109 生きるのが下手
宿舎の正面玄関まで連れて帰ってもらうと、宿舎についたという安心感で眠気がどっと襲いかかってきた。
そんな状態で先生に一礼をし、二日後の訓練の場所を聞いて解散。
重力が何倍にも感じる体を引きずりながら、二階へ、そして自分の部屋へ。
「ただいまぁー……」
と言いながら、玄関に開くとトトトとイブが奥から走ってきた。
「おっかえり――……うぁっ! どうしたのその血」
「魔物のやつ……。訓練、で。スキルの……」
「あー……。そっか、スキルを使わない訓練ってやつか」
「そう、それ。ごめん先にお風呂入らして……」
服を脱ぎ、包帯を捨てる。簡単にシャワーを浴び、脱衣所にあった服に着替えた。
風呂に入りたい……けど、風呂に入ったら、寝ちゃいそうな気がするからだめだ。
ブカブカの寝間着を着たままふらふらと木椅子に腰を下ろして一息を付く。
「ね~ぇ、クラディス?」
「なーにー……?」
「お腹空いたー、ごはんほしいぃ」
「あー…………そっかあ。ちょっと、待っててね……」
机に伏せてお腹の虫を鳴らしているイブを見て、重たい腰を上げた。
そうだよな、イブがいるんだ。料理を作ってあげないと……。
いつもは僕だけしかいないから、料理なんか作らなかったから……って言っても昨日の料理を温めるだけだからいいんだけど。
出すとリスのようにモグモグと食べてくれたので、一安心。
あっという間に残り少なくなった食器内の料理を見ながら、ホットミルクを啜った。
「……言ってなかったかもだけど、明日もクエストするから……よろしく」
僕の言葉を聞くとイブの目が丸くなった。
そして、残り少なかったご飯を一通り食べ終え、ゴクリと水を飲み干して。
「ええっ!?」と言ってコップを勢いよく机に置いた。
そんなに溜めて、その一言とは何という贅沢。
「前も言ったでしょ。お金欲しいんだって」
「で、でもさ……さすがに疲れてるでしょ?」
「疲れを理由にして集まらなかったら嫌だから。絶対後悔するし」
「うげぇ……」
完全に引いた様子のイブを見て、自分では何とも珍しく口がへの字に曲がった。
「じ、じゃあさ……訓練は休めれないの?」
「強くならないといけないから」
「いけないってことはないんじゃないの。クラディスだってそんな弱いわけじゃないんだし……」
「弱いよ、僕は」
なんでそんな食い気味に言ったのか自分でも分からないけど。
「助けてくれた人たちと一緒に冒険をするんだ。冒険をして、見つけたい人がいる。そのためには……まだ足りない」
レベル云々抜きに、まだあの人たちが安心して旅に同行させれれるくらいに強くはなれていない。ケトスやイブとクエストをして、それがよくわかった。
スタミナ、武器の取り扱い、立ち回り、いざと言う時の勝気。挙げればキリがない。
それに佳奈を探しにいけれるほどの力量もない。見つけても今の僕じゃ、守れない。
僕は、この世界において最弱の転生者なのだ。
「だから、ごめん」
「うへぇ……。頑固さんだったか、それで働き者ときた」
「……そうだよ。僕は頑固で働き者で……変人さんですよ」
疲れている頭では、些細な言動ですら苛立ちを運んでくる。
そう思えば、佳奈はそういうところを気にかけていてくれたような気がする。
疲れて帰ってきた僕には家のことはほとんどさせず、下手に散らかさず、できる範囲のことはしてくれていた。
かつ自然体でいてくれて、感情を逆なでるようなことはしない。
あぁ、あの時の……詰め寄ったってだけで謝ってきたのには、それもあったのかもしれない。
僕が出したホットミルクで髭を作っている佳奈を思い出し、すっかり冷たくなったミルクを飲んだ。
「…………」
って、なんでイブと佳奈を比較しないといけないんだ。
(イブはただ、僕の体を心配してくれたっていうのに……)
それに散らかってないっていうのは記憶が美化され過ぎだ。共有の場所はともかく、佳奈の部屋はいつも汚かったじゃないか。
……疲れてるときはやっぱり、だめだな。まともに頭が動かない。
「もー、クラディス生きるの下手!!」
「わかるわかる。上手じゃあないよねー……」
「もーーー、体壊れちゃうよ~……」
「そうなったら困るなあ」
重たく感じる頭をフルフルと振り、椅子に置いていた大きな袋を取り出した。
「これ、イブに」
「……? なに、これ」
「クマ、好きかなぁって思って」
「くまァ?」
袋をガサガサとソレを取り出してみると、なんとも可愛らしいクマのぬいぐるみがこんにちわと顔を出した。
「わぁ……!」
イブの上半身よりも大きなぬいぐるみは高く持ち上げられたままジロジロと吟味をされ、満足が行くとギュゥと抱きしめられた。
角度が気に入らなかったのか何度か試行錯誤した結果、再びクマは力強く抱かれた。
「なんでこれ買ったの!?」
「気に入らなかった?」
「気に入ったけども!」
はしゃぎながら怒るような口調で言われた言葉に小さく笑う。
「いや、ね。帰り道にお店があったから、どうかなぁって」
僕が訓練をしている間、イブは自由時間だ。家にいるのもよし、外に出かけるもよし。
窓を開けていれば勝手に出入りをしてくれるから鍵の心配はない。よって、僕はこんなに夜遅くまで訓練に集中ができる。
そこでこのぬいぐるみさんの出番という訳。
「僕がいないときの話し相手……っていうのはなんか変だけど。家を空けることが多いから、その時にでも遊んでやってよ」
何故クマさんなのかという理由は……まぁ今朝の洗濯の時に見た下着の柄が……うん。
一人暮らしの男だから、もっとなんだ、警戒をしてほしいと思う。一緒に下着を洗うこっちの身にもなってほしい。
ともあれ、イブはクマが好き。買った理由はそれだけで充分だ。それを知った経緯が公言しづらいだけであって、なんらおかしいことなんてない。
「この少女に一人でこの部屋でこの私に話をかけておけと、そう言うのかい」
「……?」
声が聞こえてそちらに顔を向けると、イブがクマを膝上に置いて両手を持ち、ひょこひょこと動かしていた。
……おっと、なにか始まったな?
「答えたまえ」
「あー……うん。そうだね」
「クラディ――んんっ! えー、君が家にいたらいいのではないかね?」
「僕もできるだけ早めに終わらせますので」
わざわざ低い声を出してされる質問にぺこぺこと頭を下げながら答える。
すると、イブがクマに耳打ちをして、コクコクと頷いた。
「……彼女は君の方がいいと言っているが、それでもかね?」
「うん。ごめんねクマさん、イブにもそう言っておいて」
「ふむ……」
クマが腕を組んで唸り、イブに相談をしている。
そしてややあって、先端の丸い右手で僕の方を指さした。
「よかろう。はやく帰るのだぞ」
「ありがとうございます」
「よいよい、面を上げよ」
「ははー」
なんて茶番をするイブはクマの後ろに顔を隠しているが、楽しんでいる様子。
あれだけの大金をポッと投げられたお返しが『大きなぬいぐるみ』とはなんたるか! なんて不安があったけれど、満足していただけたようで良かったです。
「くまぁぁぁぁ……新品のニオイがする……」
顔を擦り付ける姿を見て、微笑んだ。ようやく今日のお仕事が終わった気がした。




