177 転生者の子ども
アンの話を聞いて、僕は言葉が詰まった。
想像していた話より、酷く、重たく、悲しい話。
「わたしは2人の転生者から生まれたんです。それの証拠に、ユニークスキルに覚えた記憶のないものがあったり、使い方がわからないものがあるんです。傷の治りが早いのも、おそらくその中の一つで……」
「そう、なんだ……」
「ですので……転生者と無関係……と言う訳では無い、といいますか。あ、でも、もう昔の話ですので――」
何故かは分からない。安心させたかったのかもしれない。突然、話をしてくれたアンを抱きしめたくなった。
決して邪な気持ちという訳ではない。親が子を抱きしめるように、やさしく、力強く。
ぐっと、アンの体を抱き寄せた。
「はぅっ!? あ、あるじ!? なにを……」
僕なんかが何をしても、なんて言葉をかけても……アンの受けたことを無くせる訳ではない。
アンに罪はない。転生者である母親や父親にも罪はない。
悪いのはこの世界で大罪を犯し、認識を歪めた転生者達だ。それの被害者なのだ。
アンの両親の話と、アンが貴族から受けていた暴行……闘技場での暮らしも全部。
僕は……この子を守りたい。アンが受けた痛みや感じた負の感情を僕のちっぽけな体で支えたい。
「あるじ……? どうしたのですか……。あの……ぉ」
困惑しながらも、僕の頭に触れたアンの小さな手。
それが、また、僕の感情を動かす。
「一つだけ……一つだけ聞かせてほしい……」
僕は、ぐっと顔を近づけた。
「アンは、僕と……一緒に居て……幸せ?」
こんなことを聞くのは怖い。
だって、両親が殺されたのも、自分が奴隷となったのも転生者のせいだ。僕なんかと一緒にいて幸せな訳……。
「……? もちろんですよ。えっ? 今更、なにを聞いてるんですか……っ?」
「え」
まったくもって僕の言葉が理解できないとでもいうように、首を傾げた。
「えっ?」
「えっ」
「あ……、ん? え? なんで。幸せ? ですか?」
その反応を見て、僕としてもぽかんっとしてしまった。
僕の問いかけの返答とか、考える時間とかあると思ってたから、言葉が上手いように出てきてくれない。
「! あぁ、そういうこと……!」
僕が目をパチクリとさせていると、手をぎゅっと握ってきた。
「昔話を聞いて申し訳ないとか、そういうのを思ってしまわれたのかもしれませんが! あるじは何も悪くない……いや、それどころか、昔の転生者がした事とは全く何の関係もないんですよ!」
「で、でも……僕は、転生者だし……」
「あぁ! もう!!」
突然、ふにっ、とした感触が唇から伝わってくる。
見えるのは目を瞑って、唇を重ねているアンの姿。
驚きながらも状況が呑み込めない。手がわなわなと、全身が硬直し、頭が考えるのを放棄してしまう。
それが接吻であると気づくのにかかる時間も、アンの唇で僕の呼吸の時間は奪われている。
「んっ……ちゅっ。……ぁ、言葉じゃ伝わらないって、思ったので。これで、わたしが幸せだって伝わりましたか……?」
「ぅあ……っ、つ、つ、たわり……まし、た」
強引な接吻ではあったものの、全く嫌な気持ちはしなかった。
むしろ、アンが強引に唇を重ねてきたことに対しての驚きの方が大きかった。
お互いがお互いにシュゥゥゥゥっと沸騰したように真っ赤になり、そんな状態で顔を見合わせる。
布団の中で男女が向かい合わせで横になっているという不思議な状況。
その空間の温度が段々と温かいを通り越して、蒸し暑く感じるほどの時間が経った。
といっても十秒経ったか、経ってないか、それくらいだろう。
まだ、僕とアンはしゃべらない。若干早い呼吸音が聞こえるだけの数秒間。
「……ごめん、急に変なこと言っちゃって」と小さく声に出した。
すると、後の言葉が続いて口から出てきてくれる。
「……怖かったんだ。アンがそういうのじゃないって分かってたけど、嫌われるんじゃないか……って。僕も、転生者、だし」
アンは頭をふるふると横に振った。
