閑話 ユシル村
太陽が暖かい日差しを降り注がせ、それを草花が受け取り生き生きとしている。
時折吹く風に草花は体を揺らし、自然の香りを乗せて次に送っていく。
その場所は辺り一面人工的な建物がなく、所々に木が生えており殺風景と表現してしまうとそれまでだが、人の手があまり加えられていない平原。
そんな平原の路上にある小石に、少しの振動を加えられながら目的地に向かっている六輪の車が一台。
その外装は配送業のトラックのような形をしており、先頭がすこし屋根のように突き出し、雨が入り込まないような構造だ。
先頭の中央部には台が置いてあり、そこには球体がつけられていて、荷物が置けれるような車体の大分部分は、金属がむき出しという不格好な見た目を避けるため、濃い緑の厚い布がかけられている。
「ねぇ……まだ~?」
その車の中にいる女性はつぶやいた。
車の中には三人の人が乗っているようだ。
一人は剣を帯剣し壁にもたれ昼寝をしており、一人は遅めの昼食を食べている。もう一人は車の先頭に座り、薄く光る球体に手をかざしている。
「もうそろそろ着くはずなのだが……ムロを起こしておいてくれないか?」
車の周りを見回し、手に持っている地図に目を落とす。
どうやら目的地に向かう際の目印のようなものがなかなか見当たらないらしい。
「はーーーい」
返事をした女は、手に持っていたパンの外皮をぱりぱりと咀嚼音を立て飲みこみ、指をペロっとなめてパンの粉を取った後、布で手を拭いた。
そのまま向かい側で寝ていたムロという男を起こしに膝を立てのそのそと移動していった。
「ムーロー、そろそろ着くらしいよ~」
ゆさゆさと揺らされた男は眠たそうな目を開いた。
「ぁ……。あ? あぁ。寝てた」
「知ってる、気持ちよさそうに寝てたもの」
ムロという男は額に手をやり、頭をすこし揺らすことで目を覚ましている様子。
ムロが起きたのを確認した女は満足そうな顔をして、車の進行方向とは逆側に歩いていき、かかっている布を持ち上げ外の日の光を車内に差し込ませ、日向部分に体を置いて外を眺め始めた。
外は日はまだでているが少し暮れ始めているようだ。
「おはよう、いまどこらへんだ……」
ムロは操縦台の横にまで移動してきて辺りを見回す。
辺りを見回しても、今どこに自分たちがいるかわからなくなるほど目印となるものがない。
地面に整えられた道に従って走らせると何回目かの分岐点から目的地にも道が伸びるようになっていて、分かりやすいように看板が立てられている……という少しの情報をたよりに車を走らせている状況だ。
「おはよう。んー、まだわからないな。だが、時間的にそろそろ看板が見えてきてもいいと思うのだが」
車を動かしているレヴィの横で少しあくびが出そうになるのを何とか飲み込み、辺りを見渡せる場所に座った。
「……それにしてもユシル村でも国の意向には逆らえなかったんだな」
足を外に投げだし、外を眺めながらつぶやく。
「まぁ、どれだけ国民を一番だと考えていてもさすがにおかしいことだとは誰しも気づいていたからな」
「だとしても今更すぎじゃないか? いままで黙認してたってのに」
「何々、何の話~?」
日向ぼっこに満足したのか、ムロとレヴィの会話に混ざろうと女はレヴィを中に置きムロの反対側に歩いて座った。
「エルシア、ユシル村は知ってるよな?」
「それくらい知ってるわよ」
ムロが少し小馬鹿にした質問をし、それに対してエルシアと呼ばれた女が頬を膨らす。
「そのユシル村は元々、王国兵の警備や冒険者の警備を全て拒んできていたんだ。なんでかはしらないが」
「警備を拒むって……?」
「簡単に言うと、村人以外村に入ってくんなってこと」
「えーー、なにそれ。不思議」
「それが理由なのか、冒険者の立ち寄り所にもなろうともせず、国に金銭は納めているらしいがそれ以外ほとんど外との接触がなかったらしい」
三人は今現在向かっている、ソフィス平原と呼ばれる所の北部に位置するユシル村の話を始めた。
エルシアは全くそこら辺の情報は知らなかったらしく、ふんふんと頷いて少し驚いた表情をしていた。
彼女より早めに冒険者になっていたムロとレヴィは、冒険者の先輩の話を聞いた程度の知識しかなかったが、そのまま情報を共有していった。
