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107 佳奈の影




「お、え……あ……、な、なん、すごいっ……!」


 オーク100体VS僕達三人の戦いは、僕が50体を倒すのに遅れたから時間がかかってしまった。

 ノルマが25体ずつだった二人はすぐに倒して僕を待ってくれていた、それに関しては申し訳ないと反省してるけど……僕の戦いをずっとニコニコして見ていたから謝る気もなくなった。


 その後倒したオークをイブは全部収納してくれて、クエストの報告をして報酬を貰って解散した。


 ギルドから持ち帰る時にすごく重たいと思っていたけど、こんなに……ゴブリンとか倒してた時の何倍だ??

 机の上に投げていた袋の中に入ってるお金を見て、クエストでへとへとだった僕のテンションは頂点まで達してた。


「これ、いくらあるんだ……?」


「貸してみてー。んー……8000ウォル……とかそんなとこかな?」


「8000……!?」


 ってことは、えっと……円換算で――って分かるか!

 地球にオーク討伐のクエストなんかないし、物の価値や貨幣価値も違うし、刷る技術がどれほどなのか、流通はどうなのか、とか全く分からないのに分かってたまるか。 


 机で自問自答しながら髪の毛をくしゃくしゃと掻いた。


 そういえば……今回受けたクエストって中位(ちゅうい)のクエストだったよな? それで僕が倒したのはオークと数体の上位(ハイ)だけだし、僕の階級(ランク)は低いからちょっと割引みたいなのがされてるかもしれない。なのに8000ウォルってことは――あ、だめだ、自分が今何考えてるか分からなくなってきた。

 疲れもあり、いつにもまして思考回路が機能をしてくれない。


「ほい、これでプラス2万ウォル~」


 ジャリジャリ、と僕の袋より重々しい袋をと机に投げて渡してきた。

 僕は辛うじて動いていた思考さえ止まった。


(……なにこれ?)

「え、あ、ぇ、ぁ」


 口をパクパクと動かし、何かを喋って伝えようとしたけど、目の前の金額に頭がパンクして言葉を失ってしまった。だけど、何故かイブに通じたみたいでウンウンと頷いてくれた。


「あげるよ~、今のボクにはいらないし」


「あげる? これを……?」


「家賃とご飯と昼寝させてくれて、話し相手になってくれる代金だと思ってくれたらいいよ。」


「そんな、でも……こんなに大金貰えない……」


「いいっていいって~、お金必要なんでしょ? じゃんじゃん使ってよ」


 へへへっと歯を見せて微笑んでくれた。

 手元に投げられた貨幣の袋とイブを交互に見てると、ぶわっと涙が出てきた。


「うっ……っ」


「クラディス!? え、どうしたの、大丈夫?」


「いや……なんか、温かさというか、お金とかの話になると思い出すことがあって……」


「そ、そうなんだ。びっくりした~」


「うん……驚かしてごめん」


「あはは、口癖みたいに謝るじゃん。いいよ、なーにも気にしてない。ただただ面白い子だなーっておもうだけ」


 そう言うとイブは上着を脱ぎ、ソファに腰掛けてくつろぎ出した。

 その背中を見て、僕は昔のことを思い出した。


 僕はお金で困ってばかりだ。地球でもこの世界でも……いっつも。

 佳奈を大学に行かせるためにバイトを掛け持ちして……って、少し前の話なのに懐かしく感じるな。

 元は大学を諦めて――違うか、両親が離婚をしてからあの日々が始まったんだっけ。

 毎日が苦しくて、助けてほしくて、でも僕が折れたら残った家族(佳奈)まで失ってしまいそうで怖かった。あの時はそんなことまでハッキリと思ってなかったけど、ぼんやりと自分の責任感を感じてたな。


 自分ができることを全力で取り組んで、お金を稼いで、貯めて、休みなんかなかった。

 だけど、あの時は自分がどれほどの環境にいるかって分からないんだよな。アレが僕の当たり前だったし。


 ――ズズッ。


 何回思っただろうか、自由に生きたいかって。

 この世界に来てからは向こうの世界よりかは自由に生きれてる自信はある。

 ……時折佳奈のことを思い出す。私のことを忘れないで、と言っているかのように。

 体が、心が満足したときにでてくるコレは……何と言ったらいいんだろうか。何と、比喩すればいいのだろうか。


 椅子に深く座り直し、肩で大きく息を着いた。


 それにしても涙が出たの久しぶりだな。今も少しぼやけるし……。


 涙で滲む目を袖で何度も擦った。

 そして、涙が完全に拭けたと思って顔を上げると――視界に広がる景色は変わっていた。



「……え?」



 そこにはかつての自分が住んでいた部屋の椅子に座った時に見える光景があった。

 佳奈がソファに座り、僕の帰りを待っている場面の写しのような……。

 この所々ボヤけているのは家具や絨毯、記憶が曖昧なところだろう。

 だけど、僕はその視覚情報に……目が奪われた。

 

 そこには――佳奈がいた。

 

「――っ!?」


 肩上までの髪。黒く綺麗な瞳。母譲りの優しくも少年さを感じさせる顔。

 クマを抱きしめるその姿は、何度も見た姿そのもの。

 目が見開いた。その姿を焼き付けるように、その懐かしい姿を見逃さないように。


「かな……」と口から名前が落ちた。


 瞬きを数度挟み、ぼやける目を再度擦ると――イブの姿へ戻っていた。


「あ……」


 胸前まである紺色の髪。赤く綺麗な瞳。聖女のように美しくも美男子を思わせる顔。

 僕は少しだけ浮かしていた腰を下ろし、背もたれに体を預けるとギィっと軋んだ。

 手を見つめ、そのままゆっくりと髪をかき上げるように頭を抱えた。


 今のは、なんだ。イブが、一瞬佳奈に見えて……。


「――クラディス?」


 こちらを見て首を傾げるイブの声にバッと顔を上げる。

 やはりその顔は佳奈ではない。

 だけど、その動作の一つ一つに垣間見えたのは……僕がずっと見てきたモノだった。

 イブが、佳奈? そんなまさか、だって僕より年上で……。


「どうしたの? 顔色悪いよ?」


「……ね。イブってさ、平野佳奈……って知らない?」


「……ひらの、かな?」


 言葉をなぞられただけだと言うのに、ドクンドクンと心臓がうるさく大きな鼓動を立てる。

 目の前にいるのが妹なのかもしれない、という期待と不安を胸に抱いていると、やや考えるような間が空いて。


「……ううん、知らないよ」


 イブがいつもの笑みを浮かべていた。

 他人の空似。イブは、佳奈じゃない。


「そ……っ、か」


「その人がどうかしたの?」


 その問いかけに答えを話すことはせず、自分の頭にある言葉を言い聞かせながらイブの顔をしっかりと見て、そして精いっぱいの苦笑いを浮かべた。


「……いいや、なんでもないよ――イブ」


 きっと僕はつかれてるんだ、と。



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