174 罪は前か後か
僕の話を三人は真剣に聞いてくれて、話している間に声が震えながらも僕は黙っていたことを話していった。
転生者という話から、僕は以前地球という所にいたんだということ、そこでは魔物なんていなかったということ、この世界に来た理由、この世界で転生者が咎人だと扱われてるということを知った時、恐怖で怯えたこと――全部だ。
抱えていたこと、喋りたくても喋ると殺されてしまうこと。それらを包み隠さず正直に話をしていった。
「――これで全部だよ。クラディスという人間、平野という人間の全部……。ごめんなさい、騙してたみたいで。だけど、真実を知られるのが怖かった。言ったらみんなに殺されちゃうと思って……誰にも話せなかったんだ……」
話終えると、ケトスやアンは視線が少し泳いだのを感じた。
何か言い出そうと口を動かそうとしたが、上手く声にならなかったのだろう。少しの間だけ誰も喋らない時間が流れた。
すると、壁にもたれて聞いていたナグモさんは肩でゆっくり呼吸してこちらを向いた。
「……私は薄々気付いていましたけど。明らかに周りと違う成長速度でしたからね」
「……えっ」
「あっ! もちろん訓練を真面目にやっている姿は知っていますよ。でも、なにか……は、あるのだろうと思ってた感じです。称号だとか、そういうのがね。そして闘技場の件でアンさんの話に食いついた時、勇者や賢者ではなく、異世界から来た人間なのではないか、と思いました」
「気づいてたってことですか……? だったらなんで……」
「なんで……ですか。ふむ。簡単に言うと転生者が問題起こした先の領土作戦の時、私は既に冒険者をしてなかったからですね。かつての仲間の何人かは死んでしまいましたが、関係が切れていたので、そこまでは」
(領土戦線って何十年前って聞いたけど……アレ? ナグモさんって何歳……?)
……嘘か?
この世界の人の寿命は地球の寿命よりも長いとは聞いていたけど、20~30歳ほどの見た目のナグモさんが戦線時には冒険者を辞めていたって……。
有り得ない話だと思ったが、とりあえずは触れないでおこうと思い、こくりと頷いて続きを待った。
「それに、クラディス様が転生者であったとしても……言ったらなんですが、無害そうですからね。噂に聞くイメージと余りにも乖離していますし、あなたほど真面目で勤勉な人が咎人であるのなら、この世界の大半の人はなんなんだって、話になるじゃないですか」
これは、あの重装備の人が言っていた話だな。混沌に落とす、とかそういうの。
「……でも、僕は――転生者は、なんであれ、結局は咎人だって――」
「クラディス様はクラディス様です。それが全てです。何者であろうと、私の前で汗水垂らしながら休みなく訓練をして、誰にも優しく接せれる少年に変わりないですよ」
僕が転生者である事を認めながら、ナグモさんはニコッと笑った。
「わ、わたしも……! あるじは、あるじだと思ってます! 何者だろうと関係ありません……っ!」
「ナグモさん……アン……」
二人は優しく受け入れてくれて、僕は心が軽くなった。
転生者が悪だと認識されている世界でも、まだ良心がある人はいる。レヴィさんやこの二人がそうであったように。
そうなら、八方塞がりだったこの世界の認識を変えるのも何か手だてがあるかもしれない。
「――僕は」
そう思っていると、今までなにか考え込んでいた様子のケトスが声を出した。
「クラディスのことや転生者のことを頭では理解したつもり……だけど、どうも落とし所が見つけれない。転生者って、いるだけでこの世界に不幸をもたらす存在だと言われてる。それをクラディスは否定することは出来る?」
「それは……」
「存在するだけで悪。そんなのは魔王や魔族と一緒だ。それをクラディスが否定出来ないんだったら……僕は……」
ケトスの言葉、反応。これが普通なんだと思う。
転生者についての認識が洗脳紛いの方法で刷り込まれてしまっている。これは、もう一種のカルトだ。
その者がどんな人間であれ、いるだけでこの世界はよからぬ方向へと導かれてしまう。
転生者がどれだけの善人であれ、たとえ世界を救ったとしても……。
――存在するだけで罪である。
それを否定することなんて、誰にも出来はしない。
ケトス自身、無理であると分かっているけど頭と感情が交錯して、その結果何か答えを求めているのかもしれない。
それにケトスは以前、自分は称号Ⅰ持ちだと言った。それでこの反応をするってことは、彼は転生者ではないということだ。
「……それを証明することは……できない」
「そっか――」
「だから、僕がそういうことをしそうになった時に止めてくれないかな」
「……え?」
やや考えても「いるだけで周りを不幸にする」に対しての解決策なんて思いつかなかった。