元々ユシル村の情報は少なく、王国が管理しているとはいえ、冒険者達の中じゃゴミ村だの、暴言でよく罵られている。
冒険の疲れを癒そうとユシル村に宿を借りようとした冒険者が、真夜中にもかかわらず突っぱねられ、村人と喧嘩したというのは冒険者の中で話のネタの一つになっているほどだ。
「――で、なんでそんな村に私たちは行こうとしてるの?」
「クエストだからだな」
レヴィはエルシアの問いかけに少し呆れた表情をし、答えた。
あ、そうかと目を開いたエルシアだったが、その態度をよく思わなかったエルシアは操縦中というのにレヴィの頬を軽くつねった。
その様子を眺めていたムロは少しにやけ、再び北側の風景を眺め始めた。
何の気なしに眺めていただけのムロの鼻に、何か自然の香りとは違う匂いが風によって流されてきた。
その異質なモノに笑顔だったムロの表情が歪む。
「まて、車停めろ」
ムロの真剣な声に反応し、頬をつねってくるエルシアのことは置いておき、言われた通りに球体に注ぐ魔素量をゆっくりと減らし減速させていく。
「どうした」
「いいから、今すぐ」
よくわからないまま、魔素の供給を止めその場で車を停車させた。
「いったいどうしたっていうの?」
車からひょいっと降りたムロが、小走りで北の方向へと駆けていった。
事情を説明しないことを疑問に思い、ムロの後を追っていった。
しばらく走っていくとムロはきょろきょろと見回し、先程鼻に入ってきた匂いの元へと近づいて行った。
そしてムロは立ち止まり、匂いがする場所へと到着したと判断した。
そこには倒れている看板とその数メートル先にある倒壊した家屋があった。
「……やっぱりか」
倒壊している家屋は一つ。周りに他の建物もなく看板が近くにあっただけのようだ。
ムロに続いてレヴィとエルシアも走って後に付いてきて、倒壊した家屋を見つけて足を止めた。
「こんなところに一軒家? 人でも住んでいたのか?」
「いや、おそらくだが……違う」
ムロが家屋の近くに歩いていき地面に落ちている木材を持ち上げ、家屋の下を覗き込む。
人の匂いや、死体のようなものがないことを確認するためだ。
「――死体なしか」
ムロは持っていた木材を元あった場所に置き、家屋の近くで何か考え込むような表情で見つめている。
その様子を見届けたレヴィは冷静に地図を広げ方角と場所を確認していく。
エルシアはその家屋だったものの残骸をじっと見つめ、何か思い当たることがあったのかぽつりとつぶやいた。
「……監視家?」
「かんしや……? 初めて聞く言葉だな」
「あ、昔。各村に提案されたっていう。村の四方に無人の家を配置してそこに魔素感知機を置いて魔物の接近を確認するっていうモノだった気がする。うろ覚えだからあれだけど」
珍しくエルシアが知識を披露したことでレヴィは驚いた顔をした。
「へぇ、エルシア物知りじゃないか」
地図から目を上げ、エルシアの方を見て意地悪そうな表情をした。
それに対してエルシアがジトっとした目を向け、落ちている看板を拾い上げ書かれている文字を読んだ。
「……南か、ここ南の監視家だからここから北に向かったらユシル村があるみたい」
「……のようだな」
先程まで確認をしていた地図を丸め、木材を踏まないように気を付け、北方向に歩いていこうとすると、まだ家屋から離れようとしないムロに気づいた。
「ムロ、ユシル村に……」
「この壊れ方……多分、最近のモノだぞ」
「? それはどういう……」
ムロは顎に手を置き、監視家の壊れ方、その状態を脳内でまとめていった。
倒壊した家屋の状態は最近壊されたような状態であり、変に草にまとわれていたり、木材の状態が家の外壁の木材は多少傷んではいるが、内壁だったと思われる部分は綺麗な状態で地面に落ちている。
木材と木材をつなぐ金属部位も土が被っているわけでもなく、使いなおそうと思ったらできそうなものが多い。
それに微かに残っている微細な魔素反応が気になる……。
日にちまで特定はできないにしろ、ここ1カ月か2カ月のどこかで壊されたような気がした。
監視家が壊されたから今まで拒んできた警備の受け入れをしたのか? とも考えられた。
