170 間に合った
(ますたー!?)
とうの昔に限界は越していた、いつ自分の体が動かなくなってもおかしくなかった。
足取りがおぼつかなくなり、高速で動かそうとしていた体は強制停止し、地面に無抵抗のまま転んだ。
「フンッ――!!」
男が大斧を振るう前に展開していた土壁は全て制御不能になり、崩れ落ちた。
遠くの二人の殺気が倒れている僕の体に向けられているのが分かる。
「や、やめてください……! ますたーを殺すのは……!」
エリルが僕の前に両手を広げて立ちはだかり、シルクと白金等級の男に声をかけた。
「エリル……大丈夫だから……多分」
「何も大丈夫じゃありません……!」
「いや……そもそもエリルは向こうから姿が見えないでしょ?」
「あっ……で、ですけど、このまま黙ってみておくのは……」
「なに独り言を言ってんだ? 気でも狂ったか?」
二人の魔素がこれまで以上に高ぶっているのを感じる。
普通に考えたらエリルの言う通り、この状況は非常にまずい。普段は冷静な判断ができるエリルが取り乱す程の緊急事態だ。
「大丈夫……だから、エリルは僕の中に戻って」
「……は、はい」
だが、目の前の2人の放出する魔素以上の放出量でこのダンジョン上広場へと近づいてくる魔素を感じていた。
「……矮小な土魔法が消えたと思ったら限界を迎えてたか。まぁ当然ではあるが」
「俺が受けた苦痛をお前にも少しは味あわせるために遊んできたが……これにて幕引きだ。俺の一撃で異世界に叩き送ってやる」
放出されていた魔素が凝縮し、風の音とともにこちらに近づいてくるのが分かる。
これはおそらくシルクの斬撃波だろう。
「幕引き……だって?」
だが、それを上回る速度で森を突っ切ってくる高速接近反応。
「幕引きっていうのは、その物語の主人公が決めることさ。僕らみたいな脇役が決めることじゃない」
僕の声は土を抉る音や風を切るの音でかき消されている。
次の瞬間にはそれらよりも大きな音が響き、斬撃が僕を避けるように両脇へと散ったのが分かった。
「間に合ったんだね……」
霞む目で見えたのは一つの影が僕の前へと着地し、斬撃を両腕に装備している拳殻で分裂させていたことだった。
なびく黒い髪の毛が月明かりに照らされて、その人の姿を見るだけで本当に涙が溢れてきた。
「『破岩造壁』」
僕が声をかけようとしたら、アンは拳を振り下ろして目の前に大きな壁を作り出し、二人の方向へと蹴り飛ばした。
その壁をシルクと白金等級の男にぶつけている間に、僕の体を抱きかかえて木の後ろへと場所を移した。
「あるじ……っ、ご無事でしたか……!」
「ははは……ナイスタイミング。アン」
何十分と戦っていたか分からない。この場所は時間経過が分かりにくい。薄らと差し込む月光しかないからなのか。
(でも良かった……。もうダメかと思ってた)
アンの後姿を見ただけで涙が出てきたのに、アンの顔を見たらさらに熱いものが込み上げてきた。
「間に合ってくれてありがとう。正直……立ってるのすら、ちょっと厳しかった」
「その怪我は……」
え、アン? めっちゃ顔怒ってる。
そう思うと僕の前に膝をつき、ぽたぽたと涙を流しだした。
……僕は、彼女につらい役目を任せたのかもしれない。
「……あるじ。わたしはもう、あんなことしたくありません。あるじを置いて助けを呼ぶなど……命令しないで欲しいです……」
「……うん、分かったよ。もうしない」
「あとは、どうか無茶をしないでほしいです。わたしはあるじが居なくなったら……生きていられないです」
「……無茶しないを約束、か……それはちょっと、難しいかもだね。ははは」
「約束してください」
僕の背にある木に手を付き、顔を近づけてきた。
うぉっ……ここまでアンが強く言ってくるって……。
「……冗談さ、約束する。その代わり、アンも無茶したらダメだからね?」
「はい、約束します」
笑って承諾してくれたアンだったけど、この森から王国へと往復をしたのだ。かなりの魔素を消費しているに違いない。
(魔素を与える……って言うのは、魔法で応用できないのかな)
(できます。治癒魔法の一種ですので、ただ……完璧では)
(できるってことが分かっただけでいいよ。ありがとうね、エリル)
魔素は意識的に残していたから、魔素だけある怪我人の僕からアンへと魔素を移したり回復させたり出来たらまだ勝機はある。
まだ姿は見えないけど、アンは増援を連れてきてくれてる……ハズだし。
頭の中で文字を組みかえて行き、魔導書にあった魔素の仕組みとペルシェトさんとの勉強会の内容、治癒魔導書の内容で回復の原理を組み合わせて魔法陣を組み立てていく。
「……できた。アン、ちょっと背中向けて」
「? 背中ですか?」
アンの背中に手を当てて、作った魔法を試してみる。
自分の魔素を保持したまま、回復の原理でアンの体内へ……。
そのままだと血液の型みたいに反発してしまうかもしれないと思って、少しずつ微量に足していき、その反応が見られないから僕の残っていた魔素のほとんどをアンに渡した。
「んっ……ぁ、あるじっ……これ、は……」
「魔素の回復……、どう? 回復した?」
「……はい、確かに、回復してます……!」
「良かったぁ……その代わりに僕が動けなくなっちゃうんだけど……」
危なっ……一瞬意識が飛びかけた。
やっぱり魔素切れっぽい感じになっちゃうな。
「っ……アンに任せてばっかりでごめんね」
「いえ、わたしは頼ってもらえるだけで幸せです」
「じゃあ、アン。勝って帰ろう」
「勿論です」
最後にアンの背中を押すと、木陰から勢いよく出ていった。




