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163 遅滞戦闘





 アンを走らせ、僕的に僅かな月明かりにもようやく目が慣れて来たというところ。


 僕とアンが転移させられた場所は凹凸が少ない場所だ。あったとしても岩石や盛り上がった地形くらいしかない。

 崩れた後の立て直しが難しい。大振りとかの隙の多い攻撃はやめておく方がいい。

 状況把握に勤しみながら辺りを『魔素感知』で調べてみると、ここら一帯には他の人間おろか、魔物(モンスター)はすら一匹たりとも確認できなかった。

 都合がいいというか、中位のダンジョンがあるっていうのに。


魔物(モンスター)がいないってあるのか……?)


 でも本当に居ないなら……森林部分に入るように立ち回る方がいい。


「考え事とは、余裕だな」


「あぁ、余裕さ。僕は負ける気がしないからな……!」


「ハンッ、そりゃあいい」


 目の前の男は出会った時の荒々しいイメージとは違い、戦闘時はとても静か。

 長く細い剣で僕の小刀を制してくるその技量は、アンがあれだけ警戒するのも納得ができる。 

 それでも、実力がアンと同程度……ってことは今はまだ様子見といったところなのだろう。

 実力差のある戦闘なのは分かっているから、僕から仕掛けることはせずに遅滞戦闘(時間を稼ぐ)ことに意識を使って――


「逃げるだけか?」


 足を一歩引いた瞬間、それを見抜いたように声を出してきた。


「……生憎(あいにく)、そういう挑発にはのらないんでね」


「あぁそうか……残念だ。じゃあ――」


 遠くにあったハズの体が大きくブレたと思うと、いつの間にか目の前に在った。


「なっ……!!」


「こういうのはどうだ」


 月明かりで白く染まった剣が喉へと伸びてくる。

 それをなんとか体を仰け反らせることで避け、数歩後ろへと飛び退()いた。


「精一杯のように見えるが?……余裕の底が見えたか」


 その距離をすぐさま詰めてきたシルクと剣と小刀を合わせた。

 キィンッと鋭い金属音が響き渡ると、そのままお互いの剣戟(力比べ)が始まった。


(やっぱりこいつ……まだ力を……)


 先程までとは違い、一発一発が重く腕に響く。

 僕の最高速を涼しい顔で捌き、意図しないタイミングでの攻撃を繰り出してくる。

 攻撃の回転数は武器の形状上僕の方が早いけど、立ち回りや体の使い方で攻め切れてなかった。


(この場所は不利だ……! コイツが油断している今の間に少しでも有利な場所へと行かないと──)


「なぁ、お前、なんであいつを買ったんだ?」


 剣を合わせると同時に投げられた問い。


「……お前には、関係ないだろ」


「あるね。俺だけじゃなくて、戦闘奴隷のやつら全員に関係ある話さ。お前がアイツを助けた時に使った401万ウォル……だっけか? あの金は他の奴隷を仕入れる金にされるんだ。奴隷商人が属する反社会的勢力にもお前が払ったお金が流れる。それで、「人を助けた」つもりか? 金を払って助けたつもりでも、お前は他の人の不幸に加担をしたことになる。それでも関係ねぇっていうのか?」


「……だとしても、アンは買われなければ死んでいたんだ! 悪い人間に加担をしたという事実だと思う。だけど! 僕は悪いことをしたつもりはない……!!」


「へぇ、良い正義感を持ってる飼い主だこって。だったら……おい、お前にも見えるだろ、この首の火傷跡。これ、この前付けられたんだぜ?」


 チラッと見える首を見ると、肩甲骨辺りから喉元まで広範囲に酷い火傷跡が見えた。


「くっ……」


「あのくそ女が買われたって憤慨した飼い主にやられたんだ。死ぬほど痛かった。熱くて、なぁ、他の奴隷みたいに俺も死ぬかと思った。この傷を与えられたのはお前が買ったせいだろ? ここに、お前が買ったことで被害がきてんだよ。さらに、この痛みを他のやつが味わうことになるかもしれねぇよなぁ? なァ!?? それでも関係ねぇってのか!!!?」


「だからって……!! アンがあそこで死んでいい訳じゃないだろ!!」


「話、通じねぇな」


 ――その時、シルクが僕の小刀を弾くために剣を振り上げたと同時に、空いている片方の手が腰に当てられたのが視えた。


「とりあえず、一撃だ」


 反射的なモノで、何が起こったのか理解するまでに時間がかかった――が、痛覚から脇腹から肩にかけて皮膚が抉られたのが分かった。


「──!??」


 視たことを頭で理解するまでのタイムラグ。それを凌駕する速度での攻撃。

 そこでようやく、さっきまで何も持っていなかったシルクの片手に小刀が握られていたことを理解できた。

 

「がっ……ぁ」


「痛てぇか? なぁ!? お前のその痛みより、俺が受けた傷の方が何倍も痛てぇんだ!!」


 痛みの衝撃で思わず武器を手放してしまい、予備を手に召還しようとした。

 その隙に目の前に剣が伸びてきて、そのまま血が溢れる肩に剣が差し込まれていく。


「ぐあぁっッ……!!!」


「ハハハっ!! まだ、行くぞ……!!」


 剣を根元まで差し込まれ、そのままの勢いで森林部に押し込まれていく。


 ――右肩が熱い。首の筋が張り、痛みで思考の偏りが生まれる。


 そんな頭でも、このままでは死んでしまうことくらいは分かる。


「いい加減、離せよ……ッ!!!」


 背後の木にぶつかる寸前で男の体を蹴り飛ばすと、刺された剣があらぬ方向に行ったせいで傷口が広がった。

 痛い、けど、死ぬ時の痛みほどじゃない……!


「『回復(ヒール)』……『回復(ヒール)』ッ!」


 酷く開いた傷口に手を当て、覚えたてのスキルで処置しようした。

 傷口は少し塞がったが、血は相変わらず吹き出てくる。


(ウォーターサーバーかっての……、笑えない冗談だな)


 蹴り飛ばした男は無抵抗のまま仰向けに倒れている……あれで死んだってことは無いだろうけど、今のうちに距離を……取らないと。

 ──口角が上がったのが見えた。


「っ……! はぁはぁ……はぁ……っ!」


 その場から逃げようと奥へ奥へと逃げると、男の魔素が微妙に動き出したのを確認できた。

 少しでも歩く速度を上げ、魔素や気配を抑えながら塞がりかけの傷口に『回復(ヒール)』をかけ続ける。


「オイオイ! 隠れん坊かよ。子どもじゃああるまいしよぉ……」


 地面に滴り落ちた血液の後を辿る様に、ゆっくりと僕の通った道をついてくる大きな魔素。

 まだスキルを使ってなくてあの速度、あの威力。こっちは全力だっていうのに勝ち目ないな、全く……。


(遅滞戦闘なんて、カッコつけてる場合じゃないな)


 と内心で愚痴って思った。別にかっこよくもないか。

 まだこんなツッコミができるから、まだ余裕はあるか……?


「……ふぅ……っ」


 まだ完璧にできていない止血用の治癒魔法をかけ、強引に血液を止めた。

 妖術士(シャーマン)の闇魔法みたいに細胞が死ぬかもしれないけど……今の僕にとっては事実上の延命治療だった。



遅滞戦闘は、ざっくりとまとめると撤退までの時間稼ぎみたいな感じです。


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