しかし、監視家が壊されるような事態なら王国やクエストの説明の中にあるはずだった。監視家が壊されているという話はないということは、クエストが発行された時から、ムロたちが到着するまでの間に――
思考がまとまったのかムロは家屋を見つめ考えていた顔を上げ、北方向に走りだし止まっていた二人を追い抜いていった。
「ムロ……」
「レヴィ、エルシア急ぐぞ」
「突然……! どうしたのさ」
「村が危ない」
焦りを含んだ言葉を出したムロについていくようにエルシアとレヴィは走っていくが、ムロの速度には追い付けず距離は少しずつ開いていった。
走って走って、息切れを起こしながら三人は北へ北へと走っていった。
監視家の魔素感知範囲はおおよそ直径1キロメートルあるかないかほど。
四方に置いてあるということでその直径1キロの範囲が被る中心地点のところに村がある。それ以上離れてしまうと魔素感知が届かない場合や、村への情報が届かなくなってしまう。
監視家から400mほど走っただろうか大きな剣を揺らしながら小さな坂を上がっていたムロは立ち止まった。
それに少し遅れてエルシア、レヴィとの順番でムロの所まで到着した。
「はぁ……、はぁ……ムロ――」
「遅かったな」
「ムロが早いだけでしょ……」
「そっちじゃない」
膝に手をつき息切れを起こしているエルシアは、ムロの意味ありげな声で顔を上げ、目の前のユシル村が目に入り驚きの声をあげた。
「!? これって――」
「レヴィ、ギルドに連絡を入れとけ、ユシル村は壊滅したってな」
ムロの予感が的中してしまった。
三人の目の前に広がるのはかつてユシル村だったモノ。
エルシアは思わず目を伏せてしまった。直視してられなかったのだ。
死を何度も目にしてきた冒険者が目を背けてしまうほど、監視家の壊れ方とは度合が違った。
何十もの家屋が建てられている場所の面影は全くなかった。
食い散らかされている家畜の死体、踏み荒らされた田畑、割れた食器、どぶに浸かっているぬいぐるみ、倒壊した際に屋根に押しつぶされ、少し黒ずんでいる血が地面に放射状になって飛び散っている。
それらはまだ死を直に感じることはなかった。
しかし、細かいところに目を向けるとバラバラに切り裂かれている死体、下半身だけや上半身だけ、生首だけ、腕だけ、足だけ……が落ちている。
さも当然のように、土地の一部のように。
「……死んだ人間の匂いは慣れないものだな」
「慣れたくないわ、そんなの」
嗚咽しながらエルシアは視界には一切村は入れず話した。
「ただ……まだいい方ではあるな」
「あぁ、匂いがまだましな部類だ。絵面の方がクるけどな」
「とりあえず様子見かな」
三人は村に近づいていき、村の周りを一周ぐるっと回ってみる。
普通なら村の周りには小さな柵のようなモノがある。
それがところどころ明らかに人が通行できる用の空いている所ではなく、無理やり押しつぶされ通れるようになっているところが数か所見て取れた。
10や20……ではないことが村の惨状で判断できる。それも一つの魔物だけでなく複数の種族の魔物が攻め込んだように思われた。
半周しかかったところでムロは監視家の時のように、血が付着していない木材を拾い上げ様子を見てみると、監視家の木材と同じような特徴があった。
それに、この村の有り様はと考え、頭の中でぼんやりしていたモノがはっきりしたものになった。
「間違いないな」
拾い上げた木材を投げ捨てた。
「コレ、昨日今日起きたものだ」
死体の状態も腐っておらず、付着している血の様子……、魔素の残骸、魔物の足跡それらを全部ひっくるめてムロは判断した。
一番の判断材料はユシル村に残っているかすかな魔物が発していたと思われる魔素の残りカスのようなものだった。
監視家の所で確認できた気のせいで済ませれるレベルのモノではなく、くっきりと、はっきりとそれは残っていた。
魔物や人間には魔素と言われている力の源のようなものが備わっている。
人間の魔素と魔物の魔素は微妙に異なり、注視しなければ分からないが、冷静なってみると判断できる。
そして、魔素を用いてなにかアクションを起こしたのなら魔素が使用され体外に流れ出る。
それが1つや2つならば時間経過で薄れ跡形もなく消えていくのだが、それが感知できるほど残っているということは村を襲った魔物の数はおおよそ多いのではないかと判断できたのだ。
