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145 落札




 闘技場の全部門が終わったことが場内アナウンスによって告げられた。

 自分たちの私欲を満たした一般観客たちはこの後にあるオークションを待たずして帰っていったみたいで、僕らの周りの観客も帰って行き、満席だった座席がまばらとなった。


 その様子を見ると奴隷のオークションってのは一般の客が手を出せるほど安価なモノではなく、それこそ“貴族の嗜好”なんだと思える。

 だけど僕がオークションに参加するから、とナグモさんもペルシェトさんも残ってくれていた。一人だったら心細かったから嬉しい。

 

「途中までムロさんが優勢だったのに、スキルを使った後からあの子の方が強くなりましたよね」


「ですね。さすが最強の少女。アサルトリアのエースを圧倒するとは」


「あのパンチ凄かった! ボゴォォンって!」


「前見た時の大剣じゃないから、使い慣れてない武器なんだろうけど……それでも武器を壊すってさすがにすごいですよね」


『――さぁ皆様! 全部門が終わって体の高揚感がまだ癒えていないかと思いますが、お待ちかねのオークションに移りたいと思います!!』


 アナウンスの声を聞くと、場内に辛うじて残っていた私服の人達はほとんど帰っていき、僕たちの周りにいた人達もガランとしてしまった。

 一般席と貴族席の境界線のようなモノがはっきりと分かり、大体向かい側の区画がそういう人たちの席だったみたいだ。高そうな装飾品、きらきらとした服、なんとも苦労を知らず鼻につく顔……は失礼だな。


「やっぱりオークションに参加するのはあそこの人らだけみたい。他にも人がいるけど、ただオークションを見るだけで参加はしないだろうし」


「闘技場に一定以上の金銭を支払っていたら、ああいう席を用意されるんですよ」


「ここを支援してるってことですか?」


「えぇ、あそこの人たちは刺激が欲しくてたまらない様なので、こういう場は潰れてほしくない。だから金銭面で支援する。そんな感じです」


 一種の株主的な感じか。

 闘技場……かなり貴族やそこら辺とズブズブな関係を持っているのだろうなぁ。株主や企業の関係ならいいが、どこか汚い(ダーティ)な部分というか、社会の裏って感じがしてあまりいいようには思えないな。


(ますたー、鑑定が終わりました)


(ご苦労様。どうだった? やっぱりあれだけ強いんだったら転生者だった?)


(いえ、称号Ⅰはありませんでした)


(……ない……?)


(私も不思議に思って何度も繰り返してやってみたのですが……他の人と同様に称号欄が見えなかったんです)


(そっか……うん、わかった。ありがとう)


 彼女も転生者じゃない。ぼくたちのせいで疑われ、捕まった人。

 ……ほんとうに、この世界は……。


(それで、ますたーはあの子のことは……)


(買うよ。僕達転生者のせいで人が死にそうになってるんだ、だから、そこは変わらないよ。それに、ちょっと、あの子の目ことが気になったからさ)


(目ですか? 黒だったと思いますけど)


(そういうのじゃないんだ、個人的なことで、ちょっと……まぁ、そんな感じ)


(そう、ですか……分かりました)


 しばらくすると門が開かれ、場内に三人ずつ貴族の席の方を向いて奴隷が並ばされた。オークションが始まるようだ。



      ◇◇◇



 クラディス達が座っている席の反対側の貴族席。

 そんな高価な装飾品と煌びやかな服に身を包む貴族たちの中で、一際存在感のある男性がいた。


「勝ったな、アイツ」


「勝ちましたね」


 727番の勝利を見て不気味な笑みで見て、周りに座っている他の貴族もそれと同じ顔で見ていた。

 

「しかし、アサルトリアの者が参加しているとは、驚きましたね」


「えぇ、ですが、無事にあの童女は30連勝を達成したわけだ――皆さん、よろしくお願いしますよ」


「分かっております」


「もちろんです、ロバート公の頼みということなら喜んで。その代わり、お願いしますね」


「分かってますとも」


 後ろの席の声が気に笑いながら答え、各自にオークションへ参加を始めた。

 参加していた闘技場の戦闘奴隷の実績とランク分けが端末へと表示されている、それを見る時間を繋ぐようにアナウンスの声が場内に並んだ奴隷たちの紹介をしだした。


『この奴隷番号1193番は以前優秀な冒険者でしたが、ある日、パーティーメンバーをスキルの暴発で殺してしまいました。故に奴隷落ちをしましたが、実力は本物であります!』