「……わ、わたしにとってはもう過去の話ですし……。転生者は嫌いですけど、わたしの両親やあるじのことは大好きです……し、関係があるっていうなら、わたしの両親も悪いことをしたみたいになりますので……。だから、その、関係ないです。それに、あるじは……わたしを助けてくれたじゃないですかっ」
「嫌いに、ならない……?」
「なりません」
「ほんとに……?」
「ほんとです!」
僕の唇に指を添わせ、上目遣い。普段は凛としたアンがもぞもぞと。
「それに……幸せじゃなかったら……。好き、じゃなかったら、あんなことしませんよ……」
(……!!? やっば……っ)
その姿に、何かが爆発してしまいそうになった。
疲れ、睡魔、理性? わからない。
もう、一度にいろんなことがあって、一切合切が臨界点突破しそうになる。
必死に堪えようと、唇に当てられていた指に手を絡め、アンの額に僕の額を合わせた。
「ど、ど、どっ……う、なっ」
「ごめん、ちょっと……もう少し、このまま、落ち着くまで」
「っ――……ぃ。あ、ぁぁ、ぅ」
落ち着け、落ち着け……。
元々高くないIQが緩やかに落ちていく気がする。目の前のアンのことを考えると、さらに拍車がかかって下がっていく。
真面目なことを考えようとして、とりあえず、これまであったことをまとめて言葉にしてみることにした。
「……僕は、これから先……悪いことをした転生者とは違うんだぞって胸が張れるように頑張る。アンが僕や親御さんを転生者って色眼鏡で見ない様に、転生者の中には僕みたいな人がいるんだって皆に知ってもらいたい……と思った」
突然、脈絡もなく大真面目なことを言い出す。
素数を数えるように、自分らしいことを何かしていないと完全に持っていかれる気がした。
「えっと、えと……あの」
そんな僕の言葉を受けて、アンはあたふたする。
でも、それも少しだけで、頑張って言葉を呑み込もうとしてくれてる。
納得してくれたのか、少し照れながらも大きく頷いて微笑んでくれた。
「わ、わたしは、それをサポートしますっ。全力で。……なんなら、転生者だからって掛かってくる者がいたら、存分にこの力を振るいます」
「ははは、ありがとう。……でも、まだ、具体案とかはないから……結構な時間がかかっちゃうかも……」
「いいんです。ゆっくり、時間をかけていきましょう……。わたし、は……常にあるじの傍にいますので……」
そう言うと、アンは後ろを振り向いて、手を引っ張ってきた。
綺麗な黒髪、ふわっと香る匂い。僕の手はアンの体を抱擁しているような形に持っていかれる。
何をしているのか、と聞くまでには既に出来上がったその体勢。
背中と僕の腹部が密着し、そこから伝わってくるアンの体温。
この状況を作ったのはアンだが、照れているのか、長い耳が可愛らしく上下している。
「もう少し、このまま……いいですか……?」
こちらに顔を向けずに小さく呟く。褐色な肌が真っ赤に染まっている。
致命的な一撃。
「はは……」
アンの腹部にあたっている手を自分の方へとさらに抱き寄せた。
「そうだね~……。うん。僕も、落ち着くから、このまま……」
「っぅ……、寝ます、か……? 疲れてる、と、仰ってましたし……」
「そーしよっかー……この体勢、安心するから、このまま寝ちゃおっか」
ふふっと笑うと、僕は目を閉じた。
――僕達は、転生者の被害者だ。
それを周りは分かってくれるはずもない。
転生者と転生者の子、それはこの世界の認識では足掻いても咎人でしかなく、正義の名の元に殺されてしまう。
だけど、今回の出来事では進展があった。
今はまだこんな世界だけど、どん詰まりじゃないことが知れた。まだ未来があることが分かった。
とりあえずは、転生者のイメージとは違うことをするようにしていこう。
成長しつつ、波風立たせず、目立たずに、人の幸福を応援していこう。
そう心の中で誓うと、僕とアンは体を絡め、感覚を共有していった。
第三章:残穢足枷編──完