足跡のついている方向、つま先を見て取りその方向に目を向けムロは脳内のぼんやりとした地図と照らし合わす。
ここのユシル村の北方向には現在の行動可能な土地の最北端に位置する《フォールィアの大森林》があった。
しかし、森林方向にここを襲撃した魔物が行ったとなるとここを襲撃した魔物の出現場所の説明は……。
ムロは頭を回転させこの異常事態の顛末を予想しようとしていた――
「ギルドに連絡は入れといた」
レヴィの言葉で現実に引き戻され、レヴィの方を振り返った。
「あぁ……悪いな」
ムロは再び村の方を一瞥すると、苦虫をかみつぶしたような表情をした。
「……悪ぃ」
誰に当てたつぶやきかは定かではないが、二人に聞き取れないほど小さくつぶやき、村を背にして歩き始めた。
レヴィは帰ろうとしているムロに気づき、死体の状況を確認しようとしていた手を止め声をかけた。
「ムロ、生存者の確認は――」
ムロは立ち止まらずに返事を返す。
「……俺らのクエスト内容はユシル村の警護だ。その村が壊滅した。死体の確認は俺たちのクエスト内容じゃない、サービスなんかしたらギルドが調子に乗ってくるだろ」
「だとしても……」
ムロの言うことは正しいが、人道的には一考するべき行動だった。
足を止めようとしないムロと近くに転がっている死体を交互に目を移す。
「ムロ――」
「足跡」
「は? あ、足跡? それが……」
ムロに言われた通り、それらの死体の近くにあった村を襲ったと思われる魔物の足跡を確認してみる。
ハッキリと残ってはいないが、所々血を踏んだ後の足跡がかすかに残っている。
それらの形は様々だが、その内の1つがレヴィの目に止まった。
「人型に近いものがあるだろ、ゴブリンだ。あいつらは鼻が利く、それに耳がいい。生存者何かいねぇさ。それに――」
村の方は直接見ず、表情をみせないよう顔をすこし横にした。
「統率が取れてる」
死体の位置を確認していたら、それが明らかにおかしいことに気づいていた。
南の監視家が襲撃されたとすると、それに遭遇しないように北に逃げたり、東、西にある別の村にまで村人全員で逃げるというのが普通……であるのにも関わらず、死体の位置は村に固まっていたのだ。
おそらく南からの襲撃に対してほかの方角に逃げることができなかった状態を作られていたのだろう。
もしくは迎撃という点を考えたが、迎撃出来るほどの戦力は村にはないはず。
それに監視家が捉えた具体数はわからないものの魔素感知に引っかかった魔物の数の判断は出来るはずだ。
特にユシル村は派遣を拒み、警備されていない村人しかいない村だ。単純に魔物の襲撃に対して遅れをとるのならどうにかして警備という形はとられているはずだった。
そのようなことが長年とされていないということはユシル村の危機管理は警備がされておらずとも出来ているということなのだろう。
ムロの言葉に納得はしたが、一応ということで魔素感知を村全体に走らせてみた。
しかし、壊した家屋、全身が残っている死体、感知の範囲には人のような魔素は残っていないことが分かった。
「……ムロの言う通りのようだな」
「わかったなら帰るぞ、これ以上ここにいても何もない」
壊滅したユシル村にはこれ以上触らず三人は南に下って行った。
すっかり辺りが暗くなってきており、まだモノが見える暗さではあるが早く車に乗って比較的安全そうな場所にまで移動したいところだった。
そんな中、三人はムロを先頭に歩いて帰っていくが、微妙に雰囲気が重いことをエルシアは感じ取っていた。
雰囲気が悪い原因は検討が着いていたのだが、あまり触れてはいけないと思い、口をつぐんだ。
……ムロは村出身なのだ。
以前ムロが話してくれた。ムロはデュアラル王国の管理している領地にあった小さな村の出だという。そしてその村も警備隊を含め魔物に全滅させられたらしい。
ムロ一人を除いて。
魔物が襲ってきた時と警備の交代時期が重なったらしく、王国方面に逃げていたところを冒険者に助けてもらったのだと。
そんな出自を持っているムロだ、ユシル村とは直接の関わりがないとはいえ、やはり思うところがあるのだろうか? 面影を重ねているのだろうか?
