16 言葉足らずの優しさ
ユシル村は閉鎖的な村で有名だったらしい。
王国や冒険者ギルドからの警備を拒み、村の情報はほとんど出回っていない。
そしてムロさん達は冒険者ギルドという所から依頼を受けて、派遣という形で向かった。しかし、向かってみるとユシル村に到着して目に入ってきたのは死屍累々の山だったらしい。
その原因が、魔物群襲撃が起こったのかもしれないのだと言う。
ここ数か月で頻発をしている異常事態の一つである魔物が手を組んで農村を襲う現象のことらしい。死傷者の傷跡や足跡から馬、狼、ゴブリンといった複数の魔物が確認できたことから、そうなのだろうと。
「――私たちは警護としてクエストに来た。もちろんクエストは失敗に終わった。ユシル村壊滅のことは既に通達させてもらったわ……死体の数の確認や身元確認は私達の仕事じゃないからね」
「そうだったんですね……」
出身にしようとしていた村が壊滅したことを教えられ、どういう表情をしたらいいのか分からずに顔を伏せた。
僕ってこんなに感情の起伏が少なかったっけ……?
まるで、自分ではないような。けれど、確実に冷めた自分がいることに驚く。
「…………僕以外の人は、全員、死んじゃったんですか」
「多分。でも、クラディス君が生きてるってことはどこかに逃げてる人がいるかもしれないから……」
「……はい」
聞いてもなんだかどこか他人事のような感じになってしまう。
頭の処理が追い付いておらず、感情の整理まで手が追い付かないのだろうか。あとでエリルに聞いてみよう。
そんな僕を心配そうに見つめて何か言葉をかけようとしている二人の視線を感じていると、天井を見上げていたムロさんが口を開いた。
「――で、まぁ、問題はここからだ」
というと、ムロさんが語気を強めて。
「坊主の話しだ。今後、どうするか」
「僕の今後……?」
そうか、村が無くなったから僕は今帰る家がない状況になっているのか。
「最初は村まで送り届けようとした。だが、ユシル村から来たとなると話が変わる。このまま乗せちまうと誘拐になっちまうからな。お前の意見を聞きたいんだ」
「僕の意見、ですか」
意見と言われてぱっと何か出てくるものはない。
向こうは親がいないと言っても、帰る家はあったからそんな家とかの心配はしたことがなかった。
現状、家なし、人脈なし、独りぼっち。そしてこの世界のことに関して何も知らない。これは大問題だ。こんな状況で放っておかれたら死んでしまう。
「……僕は」と言いかけて、自分のステータスを頭に思い浮かんだ――「弱いです、とても。だから、もっと……強くなりたいです」
そうだ、僕は弱いんだ。
「僕を強くしてくれませんか。旅に連れて行って……くれませんか。雑用でも、なんでもするので、お願いします!」
と、恐る恐る答えるとエルシアさんとレヴィさんは口々に受け入れてくれて、ほっと安心をした。けれど、ムロさんだけは少し神妙な顔のまま。
「ついてくるのは別に構わんが、ずっとは無理だ。安全な場所に連れていくだけだ、王国とかな」
「えーっ!? この子、置いていくの?」
「俺らの戦闘に体がついてくるとは思えねぇだろ。あの時に助けなかったら狼に食われそうになってた奴だ。俺らだけの負担ですめばいいが、坊主側の負担にもなる」
大正論だ。間違いない。
だけど、僕は少し食い下がるように必死になって。
「あ、あの……でも、僕は外で知り合いなんていなくて……」
「あの村の出身ってことはちゃんと考慮してるつもりだ。でもお前が俺らについてくるならもっと強くなってからだ。頑張るってのは誰でもできるが、今は頑張ってどうにかできるってレベルの話じゃねぇ」
冷たく聞こえる言葉に僕の表情が強張っていると、それに気づいたのか、
「安心してくれ。身の安全は保障する」
「そうよ! 安心して! 私ができることはちゃんとやるから!」
「それに、クラディス君には色々と期待ができるからな」
「若いのはそれだけで将来有望だものね! 今の状態も色々と期待できるけど!」
二人は手をぐっとして、任せて! という表情をこちらに向けてくれた。
その様子を見て、ムロさんは「あー」と言いながら頭を掻いた。
「言葉足らずだったかもしらんが、知らねぇ土地に無責任に置き去りにするわけねぇだろ。そんなことするなら端から助けてねぇっての」
「それって……」
「心配すんな。わざわざ助けたガキだ、ちゃんと生きれるような場所まで連れてってやるよ」
あれ。この人、もしかして「ツンデレ」というやつなのか……?
「……ムロはめんどくさいなぁ」
「うるせ」
「ごめんね~、ムロは言い方こそ悪いが悪いやつじゃないの。よく誤解されるから直せって言ってるんだけど」
「クラディス君のことが心配だから安全な場所に下ろす。ついてくるのは自分の身は自分で守れるようになってから、と普通に言えばいいものをな」
「うるせぇ!」
やいやいと二人に弄られ、ムロさんがケッと悪態をつく。
そう、ツンツンしているのである。
「……まぁムロの言い方には問題ありだけど納得できるわ、悔しいけどね! 今クラちゃんが私たちについて来たら、カバーはするとしても万が一があるからってことでしょ?」
「そー。だからとりあえず坊主は王国まで連れていく。そこからあとはまた考えたらいい。強くなりてぇってのもどれくらい本気か分かんねぇしな」
「どうした、いつにもましてキツくないか?」
「子どもと話したことなんかないから緊張してるんでしょ」
「んなわけねぇだろ!」
「だ、だったら僕が何かしましたか……?」
「なんもしてねぇよ! って、お前まで突っかかってくんな!」
と、口調そのままでこちらに毛布を投げたのをぼふっと体勢を崩されそうになりながら受け止めた。
「いーから。話は終わりだ、坊主。いつまでも聞いてないで早く寝ろ。子どもが起きてていい時間じゃねぇ」
この人いろいろと誤解されそうな性格してる。
だけど、僕の出自やこれからのことを考えて話してくれて、なおかつ仲間への負担もちゃんと考えて案を出している。人思いのいい人だ。
「あの、その。ありがとうございます」
「うるせぇ、感謝しなくていいから早く寝てろ」
そう言うとムロさんはこちらに背を向け、操縦席のような所まで移動して行った。
その背中に向かってレヴィさんは「めんどくさい男だな」と呟き、それに「うるさいぞ。お前も寝てろ!!」と怒鳴った。
話をしている様子を見ているだけで三人は仲がいいんだなと分かる。僕が想像できない体験を色々としてきたんだ。
そういう仲間っていいな。
投げられて手元にある毛布の温もりを感じていたら緊張が解けたのか、ぐらっと体勢が崩れる。一気に疲労感が襲ってきたのだろうか。
その疲労感が段々と睡魔へと変わり、眠たくなって体全体の力が抜け、その場でへたりとゆっくりと倒れてしまった。
微かに聞こえる3人の話し声を他所に、僕はこの世界で初めての睡眠をした。
 




