100 白金等級の居候
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僕は朝から頭を悩ませていた。
原因は、今、目の前に座って悪びれもなく笑っているこの――
「ごめんね。部屋空いてたから勝手に入っちゃった」
少女だ。
「……部屋閉めてたハズだよ」
「部屋というか、窓があいてて」
「ここ二階なんだけど……」
赤色の瞳で紺色の髪の色、髪の長さは長く胸辺りまで伸びている。着ているのはフード付きの黒い服で、胸辺りには値段が張りそうな防具が見える。
淑女とおっとりを足して二で割ったような、成績優秀だけどどこか抜けてる学級委員長のような。冒険者のようで、冒険者のようでない。
(そんな女の子が、僕のベッドで寝てた……? 勝手に入り込んで?)
どんな確率でおきるイベントだっての。
◇◇◇
あの後、疲れていた僕はエリルに見張りを頼んでソファで眠った。
一晩明けて起きてみると、まだベッドの上で寝息を小さくたてながら寝ている姿が見えた。
訓練の疲れなど癒えている訳もなく、もうひと眠りをしてやりたいところだったが昼からはケトスとの約束があるからと、バキバキの体のままキッチンに向かった。
簡単に作った朝食と昼食を兼ねたゴハンを食べていると「美味しいニオイがする」と言って、ムクっと起きてきた。
そこでようやくファーストコンタクト。
しばらく見つめ合いが続くと、ぐぅと女の子の腹の虫が鳴ったからとりあえず目の前の椅子に座ってもらい、口をつけていなかったスープを飲んでもらった。
それで色々と話を聞いている――って感じで、今のこの机を挟んでやり取りしてる説明がついた。
「はいっ、ではまとめてください」
と、手を差し伸べると、「えぇと」と顎に手をやって。
「迷子になって道を歩いていたら、たまたまアナタの部屋の窓が空いてるのを見つけて、窓から侵入させてもらいました……?」
「それで、しばらく僕の帰りを待っていたけど、眠たくなって寝てた……ってことでいいの?」
「そうー、かな……。うん。です」
「……なるほど?」
これは僕がおかしいのか? 常識にとらわれているっていうのか?
強盗とかそういう目的じゃないだけ良かったとして、窓が空いてたから入って眠たくなったから寝ましたって……。そもそも窓って開けっぱだったっけ……?
「ンんん……」
スープを啜っている少女を見て腕を組んだ。
いままで頭をひねってもわからなかった事は多くある。そりゃそうだ。この世界ならではの事情とか常識とか、なんなら魔法っていうのがある。
それでも元の世界で培ってきた常識をこちらの世界の常識に慣らすために改めてきたつもりだった。
(だけど、こればっかりは……新手過ぎるだろおぉ……)
迷子になって空腹だったからといって、窓が空いてる二階の部屋に入ってベッドで寝ます、普通?
いっつもは僕の常識知らずが悪い。だけど、今回ばかりは僕が正しいと思います。異論なんか認めない。
「――ね、あなたの名前はなんて言うの?」
机に乗っかるようにズイっと近づいてきた。
「はぁ? 何聞いて――って……」
当たり前のことをして、当たり前のことを聞いているって顔してるし。
バレないように深呼吸を一回。
(危害を加えようとか『転生者』を殺してやろうとか思ってなくて良かったと思うべき……なのか?)
チラと顔を見てみると、へへへと笑っている顔。
「ね? なんて名前?」
と、もう一回聞いてきた。それに対して、
「んんんっ! あー! クラディス! クラディス・ヘイ・アルジェント。……好きに呼んで」
と、投げやりな態度で返した。
「クラディス! ボクはイブ。イブ・レイン・アーマリア!」
「イブさん、ね。わかった」
「"さん"は付けなくてもいいです」
「はいはい」
イブ・レイン・アーマリア。少し神秘的なモノを感じさせる名前だ。
透き通るような髪と顔立ちが整った貴族のような顔立ちが相まって、正直僕なんかと住んでいる場所が違うような気さえする。
天使、女神、聖女、そういった表現が良く似合いそうな――……
でも、まぁ、不法侵入者さんだ。神秘的もくそもないだろう。
事情やお互いの名前を知ったところで、姿勢を正し、本題に入ることにした。
「イブは迷子って言ってたよね? どこで迷子になったの?」
「分かんないんだ。《ファザー》がこの街に用事があるって言って、それで外で待ってたんだけど……。街が綺麗だったから眺めて歩いてたらいつの間にか迷子になってて」
「ファザー……? 父さんってこと?」
「ううん、《ファザー》は《ファザー》だよ?」
なんだ? なぞなぞか?
