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117 リリーの期待




 ケトスがクラディスとイブに合流していったのを耳で聞くと、リリーは深いため息を漏らして椅子の上に立った。

 その様子を扉の近くに立っていたミゲルは疑問に思って声をかけた。


「どうしたんですか? 団長がため息なんて」


「……称号Ⅰ持ち(インファンテ)は大変だなぁーってサ。どうも、うちの血盟はどうもそういうのが多い気がする」


「そんなにいましたっけ? 面倒な奴って」


「……うわぁ、ちょーーっとイラついた」


「えっ、なにヴェッ――」


 戯けるような口ぶりで顎に人差し指を当てたミゲルに飛び膝蹴りを食らわして、そのまま正面玄関まで引き摺って行った。

 帽子が落ちないようにしっかりと端を掴んでいたミゲルは地面に投げられ、ソファに座ったリリーの後ろにふらふらと回った。


「偉大な解析士の団長が面倒そうな奴をスキルで視て、血盟に入れたんじゃないですかー。あぁっ! あの時の団長のカッコイイ姿は忘れられないですよ! 「フェレデンテ、ミゲル……私の血盟に入らないか」……って!」


「ケトスもそうだが、お前もデンも野放しにしてたら野垂れ死にしてそうだったからな」


「団長は本当にお優しいです」


「バーカ、優しさで面倒事を引き受けるほど善人じゃないっての。お前等みたいなやつらがいた方が私の長い長い寿命の内の一時(ひととき)だけは飽きないと思っただけ」


「おっ、商人だけにですか?」


「…………は?」


「えっ、商いと飽きないを……かけて……」


 ミゲルの顔を見上げるリリーの顔は絶望的にひきつっていた。

 だが、満足そうなミゲルの顔を見て段々と元の顔に戻して行った。

 

 ミゲルという冒険者はケトスが【ティータ】に入る以前から、血盟員としてこのホームに寝泊まりをしていた。

 いかにも魔導士(ウィザード)のような鍔の広い三角帽子を被り、クラディスが眼帯で隠している方とは反対の左目は常に包帯で隠している。


 頭には三角帽子、外套は所々白いラインが描かれている黒色のローブを着用しており、機動力がない純粋な魔導士(ウィザード)のような見た目に出来上がっている。


 そして、ミゲルと彼と共に名前を上げられた「フェレデンテ」という冒険者もまたリリーの「面倒な奴」に含まれているのは、その口ぶりから推測することができる。


「まぁ、お前等もよっぽどだが、ケトスとクラディス少年は……気の毒だと思うよ、本当に。称号Ⅰ持ち(インファンテ)というのは……凡人には想像もつかない苦難を持っているんだろうな」


「あれっ、結局視たんですね。視えなかった的なことを言ってたような気がしたんですが」


「……盗み聞きをするとはな。ミゲル。プライバシーな問題だぞ」


「それを言うなら、団長も盗み見じゃないですかぁ?」


 リリーの後ろから対面のソファにまで行って腰を掛けたミゲルはケラケラと笑いを零した。

 『鑑定』やその上位スキルに当たる『解析』というスキル自体、無許可で他人のステータスやスキルを視ることができる。

 ミゲルの指摘に思わず納得したような表情になったリリーは、ソファに座りなおして誤魔化をした。

 

「……抵抗された、といっただけだ…………だが、私のスキル『解析』は視え過ぎてしまうからな。多少の障壁はお構いなしだ」


「ふむ。じゃあケトスの友達も称号Ⅰ持ち(インファンテ)……って、あの二人だけですか? 女の子の方は一般人なんです?」


「…………聞きたいか? やめとけ」


 リリーは足を組み替えて、足の上で手を組んだ。

 

「私は一度、ケトスに対して化け物染みているといったことがある。それはアイツが持ってるステータスや、戦い方を見て言った。だが……アイツはそんなもんじゃない――」


 イブの素性を調べるために走らせた『解析』が出した情報は、リリーが見てきたステータスの中でイブの同年代であるなら最上級のステータスだった。

 王国軍の佐官と一部の将官、協会の上位陣、他血盟の血盟主や血盟員を含めた順位を出すと少しは順位が下がってしまう……だが、それもステータスだけで順位を出せば、の話だ。


 それ以外の称号Ⅱや称号Ⅰを合わせると、答えが違ってくる。


「文字通りの化け物さ。ったく……まだアイツを連れて歩いてるとは」


 『解析』で視えた情報を思い出すと、手に汗が滲む。

 

「前に会ったことがあるんです?」


「仕事中にな」


 思い出したくもない記憶に蓋をして、もたれかかった。


「『称号Ⅰ持ち(インファンテ)は数奇な運命を辿る』という言葉、あの子に関しては気の毒を通り越して気味が悪く思うね。それにまだ成長段階と来た。ほんっと……どうなってんだか」


 リリーはイブという化け物が、先程まで何食わぬ顔で自分の血盟の前にいたと思うと身の毛がよだつ。

 また何故ログリオがイブを【ハインスト】に入れたのかと疑問に思った。


(まだ……アイツは戦ってるのか)


「飽きない為ならいいじゃないですかー、これから先に起こることを楽しみに生きれますよ! 僕とアイツは途中で脱落しそうですけども」


「……私は喜劇を見たいんだ。なのに、お前等もケトス達も悲劇しか見せようとしない。嫌なんだよ。複雑。分かるか?」


「…………まぁ、あの少女に関しては分かりましたけど、じゃああのクラディスって少年はどうだったんですか?」


「はぁ? クラディス君? ……今はまだ、ただの可愛い少年だよ」


 二人に比べると圧倒的に弱く、成長段階と例えた二人が飛翔する準備段階であるなら、クラディスは歩き方を学んでいる段階……いや、その前の殻の内に籠っているようなもの。

 ステータス欄には二人にはないモノもあったのだが、現時点では特段脅威だとは感じなかった。

 

「今後に期待って感じです? それこそ楽しみですね」


「そーね、そんな感じ」


 ミゲルとの会話を終え、リリーはソファに深く体を沈めた。


 称号Ⅰ無し(ぼんじん)らしく、選ばれた者達が送る運命を見届けてみたい。


 そのためには、クラディスの中に見えた称号も、公言しない方がいいだろう。

 喜劇となりうる可能性は少なくなるだろうが、リリーの中を流れる商人の血が呟く。


 クラディス・ヘイ・アルジェント

 称号Ⅰ:転生者

 

 彼を残しておいた方が面白いことになるぞ、と。

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