124 イブとのお別れ
「【ハインスト】……僕がですか……?」
【ハインスト】という血盟は無知な僕でも知っている程の大血盟だ。
勉強会の時に話をしてもらった血盟で、上位一位二位を争い、その戦力は国家に匹敵するという冒険者の集まり。
「本当ならケトス君も誘いたいんだけど、リリーの所の大型新人だからね。クラディス君だけになってしまうけど、そこは血盟間同士の暗黙の了解だから、どうしてもね」
街路で突然された血盟のスカウトに、辺りで様子をうかがっていた冒険者達は耳を傾ける。【ハインスト】の血盟主が小さな冒険者を血盟にスカウトしたんだ、だれでも気になってしまう。下手したら新聞にも載ることだ。
「クラディス君、どうだい? 悪い話ではないと思うんだけど」
糸目のログリオさんは僕に手を差し伸べた。
これは交渉なのか? いや、これは強制だ。強者からの一方的な条件提示に僕が首を横に触れる訳がない。
この人の誘いを断った時のことを考えると、背筋が凍り、足がすくんだ。
優しいログリオさんの顔が恐ろしく思えた。
「悪い話では……ないです、ね」
「そうだろう。私の所に来たら君の実力を十二分に引き出すのを手伝える。強くなりたいのなら、これほどいい話は無い」
周りの観衆が段々と多くなるのをチクチクと刺さる視線で感じる。
(今の僕には、この人の手を受け取る権利はあるのか? いい話には間違いないんだ、違いない……けど……)
向けられる手を見て、目を伏せた。
僕には約束がある。
それは命の恩人の人達への恩返しでもあるし、僕のこの世界で生きたいと思った道を歩むために必要なことだ。
(これを受けるとムロさん達を裏切ることになるかもしれない……)
「おい、見ろ! ログリオだ!!」
「マジかよ、【ハインスト】の?」
「あそこにはケトスもいるぞ……なんだ、どういう状況だ!?」
ここは冒険者ギルド近く、多くの冒険者が行き交う場所。
やり取りを黙ってみている者、足を止めて近くに寄ってくる者、ああやって声を出して騒ぐもの。西部の冒険者ギルドはパニックとなった。
僕の額には汗が流れ出てきた。
「さぁ、クラディス君。返答を聞かせてくれないか」
顔を伏せた僕の上からの言葉に、僕は顔を上げることができなかった。
このお誘いに乗ることは、この世界で生きていく上で必要とされる力をつけるための最適解だということは分かってる。
だけどソレは、僕の“したいこと”ではない。
ここで僕みたいな冒険者がログリオさんの誘いを断ったら、【ハインスト】の面目を潰してしまうだろう。
(……僕は、どうしたらいいんだ)
「ギルド前に集まるのは他の人の邪魔になるので……って」
僕が顔を伏せていると声が聞こえてきた。
顔を上げると冒険者の人垣の中から姿を現したのは――
「なんでクラディス様がここにいるのですか」
僕の先生だった。
ナグモさんが出てきたのに気づくとログリオさんは差し伸べた手を丸め、こちらに傾けていた姿勢を正して背筋を伸ばした。その瞳には僕ではなく、ナグモさんが映っていた。
「…………」
「……」
二人とも何かを探るような目を向け、数秒が経つとログリオさんは踵を返した。
「……イブ、行こう。ギルドの前でやることではなかった。どうやら迷惑になっていたようだ」
「えっ、あ――クラディス、ケトスさん! また!」
イブに手を振り返して、ログリオさんに頭を下げた。
ログリオさんが進む道は僕とのやり取りを見ていた冒険者が左右に避けていき出来上がった。
姿が見えなくなると一部始終を見ていた冒険者たちは散らばっていき、僕達の周りから人はいなくなった。
「クラディス様、大丈夫ですか?」
「はい。でも僕……あの人の誘いを断っちゃって」
「良いんじゃないですか? だって、二つ返事で返さなかったってことは、したくなかったことなんですよね?」
「まぁ……そうです」
「じゃあ落ち込まないでいいじゃないですか。それに、判断は間違ってないと思いますよ」
「? どういう……?」
「実力者にも色々ありますからねぇ〜」
イマイチ含意が読み取れない。
表情が暗い僕を気遣ってくれる言葉を言ってくれて、励ましてくれているのか?
「血盟の話は別にいいのですが、クラディス様、そろそろティナちゃんとの訓練の時間じゃないですか?」
「え? ……あ」
今日は先生との訓練の日、そして時刻は予定時刻が迫っていた。
ログリオさんの誘いを断るより怖いことをされるかもしれないと感じて血の気が一層引いた。
ケトスとナグモさんに頭を下げて、先生が待つ場所まで全力で走って行った。
◇◇◇
「クラディス様が【ハインスト】にね……どういうつもりなんだか」
クラディスが走っていく姿を見送りながらナグモは呟いた。
「……ナグモさんとログリオさんって知り合いなんですか? 仲が悪いとか」
近くで一部始終を見ていたケトスは座ったまま顔を上げて聞いた。
ケトスは当然のように不思議に思っていた。
ナグモの姿を見るや否やすぐさまどこかへと行ったログリオという男。ギルドスタッフが来たから迷惑をかけて申し訳ないという気持ちからの行動なのか、それとも別の何かなのか。
礼儀礼節を重んじている様子はうかがえる。しかし、ギルドスタッフが出てきたという理由で勧誘を中断して、言葉を交わさずに帰って行くということがあるのだろうか。
その質問に対して、考える様子を見せると首を傾げて苦笑いを浮かべた。
「いやぁ~……んー……どうでしょうかね」
その曖昧な返答にケトスも苦笑いを浮かべて、立ち上がった。
「どうでもいいですけど、あまりクラディスを巻き込まないでくださいね」
「巻き込むも何も、私はただのギルドスタッフなので。大丈夫ですよ」
「どーだか」
方向を変えて自分の血盟の方角へと帰り出したケトスの背中を薄目で見つめると、ナグモもギルドに戻ろうと足を返した。
その途中で再度ログリオが通った道を見つめて、冷ややかな表情を一瞬浮かべた。