「ほぉー、仲間を殺せるのか、護衛にもってこいだな」


「あの魔法を使えるのならまだまだ伸びるだろう」


 説明を聞いた貴族たちは口々と感想を言っていき、端末上では金額がすさまじい勢いで跳ねあがって行った。

 最低掛け金が200万ウォルから始まり、300、500へと上がり、数字が止まるとカウントダウンが始まり締め切られた。

 すると端末上に大きく買取額が表示され、貴族席の真ん中から少し離れた席に座っている肥えた女性が「ホホホ」と笑った。


「貰いましたわ、あの子」


「トッポエ卿、この前も買ってませんでしたか?」


 前席で笑った女性の貴族に対して、隣の髭を貯えた細身の高齢の貴族が話をかけてきた。


「その子はボロボロになったから捨てちゃったわ。次の子は冒険者だから頑丈だし、大丈夫でしょ!」


「ははは、全くそうですね。わたくしの所も新しいのを雇わないといけませんから、次は頑張ってみましょうかね」


「そうね……まぁ、本当は、727番の子がいいのだけれど」


「しっ、聞かれますよ」


「そ、そうね……気を付けるわ」


 注意をされ、泰然としたトッポエ卿の表情に焦りが滲んだ。

 席の位置的に声が聞こえるハズもない……と分かってはいるのだが、二人も思わず口をつぐむ程ロバートという貴族が有する権力は絶大だった。

 その二人の会話は貴族達の声でかき消されていたモノの、ロバートの近くに立って警護をしている鋭い目付きの男はその会話を横目で確認した。


「……主人」


「シルク気にするな、いつもある話だ。しばらくここに顔を出してなかったから仕方ない」


「承知しました」


 男が何かを言う前にその言葉を抑え、周りの貴族に聞こえないように刺した。

 男は隣の戦闘奴隷が言おうとしていたことの大方の予想が付くのだろう。端末と場内にいる奴隷たちを交互に見ながらさほど気にしていない様子だった。



 その後も順調に様々な種類の奴隷が売買されていき、とうとう最後の戦闘奴隷になった。

 入場口から連れてこられたその奴隷は腕と足には重々しい鉄球付きの鎖が拘束具として繋げられ、貴族の方に体を向くように立たされて顔を上げるように命令される。


 厳重な態勢で連れてこられたのは奴隷番号727番だ。


 その表情は戦闘時の活き活きとしていたモノではなくなっており、深く落ちたような表情をしている。

 そして727番が定位置に着いたところで、手元の端末には最低の掛け金が表示された。


 奴隷番号727番

 最低掛け金:400万ウォル


 727番の前にオークションにかけられた戦闘奴隷の最低掛け金が2000万ウォル越えだったのにも関わらず、有り得ないほど低い破格の価格設定。

 残っている一般客は驚き、貴族たちはほくそ笑んだ。

 闘技台の上のモニターにも金額が表示され、727番もチラッと目を上げると自身の掛け金が『400万ウォル』と表示されているのに気づき、貴族とアナウンスの男に鋭い目を向けた。


『おっと、何か手違いでしょうかぁ!? 727番の最低掛け金が破格だぁ!! これは貴族の皆様だけでなく、一般客の皆さんにも手が届く金額ではないでしょうかぁっ!!』


 わざとらしい声を出し、貴族達から笑いを誘った。

 真っすぐと自分を睨む少女のことをロバートは鼻で笑い、周りの貴族に何かを確認するように声をかけた。

 727番の金額はいつまで経っても最低の掛け金から動く気配がない。こちらを見て笑っているだけで誰も落札をしようとしていないのだ。

 それを頭上のモニターで感じて唇を噛んだ。


「やっぱり……今回も……っ」

 

 人身売買が違法とされていない世界で、727番程の戦闘奴隷が一般客にも手が届く価格で売られているというのに、端末の締め切りの時間は刻一刻と締め切りに近づいて行った。

 

「憐れな子」とその様子を見ていたトッポエ卿は呟いた。


「相手が悪すぎました、と言うべきですね」


「今日買われなければ、二度と日の光を浴びることなんてないのに」


「それが、あの奴隷の運命なのでしょう」


「はぁ〜ぁ、もったないない……けど、こればかりは仕方がないわ。だって、下手に手を出すと今度は私が危なくなるんだものね」


 端末に表示された残りの時間は7秒。

 トッポエ卿は落胆し、端末を閉じようと手を触れた。


 ――ピコンッ。


 現在の掛け金:401万ウォル。


「え」


「は」


 動くはずのない数字が動き、貴族達の席からの大きくザワついた。

 掛け金の動きに気づいていない727番は怪訝な顔を向ける。


「なんだ!?」


「だれが……」


「まさか……!」


「おまえか!?」


「わ、私ではない!」


 そんなざわめきの中、ロバートの苛立ちが最高潮に達し、自身の膝上の拳を握りしめた。その頬には汗が伝い、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。

 だが、最低限の体裁は保つ余裕はあるようで声を荒らげることは無かった。

 

「……シルク、誰が入れたかわかるか」


「いえ……私にはなんとも」


「くそっ、この役立たずが……!」


 隣の男を睨み付け、少し目を閉じると握っていた拳からゆっくりと力を抜いて行った。


「だが……そうだな、まぁいい」


「よろしいのですか……!? あの童女は、主人の……」


「なに、死ぬまでの時間が伸びただけだ。いずれかは殺す」


 声が震えながらもなんとか感情を制御しているロバート公の表情を見て、シルクは半歩後ろに身を引いた。

 そして貴族席を簡単に一瞥し、すぐに視線を外した。

 貴族の中には自分の主人に逆らうような者はいないと判断したのだ。

 そして、一般客の席に疎らに座っている観客の一人一人を見定めるように目を向け、あるところで目が止まった。


「……あれか」


 727番の落札に対して微塵も驚いていないような態度を見せている集団。

 その中心にいる白髪の少年を目で捉えた。


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