106 終わりじゃないのか
ケトスがオークを完全に一人で倒すつもりの様子なので、三人での最低限の連携も捨てることに。とは言っても、オークとフォレストウルフの距離を強引に開けて戦うようにこっちで話をした。
その作戦が吉と出たようで本来の実力を発揮したケトスが縦横無尽に暴れ周り、武器がお互い無い状態にも関わらずオークを圧倒しだした。
「ははっ!! これだけしぶといってことは君、進化でしょ!! あー! いいなぁ!!」
僕とイブが見えるのは殴り合いの喧嘩――いや、強者が弱者を一方的に殴っているだけの光景。
「……クラディス、ケトスさんて」
「そっとしといてあげて、すぐいつものケトスに戻ると思うから」
戦闘狂なケトスはレベルの高い魔物と戦ってたらたまにああなる。初めあった時のゴブリンキングとの戦闘でもチラッと声が聞こえたけど、あんな感じだった。
笑いながら、飛んでくる拳や蹴りを躱し、拳に力を込めて殴る……。もはやどっちが魔物なのか分からない。
素のパワーはオークの方が高いけど、スキル使用時の力はケトスの方が上手ってことか。それでも、まだまだ全力は出していないような気がするから本当に恐ろしい。
オークのことは完全にケトスに任せて、目の前のフォレストウルフに集中することにした。
魔導士とパーティーを組むときの基本的な構成は、前衛と後衛だ。イブの魔法の準備が整うまで僕が前線を維持しておく必要がある。
フォレストウルフの攻撃を避け、後方のイブへターゲットが行かない様に誘導をする。
「ハァ……ハァ……!」
『オオオォォォン!!』
「うるせぇぞ、お犬っ!! お座りくらいしやがれ……!」
飛びかかってきた狼を正面で抑え、ガバッと開かれた口から出る悪臭に顔を歪ませる。
膝蹴りで口を塞がせると、グググと力任せに僕の体を押さえつけてくる。
「ウッ……い、『衝撃』ォ……!」
その体を少しだけ浮かし、その隙に拘束から逃れる。
しかし、そうしている間もイブの魔素が全く感じない。本当に魔法の発動の準備をしているのだろうか、と後ろを確認してやりたいほどだ。
『魔素感知』にも引っかからないし、少しの残滓のようなモノすら見えない。
「イブ、あとどれくらいでできそう……!?」
「いいよ~、クラディス退いてて!」
「えっ、あ、あぁ、うん。分かった!」
身体強化を瞬時に高めて、バッと飛びのいた時にイブの方をチラと見ると、既にこと細やかに文字が刻まれている魔法陣が完成されていた。
まただ、また、魔素を使わずに……。
「一体どうやって……」
「『呉須色ノ大波』!」
「強いのって――うわっ!!?」
濃い青色の水魔法が、飛んだ僕が当たらないギリギリの高さと、横に幅広く噴射された。
勢いは地面に上った波のようだったが、フォレストウルフの体を通過した途端ピタッと静止し、包み込むように球形にまとまった。
「逃げれないような広範囲の波を作って、触れると拘束するように収束した……回避不可じゃないか。それに発動するときに行った魔法の名前って……」
自作魔法、レヴィさんが最初にやって見せた遮音の土牢と同じ……。
『ゴポポポァァァォォォ!???』
「わ、まだ元気だ。クラディス、今のうちに触らないように留め刺しちゃって」
「……おっけー」
と、イブが見せてくれた魔法へ感動するのも一旦やめて、身動きを取ることができないフォレストウルフに止めを刺し、ケトスの応援に向かおうとした。
さっきまで声が聞こえていたのはここら辺だから、と着いた矢先。僕らの目に入ってきたのは――服が血まみれ、いや、返り血塗れのケトスの姿だった。
「あ、そっちも終わったの? こっちも終わったよ~」
ケロっとした声を出して倒したオークの近くに立っていた。
一撃を食らった時から怪我が増えていないから、本当に一方的な戦いだった様子。
手からは血が滴り落ち、オークの体は殴打の後で見るも無残な姿に。
「はぁ、でも、これでクエストが終わったんだね……」
と言いながら木の根元に腰を降ろすと、イブとケトスが不思議そうな顔でこちらを見つめている。
「……まだ、何かイベントある?」
聞くとコクコクと頷かれて、まさかと思って魔素感知を走らせると――オークの魔素が100体くらいの規模でこちらに接近をしている。
血の気がサァァァッって失われていくのを感じる。
「オークは長が死ねば、群れ全体で突っ込んでくる。フォレストウルフは長が死ねば、敵わない敵だと判断をして群れで逃げる」
「ここからはオークのボーナスタイムってこと。倒し放題」
そう言いながら、イブはスッと袋から依頼書を取り出した。
ぴらっとこちらに見せたのは『オークの群れの討伐』と書かれている。対象は『金等級以上』。
「クラディスがお金が欲しいって言ってたからさ、稼げれるのを選んだつもり」
「これだけでもしばらくは遊んで暮らせるんじゃないか……?」
「だけどもっとお金が必要なんだよね?」
「まぁ、うん。あればあるだけ助かる……って言ったけど」
「じゃあ稼ごう。死体も全部収納すればその分お金になるから綺麗な形でね。分かった? ケトスさん」
「任せて任せて、そういう縛りがあった方が楽しいから」
「なら良かった」
と会話を終えると、息も何も上がっていない二人が座っている僕へ手を出して一言。
「「さぁ、立ってクラディス」」
笑う二人の顔が、これほどまでにイヤに思うなんて思ってなかった。
苦笑いを浮かべたつもりだけど、過去一で下手な苦笑いだったに違いない。




