169 体の限界
二人が全力を出してきてからのぶつかり合いは熾烈を極めていた。
シルクが使う魔剣の一振りは大きな焔となり、大地を焦がした。
重装備が使う大斧の一振りは地形を変え、地割れを起こし、風を起こした。
(ますたー! 魔法を!!)
「だめだ、これ以上魔素を使ったら――」
「防御ばかりかぁ!? ガキィ!!」
(くッ!! 省エネ、だったらいいんですよね!!)
エリルが僕の前に貼り続ける薄い多重土壁と多重水壁。
それを二人は永遠と削り続け、辺りに被害を出し続けていた。
だが、ここは中位ダンジョンが在る森林の奥地。
巨木に火が燃え移ろうが、地形が壊れるような攻撃を繰り出そうが、この周辺にあるものはダンジョンが含有している膨大な魔素がそれらを修復し、元に戻してくれる。
それをいいことに向こうは暴れ放題だ。僕はそれらを避け、防御することしか出来てなかった。
「このままじゃ埒が明かない!!」
(ますたー!? 何を)
(距離を詰める。エリルは援護して……! 『脚力増強』ッ!!)
エリルが二つの魔法を同時に詠唱破棄で発動している所に、さらに追加で強化魔法を発動……。
(頭に熱が篭るとかそういうレベルじゃない……! 脳が焼き切れそうだ……っ)
今までの戦闘で見せたことのない速度。
自分でも扱うのが難しい脚力で接近しながらのエリルの魔法攻撃と斬撃への魔法障壁の展開。
(この間合いなら――『腕力増強』ッ!!)
グッと一気に距離を詰めた僕に対し、シルクの口角が上がった気がした。
「……なぁ、武器の壊し方って知ってるか?」
――キィンッ。
僕が振り上げていた小刀の先端が消えたと錯覚を起こした。
「何、を……」
(ますたー! 回避を! この距離では私のカバーも――)
「今までのが、俺の全速力だと思ってたか?」
接近したときのシルクの構えが気づかないうちに解かれていた……。僕の二本の小刀はシルクの二連撃で壊れていたのだと頭が理解した。
小刀の消失、非常に近い間合い、エリルの補助は間に合わない……。
エリルの言葉が聞こえていたのだが、咄嗟に体を動かすことができずに武器を取り出そうと残っていたストックの一本を手元に召喚した瞬間。
――キンッ。
それも壊されてしまった。
「袋から手元への召喚時のインターバルがあるな? 手元へと出てくるのか不安があるように見える、この世界に馴染めていない証拠だ」
「くっそ……っ」
武器が無くてもこの間合いまで入ったんだ、その顔面に一撃でも――
「『一閃』ッ!!」
「『乱斧ノ起』ッ!」
(『衝撃吸収』、『魔法障壁』!!)
ググっと溜められたシルクの一撃と白金等級のおじさんの乱れ切りがエリルが張った防御魔法を尽く突き破っていくのが見えた。
やばい……ヤバイヤバイヤバイ――ッ!!
(っ! 『爆発』っ!!)
僕と二人の間に起こった爆発。その衝撃で僕の体は森林部の木々へと打ち付けられた。
(爆発……? 聞いたことない魔法……)
だけど、エリルの機転の利いた引きはがしに助けられた。
(ありがとう……エリル、ちょっと頭が回ってなかったみたいだ)
(いえ……っ、でも、私も覚えたての魔法なのでますたーの体への負担が大きくて……)
(そんなこと気にしなくてもいいよ。あれだけの爆発なら、向こうも少しは怯んでくれるのと思うし……)
エリルが爆発をする時に辛うじて見えたのは、破られた魔法障壁と衝撃吸収の張り直しをしてくれていた光景だった。
防御魔法ありきで僕がこれだけ吹き飛んだってことは、何もしてない向こうは僕以上の衝撃とダメージがあるはずだ……。
「爆発たぁ、自傷行為じゃねぇか?」
だが、噴煙の中から出てきたのは不気味な笑みをしているシルクだった。
エリルの魔法すら……。
「……お前、直撃だったハズじゃ」
「はぁ? そんなチンケな魔法をくらう訳ねぇだろ。攻めだけで一等級戦闘奴隷になった訳じゃねぇよ」
出したことの無いスキルでも直ぐに対処されてしまう。エリルが発動する魔法すらも傷一つ、表情一つ変えることができないのか……。
今の僕やエリルでは届かない……絶対的な力量の差。これまでやってきていた全てを出したっていうのに……? ダメなのか……?
