135 下位部門:エルシー
試合の鐘が鳴り響くと参加者は一斉に動き出した。
60近くいるレベル450未満の腕に自信のある者達の攻撃は激しく、遠距離は魔法や弓、近距離だと剣、斧などが主に使われているようだ。
金属音が鳴り響き、悲鳴があがる。観客がそれを見て大盛り上がりしている。
「ふぁあ……」
それを背中で感じながら、場外スレスレの所で座っている参加者がいた。
その者の参加時の登録名はエルシー。
フードを深く被っているため顔はよく見えないが、腰にぶら下がっているのは短い短剣が2本。
短剣という武器の評価は闘技場ではあまり高くなかった。いつどこから攻撃が飛んでくるか分からない様な乱戦状態になるため、攻撃力が低く、的確に相手を沈める必要がある短剣は、斧や大剣に比べると不向きであった。
その不向きな武器を持ちながら体を止めていると、やはり他の参加者からは標的にされしまう。
「お、止まってる奴発見~!」
「ハッハー! まずは一匹!」
複数の参加者がエルシーへと攻撃を仕掛ける。
それを高くジャンプして躱し、近くの重厚な防具に身を包んでいる男の頭上に着地した。
「はぁ~……早く数減ってくれないかなぁ」
「なにっ!? お前いつの間に上に……!! おりろぉっ!!」
「デカブツは死んでな!」
「いい的だぜ!!」
「ぐっ! なんのぉ――っ!」
エルシーの着地先の男に剣が何本も差し込まれたが、持っていた斧をぶん回して襲ってきた3人の参加者に傷を負わせた。
『おぉぉ!! なんとも力強い一撃か! 斧の一振りで形勢を変えて見せたぁ!』
「ほ~……こういう実況みたいなこともしてくれるんだ。ね、あんたすごいわね。褒められてるわよ」
「じゃかしい! 小娘、早く降りんか!!」
「わ。小娘だなんて、嬉しいこと言ってくれるわ〜」
ブンッと振られた斧を身軽に躱して、男の顎を蹴り上げながら着地をした。そこを狙って来た参加者の肩辺りに短剣をねじ込み、すぐ後ろの場外に蹴り出す。
よろめきながら場外に出た2人のことには目もくれず、目の前の重装備の男に目を向けた。
「ねぇ、おじさんは冒険者?」
「傭兵だ」
「あら、傭兵さんがこんな野蛮な所に来てもいいの?」
「雇われなかったら暇だからな、お前さんも同じようなもんだろ」
「まぁね。あ、私って短剣持ちだからさー、乱戦は好きだけど疲れちゃうんだ~。だから見逃してくんない? あっ! 私の代わりに倒してくれると尚良し!」
「そんなやつがコレに参加するか?」
「確かにね。そういわれるとそうかも」
振り回す斧をギリギリのところで避けながら、周りにいた参加者に当たるように誘導していく。
ひょいひょいと身軽に躱すエルシーに対し、兜の下の男の表情は歪んでいた。手軽な奴をダウンさせようと思って攻撃を仕掛けたのにソレが自分が思わない所で参加者の数を減らしていっている。
「……私さー、最近練習してたんだよね、こういうの」
「なんだと?」
「重い攻撃をギリギリで避けて、周りに当てるっていう戦い方。ここで役に立つとは思わなかったよ〜はははっ」
「ふぬっ!! ガキが! 大人をなめてるだろ」
「ガキ、大人……。おじさん何歳なの?」
「50だ」
「へぇ~! 老けてるんだね~」
「くっ、どうでもいいから当たれ!!!」
「無理無理~、痛いもん」
鼻息を荒くしながらエルシーに攻撃を当てようとして振るう斧で減らした参加者はもうじき10に上る。その中には避けるのが間に合わず斧に体を切られ、致命傷レベルの攻撃を受けてしまった者もいる。
しかし、闘技場の参加時に『命を落とす可能性があるが、もしそうなった場合、闘技場は一切の責任を負わない』や『闘技場は法外機関であるため、体の損傷または闘技場閉会後の後遺症等の申し立てに関して、一切の責任は負わない』等が書かれた契約書に同意のサインをしている為、命を落としてしまったとしてもここにいる者は誰も罪に問われることはない。
それらは承知の上ではあるのだが、人同士で殺しあうというのは極力控えるというのが参加者では暗黙の了解となっていた。
エルシーと重装備の男が戦っている一方で、最も戦闘が濃く行われている中心部では奴隷番号を背負った者と参加者が争っていた。その戦闘奴隷の情報は以下のモノであった。
奴隷番号1193番
出自:デュアラル王国
レベル:およそ60
闘技場初出場
複数の男に囲まれながらも、持っている大きな盾でなんとか攻撃を軽くしているようだったが、盾ごと押されて何度かコケかけている。
弱者を強者が蹂躙する、これほどスカッとすることはない。それを表すかのような光景がそこにあった。
レベル60の戦闘奴隷が平均にして400程の参加者に袋叩きにされていたのだ。
「もう、やだ……! かえしてくれぇっ!!!」
その戦闘奴隷が大きな声で叫ぶと見ていた観客の中に笑いが生まれ、よりその戦いに注目が集まる。
「痛いっ! なんで……俺は、こんなことがしたい訳じゃぁ!!!」
戦闘奴隷のゼッケンの色は一般の参加者の白色とは違い、赤い色になっている。見分けがつけれるような配慮だが、参加者にとっても目立つ違いとなっていて狙われやすい。
蹴られ、殴られ、刺される。盾で受けれる攻撃は数が限られている。戦闘奴隷の背中の傷は増えていく一方だった。
「やれ!」
「早く倒せ!!」
「ははは、頑張れー!!」
観客は戦闘奴隷が傷を負うたびに盛り上がりを見せ、声を上げた。
中央では戦闘奴隷のリンチショー。端の方ではフードの参加者と重装備の男が周りの参加者を巻き込みながら中央へ中央へと近づいて行っている。
そうして戦闘が始まって数十分が経つと、50余りいた参加者は戦闘不能や場外を含め20人近くまで数が減っていた。




