してるし、ムロとレヴィは野営の準備兼お留守番って感じ!」
野営……ってことはキャンプみたいな感じか!
向こうの世界じゃキャンプなんてやったことないから楽しみだな。食事はやっぱりカレーとかだろうか?
「野営、楽しみです」
ウキウキしているのがエルシアさんに伝わったのかわからないが、優しい笑顔をこちらにむけた。
「よーし! じゃあ、目的地に向かって全速全しーん!!!」
そういうとエルシアさんは車の速度を上げた。
びゅんと風が中に入ってくることで、朝の気温が比較的低い状態でのそれはレヴィさんにとってキツかったらしく、ゆっくりとバレないように車内で戻っていった。




