130 動かないなら動かせ
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気がつくと、僕の体は木の根元に落ちていた。
一瞬意識が飛んだ……のか。
岩は僕より手前に落ちたようだ……下敷きにならなかったのは幸運だった。
「ッ?」
地面と平行の視界から体を起こそうとしたが、体が動かないことに気付いた。
なんだ? なんでっ……?
無理やり動かそうとしたら左半身の痛みが尋常ではなく、起こそうとしていた体は顎から地面に落ちた。
「いッッ!??」
投げられた岩とぶつかった時、僕は怪我をしている右手を庇うように左肩を前を出して受けてしまった。
(コレ、どこかの骨が折れているな……)
頭がボーッとする……。
けど、このまま意識が持っていかれるのはダメだ……。
なんとか、ここから打開する手段を考えるんだ。
(なにか……)
口から血を吐きながら倒れた体を動かそうとするけど、呼吸もままならずに立とうとしては転んでしまう。
三体の一斉攻撃は、僕の体を浮かせるためのもの……あれが、わざとだっていうのか。
僕が立とうと必死になっている間にもウッグの足音は段々と近寄ってくる。それが僕をさらに焦らせ、体をうまく制御する時間を許してくれない。
(動かないといけないのに……言うことを聞けよ……!)
体を動かすために木にもたれかかりながら地面を蹴っていると、大きな影が僕にかかった。
僕がこの場所に居た時間……およそ10秒にも満たないその時間は、ウッグが僕の元に来るのに十分な時間だった。
咄嗟に、動く右手を突き出して魔法を撃とうとしたら脳内に『スキルの使用は禁止する』というティナ先生の言葉が響く。
顔を引きつらせながら、突き出した右手を地面に着いて体を起こそうとしたのだが……間に合うわけが無かった。
「くっ……」
易々と僕の体を掴んだウッグは体の正面まで高く上げると、グッと力を込めて握った。
ボキッと音が鳴り、今度は明らかに左腕が折れた音が体内外に響く。
「アアアァァァッッ!!!!??」
理性も何もない叫び声をあげた。
すると僕の様子に笑んだウッグは、木に向かって僕の体をぶん投げた。
「――がっ、ぁ。」
木に頭と背中をぶつかり、ずれ落ちる時につけていた眼帯が解除された。
普段閉じている右目を開こうとしたが、頭から血が垂れてきて右目を閉じた。
そうしていると、大剣を持ったウッグが追撃をしようと距離を詰める重い振動音が聞こえてきた。
(はやく……しないと、殺られる……)
言葉もろくに発せない体を酷使して、小刀を一本取り出して自分の体の前に高く構えた。
――キンッ。
振り下ろされた大剣と小刀が鋭い金属音を響かせ、ウッグの大剣は僕の体の上にあった小刀を顔前まで押しこもうとしてくる。
徐々に力を強めてくるウッグに対して、僕は全力を出して応対する。
事実上の力勝負。
(右手だけだったら……ダメだ!)
左手を使わないと、押し負けてしまう……っ!
だらんと地面に伸びている左手に集中をしてみるが、相変わらず体が動かすのを拒んでしまっている。
『ガガァァァアアアアア!!!!』
骨折した程度で僕はウッグに負けるのか? 僕は油断をしていた?
いや、全力だったはずだ。
あの攻撃を見切っての投擲も『遠距離の相手を潰す』という点において及第点の行動だった――つまり、僕よりこいつらの方が上手だったってことだ。
戦闘においての知力、腕力、連携力で負けている僕は何が勝てる? 何をしたら勝てるんだ……?
(なに諦めようとしているんですか、ますたー!!)
頭の中でエリルの声が聞こえた。
(エリル……)
(ますたーには他の人には無い強みがたっっくさんあるんですよ!! それを有効的に使わずにどうするんですか!)
(僕の、強み……?)
(あの小さい先生は、ますたーに『スキルを使うな』と言いましたよね! そこが点です。ちょっとズルい考えですけど、そこから分かると思いますよ!)
(スキル……を使えないから、僕は素の能力で戦って)
(それは、普通の人の発想です! ますたーって普通の人ですか? 転生者だから、『ユニークスキル』に全振りをしたから、こうやって地道な努力をしているんですよ! で、今は体が動かないから、こうも受け身になってしまっているんです!)
――エリルと会話している間、ウッグは再度振りかぶるために大剣を振りかぶった。
(ますたーには『魔素操作』『魔素理解』がありますよね! 『身体強化』の時もますたーは直感的にではなく、理論的に体に魔素を這わせてスキルを会得しました。その時、体を強化するというのを魔素に指示をして『身体強化』になったんです)
――ウッグは笑って、僕の体に狙いを定めて腕に力を入れた。
(魔素を使ったらダメとは言われていません! それに、この世界の学者の中でも魔素にはまだ分かっていない部分が多いんです! ですが、ますたーの『魔素操作』や『魔素理解』は分かっていなくても使えます! 考えようでは無限にできることができるんですよ!)
あぁ、エリルの言いたいことが何となくわかった。
((だから、体の動かない部位を魔素で補うことも不可能じゃない))
(――ってことかな)
(そーです! ますたーなら骨折した部位を動かすために無理やり動かすことだってできます。痛みを和らげたりとかは治癒士系のスキルになってしまいますから、痛みは感じてしまいますけど……)
「いや──十分だよ」
一瞬で良い。敵の攻撃を防いであの場所に行くことができたら……勝つ道はまだある。
僕は霞む目を閉じて、言うことを聞かない左手に意識を向けた。
(魔素は使いよう次第で化けれる……考え方、発想力があれば無限の可能性がある……か)
今は不思議と魔素をよく感じれるし、魔素が漲るのを感じるからいける気がする。
書かれていた本、ケトスとの剣闘士のスキルの練習、治癒士の本に書かれていた人体の構造を思い出す。
大きな風を切る音が聞こえると、僕は閉じていた目を開けた。
――ガッ。
鈍い音が森中に響き、ウッグの太い片腕が宙を舞った。
『ガァアアアァ!!!!?????』
「……はは、ざ、まぁ……みろ」
右手で大剣をずらして、左手でウッグの腕を斬り飛ばした。
僕が魔素でやったことは『体の不足分の強引な補助』。
頭から出ている電気信号は痛みを恐れて左手を動かすことを拒んでいたから、それを無視して強引に魔素で動かし、しっかりと切断できるように体の中と外で支えたものだ。
何が起こったのか分からないウッグと、その後ろに見物するように構えていたウッグは混乱して声を上げた。
その隙に僕は足取りが不安定なまま、ある場所に足を引きずりながら向かった。
「はぁ……はぁ……」
『ガアアアァァァッ!!』
ウッグから投げられる石を首や背中、足、足首に被弾してコケては立ち上がり、何とかその場所まで体を運ぶことができた。
何とか追い付いてきたウッグの気配を後ろから感じながら、僕は持っていた二本の小刀を地面に投げてソレを引き抜いた。
それを見たウッグは『ァァア?』と首をかしげた。
今、僕が小刀の代わりに持っているのは最初に倒したウッグが使っていた大斧。
「……使ったことは無いけど、小刀よりはお前らに届きそうだ」
僕は精一杯の笑みを浮かべて、斧を構えて反撃を開始した。