まぁいいか。一々頭を使ってると疲れてくるから後で考えよう。
「……行くあてはあるの?」
と、聞いてみると、フルフルと首を横に振った。
行くあてがあったら僕の部屋に不法侵入することなんか無いか。
「じゃあどこから来たの?」
「ロベル王国ってとこ。《ファザー》の用事についてきたんだ、でも用事は知らなくて」
その《ファザー》って人が用事を済ませている間にはぐれて、迷子って流れか。
「街の景観に目を奪われて迷子」っていう不思議な人だけど、悪い人ではないように思える。僕もこの街の景観は好きだから、その点に関しては親近感があるし……何より行くあてのない迷子を外に放り出すのは違う気がする。
たとえ、不法侵入者だとしても。事情持ちなら情状酌量の余地有りだ。
考えながらスープを飲んでいるイブをじぃーと見つめると、無邪気な笑いを返してきたから机に付いていた頬杖がズレた。
「……じゃあさ。その《ファザー》って人が分かるまで僕のところにいる?」
僕の提案を聞くと、露骨にパァァァっと表情が明るくなった。
「い、いいの?」
「条件はあるよ。ちゃんと線引きをしないといけないから」
すごい勢いでコクコクと頷いたのを確認して、指を三本立てた。
「1。僕に危害を加えない。2。家に置いておく訳にも行かないから……とりあえず外出時は基本的に一緒に出てきてもらう、これはその都度連絡するね。3。ベッドは交代で使わせて欲しい、これは絶対。僕が疲れる日が二日に一回あるから。これらが守れるなら家にいてもらっていいです」
「そんな簡単なことでいいの? なにかもっと……」
「その《ファザー》って人を見つけるまで、でしょ? 厳しい条件つけちゃったらイブが暮らしづらいと思うし」
それに、僕はこの家にいないことが多いからそこまでルール付けする必要もないし。
1の危害を加えるとかどうとかはこれまた甘々の甘な条件だと思うけど。
「あっ。あともう一つつけていいなら、この宿舎って怖い人たくさんいるから、なるべく静かにしてくれるとありがたいかな」
特に隣の部屋のナグモさんとか、ナグモさんとか、ナグモさんとか……。
あの人に女の子を連れ込んでるって思われるのは、なんか嫌だ。思春期の息子を見るような目で見られるのだけは……回避しなくては。
「うん、わかった」
「じゃあこの話は終わりっ」
机に手をついて立ち、かけていたエプロンを後ろで緩く蝶々結び。
キッチンに向かいながら、机に座って僕を目で追っていたイブのほうを向いて。
「朝だし、ご飯にしよう。スープだけじゃお腹減っちゃうと思うし」
「……? クラディスさっき食べてた……」
と、言ったと同時にイブのお腹がぐぅと鳴った。
ぺたぺたとお腹を触っている姿に思わず笑んでしまい、バレない様にふいと顔をそむける。
「イブの」
「えっ、ボクの……?」
「そ。昼からお出かけするから、お腹は膨らませておかないとね」
「! 作ってくれるの? じ、じゃあ何か手伝えることとかってない?」
「それじゃあ、お皿がそこまで多くないからお皿を洗ってくれると有難いかな」
「うん、任せて!」
昼からケトスとのクエストが待っている。
月末の闘技場に向けてお金を貯めないといけないから……ただクエストをするだけじゃなくて、何か考えないといけないな。
食器を横で洗ってるイブの方をチラとみて、そう言えば、と思い出した。
流れでクエストに連れていくことになったけどイブは大丈夫なのだろうか。防具を付けてるから冒険者のようだけど……。
昨日考えていた「180はどれくらいなのか」ってお話も兼ねて聞いてみるか。
「イブってさ、レベルってどれくらい? これからクエスト行くから聞いておきたくて」
僕の質問を食器を洗いながら聞いて、小首を傾げながら。
「……? どれくらい……だろぅ……。700とかそこらじゃないかな?」
ぱちくり。
あら、あらあら。
あぁ~、そう……いう感じかあー……。そっかあ、そっか。
ぴたりと手を止めていると、横から「クラディスは?」と聞かれた。
その言葉への返答に詰まり、気まずそうに視線を外して。
「三桁……は行ってるかも」
行ってないかも。




