108 まいにちがあぶないですが
ここは、デュアラル王国西部の大森林の中層部。
辺りは暗く、木に遮られながらも地面に差し込んでくる月明かりを頼りに、出てくる魔物を武器と体捌きで永遠と倒していた。
喉が渇く、手が上がらない、足が前に出ない、頭がまともに動いてくれない。
こいつで最後だ。こいつで最後だ。と一体一体に致命傷に至らせる一撃を丁寧に打ち込んでいく。
『ブモォォォォォォォ!!!!』
「やかま、し、い……!」
『ブルゥア!?』
気配を感じれるようになってからは少しは戦闘が楽になり、傷が減った。それでも手には包帯を巻いているし足にも巻いている。
ペルシェトさんに頼んで治してもらえばいいと思うのだが、先生は「戦闘で負った傷は極力治癒するのは禁止じゃ、自分で選んだ行動で負った傷だから他人の力に頼るな」らしい。まさに鬼教官だ。
『グォォオァアアアアア!!!』
感じられる気配の最後の魔物が僕の背後から飛び出してきた。暗くて直ぐに正体は分からなかったがオークのような気がする。
親切に大声を上げてくれたことで最小の動きで体を反転させて飛び上がり、眼球へと切れ味の落ちた小刀をねじ込んだ。
「っぁああっ!!」
『ゴォォオッ……!! アァァァァアッ!??』
暴れだしたオークから降りることはせず、眼球や口内に何回も何回も振り下ろした。オークの顔面は凹凸が無くなって行き、真っ赤に染っていく。
それでも魔物の生命力は強く、死ぬことは無い。
太い両腕で僕を掴もうとしてきたのでそれより早く足で首を固め、両手で首を横から思いっきり殴打した。
――ゴキッ。
僕に伸びていた手はブランっと力無く振られ、オークの体から力が抜けた。
倒したことを確認して降りようとすると、空中で体勢を整える余力すら残ってなかったみたいだった。
(……あ、落ちる)
ぼんやりした頭で考えれるのはこれくらいで、その他は考えるに至らなかった。
すると僕の体に反対方向から力が加えられた。だけどそれは、地面の落下の衝撃ではないことに気が付く。
「……ぁ」
「アレで最後かのー?」
「先生……」
僕を着地寸前でキャッチしてくれたのはティナ先生だ。腰に来た衝撃から考えるに、小さな腕で僕をお姫様抱っこをしてくれたみたい。
「うむ、終わったようじゃな! 今日は終わりじゃ!」
「はぁぁぁぁぁぁぁ……」
朝の食事は消化されたと思うのに、気を抜くと吐きそう……。
今日は、イブが家に来て二日目。
イブを訓練にも連れて出ようと思ったけど、さすがに大体10時間くらいの戦闘を見せられる気持ちを考えたら、「着いてきてー」とは言えなかった。
「クラディスよ、クラディスよ。1つ聞きたいことがあるのだ」
「……あい?」
「たまに見せる魔物への優しさはなんじゃ? 最後こそ普通の冒険者のような戦いをするが、体に余裕がある時はどこか遠慮をしている気がすると思っていたのだ」
「あー……それは、倒すのに抵抗があるから、ですかね」
「ほぉ? 魔物を倒すのに抵抗か」
「魔物って生きてるじゃないですか。僕も生きてますし。それをあまり自分勝手な理由で倒すのが気が引けるというか」
「なるほどの……、ふむ」
僕の体を地面に置き、近くの切り株に座りながら残り少ないパンをかじっている先生を見上げた。
……抵抗がある、と言っても倒したくないとかそういうのではなく、痛みなく倒そうと努めているだけだ。
最後のオークは手心加える余裕がないから荒々しくしてしまったが、最初の方に対面する魔物はしっかりと一撃で倒すようにしている。
今更、「魔物なんて倒せない、怖い」っていう新人冒険者のようなことは言うまい。
「じゃ、魔族や魔王に関してはどうじゃ?」
「どうじゃ……とは」
「それらと対面しても倒すのに抵抗があるのか?」