冒険者は死が着いて回る職業だ、そうわりきっているが……村人は違う。
彼らは戦闘能力がないものが多く、それらが成すすべなく蹂躙され、殺されたのだ。
三人は頭のどこかで自分達がもう少しはやく出発していたら……。と考えても仕方がないことだと分かっていても考えてしまっていた。
そんなこんなで珍しくムロが心憂いていることになんと声をかけていいのか分からず最後尾でオロオロしてしまっているエルシア。
するとレヴィが手に持っていた小さな球体にぽわっと光がともった。ギルドからの連絡が入ったようだ。
球体は通信具となっておりレベルの高い冒険者はギルドの情報を入手するために所持していることが多い代物。
これがあるかないかで冒険者は冒険者としての実力がある程度わかる物差しの一つになっている。
「……ムロ、ギルドから連絡が入った。死体の調査を――」
「断っとけ。……ったく自分らの国なら王国から何か派遣しろっての」
「そう伝えておくな」
レヴィが球体に向かって、次の予定があるのでそのクエストはほかの冒険者か王国にでも出してやってくれと言葉を発し、球体をしまった。
少し歩くと車の位置に着き、三人は乗りこみレヴィが運転席に座った。
「来た道を帰っていくか?」
「そうだな」
「わかった。一度王国方面に走らせるようにするさ」
運転席の近くにある照明をつけ車内を明るく灯そうとしたレヴィだったが、二人の少し重い雰囲気を読んで手を球体に戻した。
車の先頭を反転させ、車を走らせる。
三人の中で無言の時間が続く。
エルシアがそわそわしながらムロとレヴィをチラチラと見るが、二人とも話すことは無く、この場を何とかするために何か話題はないかと探してみるが、エルシアも何も思いつかなかった。
はぁ……と溜息をつき、自分のカバンから飲み物を取り出そうとした。
そこには飲み物とすこしクシャッとなった紙が入っていた、暗くて何が書いてあるのかよく見えないがエルシアは私物ということもあり何が書いてあるのか分かった。
その紙はギルドから持ってきたクエストの張り紙。
捨てようと思っていたのを捨てるのを忘れて入れたままだっただけのモノなのだが、何気ない会話のネタには出来そうだ。
「……あ~クエストの紙捨ててなかったぁ」
環境音に声が入ることで静かな空間に自分の声が響いた。
少しわざとらしい声をだったが、どっちか反応するかと思ったがムロは壁側を向いて寝てるし、レヴィは運転しているまま。
結局会話になることは無かった。
2人が話そうとしなくても、エルシアは何かきっかけを作ろうと疑問形で話しかけようと考えた。
どうしても、この誰も悪くないのにどんよりした重い雰囲気が耐えられなかったのだ。
「そういえば、クエストって失敗なのかな……?」
「……しょうがないだろ、守る云々の話じゃなかった」
ムロが普段通りの声を返した……のだが、やはり声には少しの苛立ちがこもっている
「そうだけど……さぁ」
せっかくあれこれ考えていたエルシアだったのだが、ムロの反応で少しひるんでしまった。
そっとしておいた方がいいのだろうか? とエルシアは思った。ムロの言葉の次になにかを続けようとしていた言葉は喉の奥に引っ込んでしまった。
「――マーシャルに怒られるかもしれないな」
レヴィが運転席から普段より砕けた声で話した。
三人は同じ血盟に所属しており、その血盟主がマーシャルという人物だ。
その血盟が掲げている今期の目標がクエスト失敗をしないというモノ。それを血盟に属しているムロたちの三人が犯してしまったという話だった。
「……そうだった、最悪だ」
ムロは壁側を向いていた顔を天井の方に向け、頭の後ろに両手を回していた手を顔に当て、唸りながらゆっくりと上体を起こした。
それを見てエルシアがニシシと笑い、二人は運転席のところまで歩いていき三人は隣に並んだ。
レヴィの話の転換が効いたようだ。エルシアは心の中で親指を立ててレヴィのムロの取り扱い方を高評価した。
