166 ぼくが、『転生者』だ
さっきまで僕は、意識が薄れて無くなりそうになる度に痛みが呼び覚ましてくれる。それの繰り返しだった。
それで男達の会話を聞くことが出来ていた。
男が言っていた言葉にどれだけ怒りの気持ちを覚えようと、体が動かなかった。
もう無理だ。僕はダメなんだ。もう立つことすらもできないと思っていた。
しかし、今、聞き捨てならない言葉が聞こえた。
体から発せられる信号など気にもならないほど、僕はその言葉に意識を奪われた。
「転生者は必ず殺さないといけねぇ。分かるだろ? 主人の機嫌を損ねたことが許されて無かったことになったとしても、元々アイツはこの世界に要らねぇ存在なんだよ」
違う。
そうじゃない。
彼女は、この世界を歪めた転生者なんかじゃない。
「分かったか白髪。お前はあのくそ女に関わっただけで殺されるんだ。恨むならあの転生者のガキにしてくれ。だが、心配することはねぇ。お前を殺した後にアイツも直ぐに殺してやっから安心して死ね、な?」
アンは……転生者じゃないんだ。
鑑定でみた。ちゃんと見たんだ。
「……違う……っ」
「……? 何が違うってんだ」
声を出せ、力を振り絞れ、痛みなど感情で押さえつけてしまえ。
「アンは……お前達のような人間に殺されるようなことはしてない……!」
「馬鹿言うなよ。お前の鳩頭でも転生者は殺されねぇといけねぇ理由くらい入ってんだろ」
「ははは、シルクのいう通りだ」
「転生者は領土戦線でこちらの情報を漏らして多くの人間を殺した。そんなやつらは殺さんとならん。それにそれを匿ったお前も同罪だ」
「っということは、こいつを殺したら俺ら正義の執行人ってことか!」
「もしかしたら監査庁に入れるかもなぁ!? ははは」
「鳩頭、これで転生者のことを復習できたか? 要するにお前は正義のための贄になれるんだ。……この汚ねぇ世界のために死ねるんだ。それを光栄に思って惨めに死んでくれ」
シルクの後ろにいる四人の声も耳に届いた。
(これが、この世界の……常識なんだな)
……けど、話を聞く限り……アンが殺されないといけない理由は無いみたいだ。
体の動かない部分を魔素で補助し、背後の大きな木に寄りかかりながら強引に立ちあがった。
(って……アレ、なんで僕立てるんだ……?)
なんだか、体が軽くなった気がする。
「このガキ、まだ立て……!」
僕に近づいてきた金等級の冒険者の腹部に『身体強化』を使った全力の蹴りを食らわせ、遥か後方へと飛ばした。
「ぶっ──〜〜!?」
かなり大きく動いたハズなのに、痛みが……麻酔でもかかったような軽やかな鈍痛へと変わっている。
(痛みにも慣れって来るんだな。知らなかった)
あ、もしかしてスキルとか……? 耐性でも獲得したのかな。……まぁ、いいや。
血が足りないし頭が回らない、だけど体は動く。これなら集中をしてスキルも使えるな。
「この野郎……っ!」
体の血がぼとぼとと滴る箇所に止血用の魔法をかけていると、槍をクルクルと回しながら近づいてくる男が見えた。
槍、槍か……。
あれに刺された時は……痛かったな。
だから、同じように。
「……『火ノ巨大槍』」
「なっ!?」
お返しの気持ちで、男の何倍も大きい火属性魔法を頭上から落とし、武器と防具だけを綺麗に消し炭にして本体は気絶してもらった。
うん、緻密な熱と効果範囲の魔素操作も慣れたな。
火ノ巨大槍が地面へと触れてクレーターを作ると熱風が巻き上がり、この場にいる全員に襲いかかって男達は僕から少し離れた位置に飛び退いた。
「チッ……あのガキ、まだ動けたのか」
「お前は何だ? 中位以上の魔法……情報だとお前は剣闘士と聞いていたが」
「化け物だ……もう遊びなんかやめて、はやく殺っちまおうぜ」
「ビビってんじゃねぇ、ただのガキだ」
「――お前らは」
「……あん?」
「お前らはさっき言ったな「転生者だから殺す」と。確かにそうだ、彼等は許されないことをした。だけど、それを一括りにするのは間違ってるとは思わないのか……? そのことに対して思考を巡らすことを止め、疑問にすら感じず、我が物顔で浅い正義を語るなんて……これほどまでに酷い話はない」
転生者が罪を犯したのは知っている。その罪を償うべきだとは感じている。
償うことが極刑しか選択肢が無いのは過度なモノであると思うけど……今更、諸手を上げて「殺さないでくれ、僕達は関係ない」と言うつもりなんてない。
領土戦線被害者、遺族、先輩転生者が迷惑をかけた方達に申し訳ないと感じていない訳でもない。
僕たち転生者は大勢の人達に恨まれる存在なのは分かっているんだ。
そんなことは、分かってる。
「……何が言いたい」
「分からないのか……!? 転生者に対する膨れ上がった正義感のせいで、関係のない人間まで不幸にしてるってことだよ!」
分かっているからこそ、その異常さに気付く。
「口を閉じた方が懸命だぞ。お前に何が分かるんだ」
「……アンは……あの子は、転生者じゃないんだ」
「だからぁ、なんでお前にそんなことが分かるってんだよ。意味不明過ぎんだろ」
「分かるよ。すごく分かるさ」
闘技場で見た戦闘奴隷の人達の一部は転生者の疑いをかけられていた。だが、実際は転生者では無い普通の人達だった。
その時の大罪を起こした人達だけの罪にすれば良いものを、それを今後も転生してくるかもしれない者や国民に内在しているかもしれない人までも全部、咎人として扱うことにしてしまった。
そのせいで何十年も経った今でも怨恨が絶えず、無実の人間を有罪へと仕立て上げてしまう。
(……不可笑いよ、そんなの)
だって、一つの称号を持っているだけで殺されるんだ。
持っていると誤解されるだけで、これほどまでに嫌われるんだ。
無実の人を吊し上げて殺そうとする過激な彼等こそ……この世界を歪めているんじゃないのか?
悪しき方向へと持っていこうとしているんじゃないのか?
「分からないなら、教えてあげようか? 鳩頭共」
改めて思う、この世界の認識は変えるべきものだと。
僕は付けていた眼帯を外して、男達を見た。
「だって……僕が『転生者』だ」
もう、アンが帰ってくるまで逃げるのは止めだ。