「そうですね……。魔族、魔王は、周りの冒険者の話を聞いていると“悪”なんだろうなぁって思います。中には倒すのに人生を捧げたりする人もいるみたいですし。だから、この世界の諸悪の根源ってぼんやり思ってます」
パンをゴクンッと飲み込み、足を振り子のようにしている先生は僕の話を興味深そうに聞きながら、切り株から小さな体を浮かし僕の近くに着地した。
「だけど僕って世間知らずだし、まだ全然弱いから、戦うって選択肢より平和的に解決できる選択肢があるんだったら、僕は平和的に解決の方を選びます。魔物とは会話ができなさそうですけど、魔族や魔王って会話できるらしいですし、何とか和平ー……というかそういう方面で行けたら嬉しいかなーって……って駄目ですかね?」
「くくくっ。まぁ、冒険者に言ったら首根っこ掴まれて引きずり回される思想の持ち主じゃということは分かった」
「あー……やっぱりこういうのって変なんですね」
「あやつらは本当に強いからの、平和に行けるとは到底思えんが……ワタシはその考えは嫌いではないぞ?」
「まぁ、理想論だとは思ってますよ」
「そりゃあそうじゃ。魔王と会話ができるなら人は死なん。あやつらは……本当に強い」
「戦ったことがあるんですか?」
「あぁ。あるぞ。再生之王とな。死なんぞ、アイツは……」
「でも先生が生きてるのは……」
「ワタシが殺されるようなタマに見えるか? それに領土戦線じゃ、ワタシ以外にも人がおったわ」
「つよいんだなぁ……せんせい」
「ふっ。まぁ、昔話はこれくらいにしとこう。さっきの話は内緒にしといてやる」
僕の真上から僕を見おろしながら話す先生の顔は余裕そうな表情で、目が笑っていた。
絶対僕のことを変人で世間知らずだと思ってるでしょ、この人。
そう思って苦笑いをしていると、先生の短パンの間から下着が見えそうだったから焦って目を逸らすと、気づいたのかニヤニヤと笑いながら僕の体を持ち上げた。
「マセガキめ。ほら、帰るぞ」
訓練後で僕の体が動かない時は家まで連れて帰ってくれる。
同じくらいの体格なのに、どこにそんな力があるのか疑問だ。
「先生の、その……見てないですからね」
「なんのことじゃ? ワタシはマセガキと言っただけじゃぞ? む、もしかして、クラディス、お主……」
「いやっ、えっ!?」
「冗談じゃ、ワタシのような年増の下着なんぞ見てもなんも感じんじゃろう」
「先生は、その……年齢とか関係なく、見た目がまだ幼いから、あまりそういうのは……」
「ま、まさかワタシので興奮しておるのか」
「してないです」
「してないのか、なんじゃ弄りがいのない……、む?」
テクテクとゆっくり森の中を話をして帰っていると、僕の目の前にある先生の顔がピンっと何か感じたような表情になった。
「? どうしたんですか、せんせ――」
「クンクン……」
「わっ!?」
「ふむ、気のせいか?」
「もしかして僕が臭かったですか……? 体は洗ってるつもりなんですけど……臭うなら、もっと念入りに」
「ん、あぁ、よいよい。こんな訓練をして汗をかかぬ訳ないからの。気にしとらん」
「良かった……」
「それよりもクラディス。最近何か危ない体験をしたりしてないか?」
「危ない体験?」
危ない体験と言われ、パッと思い当たることが多すぎる。
(どれの事だ? なんならさっきまでも危ない体験といえば危ない体験だけど、雰囲気的に違うような気がする)
そうなると普段の訓練以上に危ないことって無いよな?
クエストも僕一人じゃないし、スキル使えるし……ないな。うん、ない。
「特にはないです」
「そうか。なら良いのだ」
なにか思案に耽けるような顔をした先生。
匂いを嗅いで、危ない体験をしておるのか? と聞くって、どういうことなんだろうか。先生が想定する危ないことに遭遇してた場合、僕は生きているのだろうか……?
僕も色々と思い出そうとしてみるけど、やっぱり何も思い当たらなかった。