「ご機嫌とるために帰り道に何か土産を買って帰るか?」
「そうするか……マーシャルって何が好きだっけ?」
「……お酒だな」
「決まりね」
「エルシアはただただ一緒に飲みたいだけだろう?」
「当たり前じゃない。お酒はいい物よ」
「飲むのはいいが、エルシアは酒癖が悪いのが難点だな」
「そもそも失敗した俺らが一緒に席に座れると思うか? 雑用させられるぞ」
「違いないな」
「そんなぁ……」
昔からのパーティメンバーということもあり、雰囲気が悪くなったときは大体エルシアが何か話をしてくれていつものようになるのは恒例となっている。
それはもちろんエルシアの性格から来るものだ。
何気ない会話に控えめに笑うレヴィと、まだ気持ちの切り替えはできてはいないが糸目になり歯を見せ笑うムロ、アハハと笑うエルシア。
いつもの雰囲気に戻っていったことがどことなく感じられた。
エルシアが手に持っていた水筒を自分のバックにしまいに車内に戻っていった、それと同時にムロは南の方の風景を頬杖をつきぼぉっと眺め始めた。
三人の間で車体のタイヤの音と揺れる際の音だけの時間が数秒間続いた。
しかしそれは、先程までの重たい雰囲気ではなく言葉が繋がれなくても雰囲気が悪くならないタイプのものだった。
無言の時間というのは雰囲気がもろに出てしまう。仲のいい間柄ならば無言の時間も全く気にならないものなのだ。
「……そうだ、今日はどうする? 最寄りの村はここから少し遠いが」
「交代しながらでいいんじゃない?」
「交代……ということは寝ていたムロが次の運転手だな」
レヴィは隣にいるムロに声をかけた。
……声をかけたのだが、ムロから返事がない。
またなにか不機嫌になったのか? と疑問に思ったが、ムロの方を見るとそうでは無さそうだ。
「ムロ? どうしたのだ――」
「ぁ……」
そこにはムロが変わらず座っていたのだが、先程の様子と違う点が一つあった。
ついていた頬杖の手を横に置いていた鞘に収まっている剣に伸ばしていた。
「――ガキが襲われてる」
ムロの口から抑揚が全くなくムロが見えている光景が漏れ出したような声が発された。
その目は真剣そのもので暗い平原の遠くの一点を凝視して、前のめりになっていた。
「は? どこに……」
「…………て。」
ムロは何かを発したが、その何かを聞きなおそうとする暇はなく、そんな余裕はなく。意識はそこまで行かなかった。
レヴィとエルシアはムロの「ガキが襲われている」という言葉で頭の処理の大半を使っていた。そしてそれに対して何か行動を起こそうとした。
だが頭で考えている二人を置いて、ムロは反射神経レベルの動きで剣を片手に移動している車から飛び降りた。
「ちょ――」
「――『身体強化』」
放った言葉と同時にムロは地面に着地し、着地点の土を抉り、すさまじい速度で風のように駆けていった。
その男の背中はユシル村の救えなかった百数の命を悔やみ、今救える可能性がある目の前の一つの命を何としてでも助けようとするものだった。
ムロの行動で頭をクリアにさせられた2人は考えていたことを一旦やめた。
「ちょ! ムロ!!! レヴィ! 車止めて!!」
「あ、あぁ……」
運転席から身を乗り出したエルシアの言う通りに急ブレーキがかけられた車体は、鈍い停止音を平野に響かせ、街道から少しはみ出る形で急停止をした。
「ムロ!! 待ちなさい!! ムロ!!!!」
エルシアとレヴィが車から降りる時にはすでに暗闇にムロの姿は見えなくなっていた。
「いっつも先に行くんだから……!」
ムロに対しての愚痴を吐き捨て、何も持たず、ムロの後を追いかけていくように走っていった。
二人が走っていったのをレヴィは少しため息をついてみおくり、冷静に車の台の少し下にある鍵を抜いた。
「こんな時間にこども……か」
レヴィは2人が走って行ったルートを頭に描きながら、車の横に備え付けられている照明をもって小走りで追いかけていった。