「無駄だと悟れ、実力に差がありすぎる」
「……悟ってるさ、最初から。僕がお前等に勝てないってことくらいは知ってるんだ」
「フンッ、先程の様子を見ていたが武器も底をついたのだろう。最後に出したのは一本だけだったものな」
「まぁ……そうだ、ね」
そんな些細な動作さえしっかりと見えているのか……もう油断はしてくれないんだな。
「これ以上の戦闘は不毛だな、動くんじゃないぞ」
ギルドから貰ったモノや、タルトさんのとこで買った武器や防具は全て壊された。
それを見透かしていた重装備の白金等級のおじさんは大きな斧を振りかぶった。
――スパンッ。
「グヌゥッ!!?」
易々と距離を詰めてきたからおじさんの首元の防殼を切り落とした。
よろけて後方に後ずさった体を、一瞬だけ引き上げた『脚力増強』で元の位置へと蹴り飛ばした。
「……お前、まだ」
「首を狙ったんだけど、残ってる力じゃ……鎧しか無理だったかぁー……はは」
足先から伝わる衝撃で、体全体が軋む音が聞こえる。
そんな状態でも、相手の顔を見上げて精一杯口端を押し上げた。
「恩人からの贈物さ。やっぱり武器が違ったら切れ味も違うだろ?」
僕が収納袋から手元へ召喚したのは【ホワイトボグの短剣】。ムロさん達からの昇格のお祝いものだ。
だけど、その短剣を握る力もなくなり、地面に落としてしまう。
爆発の衝撃や蹴りの衝撃で頭から流れてきた血液で目が霞んでいく。
視界がぼやけ、ぐららっと重装備の全体像が揺れる。
「チィ……足掻くなよ、めんどくせぇ」
「足掻くさ、僕はまだやりたいことが沢山あるからね……!」
「ほざけ……!」
「抜かすな!!!」
僕の言葉に乗せられた二人が大きく振りかぶった。
(あぁ……また、あの一撃が来る)
自然を壊すような。
大地を揺らすような。
腹の底に響く豪快な音を立てる一撃が。
「させるか……『多重稲妻』……ッ!」
二人が完全に攻撃態勢に入った瞬間に、先手を打とうと二人目掛けて四方八方から電撃を飛ばした。
「……小僧の攻撃は単調だな」
完全に振りかぶっていた重装備の男が地面に斧を突いて、多重稲妻を体で受け止めた。
シュゥゥゥっと燃えるような音が少しだけ聞こえたが、その防具には擦り傷程度の跡しかつかなかった。
「魔物の薄い防御なら壊せれるだろう。俺の防具には効かんが」
攻撃から防御へのシフトも迷いない……か。
「『多重土壁』……」
それでも僕は、まだ……時間を稼がないといけないんだ。
自分と二人の間に乱雑に無数の薄い土壁を作り出し、視界を制限する。
(攻撃が当たらなければ……まだ、なんとか勝機がある)
この二人相手に逃げる選択肢はもう取れないだろう。だから僕はできる限り魔素を抑えながら時間を稼ぐことにシフトをした。
――ピンッ。
なんだ……何か、魔素が……今、一瞬。
感じないハズの第三者の魔素の存在を、『魔素感知』がキャッチしたのを感じた。
「……また目くらましか。シルク、切れるか?」
「魔剣をあんまり使わすな、そろそろ壊れちまう」
「ならば、俺が切り開こう」
よそ見をしていると、魔素感知で重装備の男の魔素が膨れ上がったのが分かった。
大斧、目の前に展開した大量の土壁、視界不良の状況から行われる攻撃は……。
横の薙ぎ払いが来ると即座に理解し、高さを使って攻撃を避けようと階段上に土壁を出そうとした瞬間。
――ドクンッ。
「っあ……っ」
体が限界を迎えた音がした。