だけど、目に見えない問題であるからこそ、若干の言い様はある。
「いるだけで周りを不幸にしてしまうのなら、僕はいない方がいいに決まっている。だけど、逆に僕が不幸にするってことも証明できない。だから、もし、僕がなにかしそうになってたり、周りを不幸にしようとしてたら……ケトスが僕を止めて欲しい」
事前的ではなく、事後的な処理。
これは僕が転生者の中で一番弱いからこそできる提案。
「汚れ役を任せているようだけど、こうでもしないとこの話は落とせないと思う。それに、これはケトスにしか任せれないことだから。だって、僕の友達だし、信頼してるもん。僕としても殺されるんだったら知らない人じゃない方がいいし……。なにより、ケトスの力なら僕の首を刎ねることくらい簡単でしょ?」
「…………」
僕の提案に渋々頷いて了承をしてくれた。
ケトスにもケトスなりの考えがあったのだろう。もしかして、僕を『自分の同じ称号を持っている人』だと思っていたのかもしれない。
そうであったなら……僕は期待を裏切ってしまったことになる。
「……はぁー……、まぁ、その、なんだろ……。モヤモヤは晴れたよ」
一段落したのを確認するとケトスは頭を掻きながら、近くの椅子に座って深い溜息をついた。
同じく立ちっぱなしだったナグモさんもキッチンの方へと歩いていき、アンは僕の真横に座りなおす。
張り詰めた緊張感も程よく柔和……にはほど遠いけど、胡坐の一つはかけれるような雰囲気にはなった。
「あぁ~……ようやく言えたぁ……、しかも殺されなくてよかったぁぁ……」
今までの悩みの種が一つ解消した気がする。
大勢の人に認められてなくとも、この場にいる信頼できる人達に認められるだけでも現段階は花丸満点だ。
「ケトスも、ありがとね」
「いや、まぁ、うん。普段のクラディスを見てたらね」
「白髪は武器に手を当てていたがな」
元気が無さげに笑うケトスに容赦のない言葉で突いた。
うっ。とたじろぐと、両手を使っての弁明が始まった。
「そ、それは……そうだけどさ。いやだって……って、アンさんって僕に対して当たりきつくない?」
「あるじを護るためだ。そこから近づくなよ」
僕の座っている横で、キッとケトスを睨み付ける。その眼光にケトスもお手上げのようだ。
「えぇ~……クラディスからも何か言ってやってよ」
「アン、大丈夫だから。僕だって目の前に咎人の疑いがかけられてる人がいるなら、そういう態度とっただろうし」
「ですが……」
「まぁまぁ。なんなら、さっき言ったようにケトスの実力があったら僕なんかすぐ死んでるだろうから、僕が死んでないってことは我慢してくれてたのかなって思うよ。ね? ケトス」
「そうさ、クラディスは僕が指折りで数えれる数少ない友達ぃー……だからね。うん」
若干恥ずかしそうに言った。
お互いに友達少ないもんね。それも称号Ⅰを持ってる友達なんか――……。
「あっ! そういえば聞いてなかった。ケトスに聞きたいんだけど、ケトスの称号Ⅰの話も聞かせてくれない?」
「えぇ~? やだなぁ……なんでさ」
「いいじゃん、僕のこと聞いたのにさ! ケトスだけ黙ってるのはズルだよ!」
「まぁ、そうだけど。クラディスの後だったらインパクトないよ? それでもいい?」
「そんなこと気にするの? ケトスらしくない。いいよ、今くらいじゃないと話す機会ないでしょ」
僕の方は話したいことを話せれたからグイグイといけるけど、ケトスはまだ普段の調子ではないみたい。
「…………ゃ」
「声ちっさ……えっ、嘘でしょ」
そっぽを向きながらボソボソっと言った言葉が上手く聞き取れず、ニヤニヤ笑いながら耳に手を当てる素振りを見せると、照れてるようのか怒っているのか曖昧な表情で、
「…………【勇者】……」
と言ってくれた。
「あはっ」
僕は笑った。ケトスの態度ではなく、この空気が耐えきれなかったのだ。
いつもは僕を振り回していたケトスが、今は僕に振り回されている。ケトスには悪いけど、ちょっと嬉しく思ってしまう。
そうしてナグモさんが持ってきてくれた飲み物を飲んで、「元気になったんだったら、私をベッドで寝かせて欲しいです」と言われて解散した。
「近くで見たら本当に紫色だ」
「あまりあるじに近づくな」
「ええっ」
「一度敵意を向けた、当然だ」
「いいよいいよ。気にしてないから大丈夫だって。それよりも、ここでそんな大きな声出さないでね」
紫の方を手で押さえながらケトスを正面玄関まで見送る。
すると帰り際で、冗談を言うように「言われたことちゃんとするから、クラディスもちゃんと僕が止めないでいいようにしてね」と言ったので「ケトスの手を汚さないように頑張るよ」と言い返した。




