1-4. 美味すぎる隠しクエ
チュートリアルマップの端にあるゲートをくぐると、この世界におけるプレイヤーの拠点、中央都市オルタニアに到着する。
この都市はファンタジー世界の街並みらしさをこれでもかと言わんばかりに表現しきっていて、ああ、本当に仮想世界にやってきたんだなというのを強く認識させられる。
VRらしくNPCが邪魔にならない程度に配置されていて、それっぽい雰囲気を出しているからリアル志向なプレイヤーでもそこまで不満は出てこないだろう。
ちなみにオンラインエリアはここからとなっていて、チュートリアルマップはオフラインエリアだ。
これはサーバーに一気に負荷がかかることや、単純にプレイヤーが一度にきて混雑しすぎないようにする対策だな。
俺の他にもチラホラとこの街にやってきてる奴らが居るみたいだが、思惑通りまだ少ない。
計画は今のところ順調だ。
とりあえず予定通りラフに連絡を取って……っと、あいつはまだチュートリアル中か。
まあ2,3分もすれば出てくるだろうし、先にこの街でやっておくべきことをやるとしよう。
チュートリアルを抜けて出てくるのはこの街にいくつかあるリスポーン地点の一つで、最初に限りどこに出るかはランダムだ。
リスポーン地点の近くには必ず『ターミナル』と呼ばれるセーブ地点兼ワープ装置があるので、プレイヤーはまずそこに行き、アクティベートする必要がある。
セーブ地点自体は既に更新されてはいるが、こうしておかないと別の街のターミナルからこの街に帰ってこれない。
ワープはアクティベートしたターミナル同士に限るってことだ。
ちなみに街の中のターミナルはいくつもあるが、どれをアクティベートしても問題ない。
同じ街の中であればどれかにアクセスした時点で自由にワープできるようになるからな。
とりあえず近くのターミナルにアクセスしてアクティベート、そのまま最初にやるべきクエストの開始地点に一番近いターミナルにワープする。
一瞬の浮遊感と暗転を経て、目的地に到着。
怪しまれない程度の早足でNPCのもとに向かい、そして話しかける。
[噂好きな主婦]『ねえ知ってる? もうすぐマーケットっていうのがオープンするらしいわよ』
[噂好きな主婦]『ねえ知ってる? 野菜屋の旦那さんがぎっくり腰になったらしいわよ』
[噂好きな主婦]『ねえ知ってる? 中央広場にいた衛兵さんが相変わらずいろいろ困ってるみたいよ』
[噂好きな主婦]『ねえ知ってる? もうすぐマーケットっていうのがオープンするらしいわよ』
くそ、目的の会話が引けない……。
このゲームのほとんどのNPCは他の自由度の高さを売りにしたゲームとは違って、AIを積んでいない。
規定の文章を村人Aよろしく勝手に話すだけだ。
しかも話しかけるためにわざわざ声を出す必要はない。
声を出しても反応してくれるが、例によって〈フォーカス〉して話しかけるを選択すればいいから、コミュ障はもちろんのこと無口プレイをしたい人でも安心だ。
ゲームらしさここに極まれり。
[噂好きな主婦]『ねえ知ってる? 研究所でポーションを作ってるあの人、ミルクが嫌いなんですって』
20回近く試行して、ようやく目的の会話を回収できた。
あとはミルク屋によって……と。
ミルクは一個10vaalとかなり安いが、生憎プレイヤーの初期所持金額は0vだ。
この10vをまずは捻出しないといけない。
えーっと、チュートリアルで獲得したドロップは……。
タルシーが2個に、豆が1個、ビーニャの芽が1個か。
たった2体でこの戦果はこれはかなり運がいいな。
全部店売りして計16v。
よし、これでミルクを購入っと。
あとは規定の手順でNPCと会話していくだけ。
まずは研究所に向かい、奥の部屋でポーションを作っている[研究員]と会話。
ここでミルクを持っていると追い返されるので研究所から出て、続いて研究所裏手の宿舎に向かい、[管理人]と会話。
再び[研究員]と会話して正しい選択肢を選ぶと……。
――ミルクを1個消費
――レシピカード『中和剤』を1個獲得
という感じになり、レシピカードが手に入る。
レシピカードは生産系の職業が使うものなのでぶっちゃけ俺はいらない。
ここまでは一般に公開済みのクエストだから中和剤のレシピカードを欲しがる薬剤師志望のプレイヤーなら自分で取るだろうし、売ったとしても二束三文にしかならないだろう。
しかし俺の目的はこれじゃない。
この先にある、隠しクエが目的だ。
そして、そのためには先程の手順で一つ、正規ルートとは違うことをしないといけない。
ミルクを消費する段階で、わざと間違った選択肢を選ぶのだ。
これにより、[研究員]に怪しげな薬品を無理やり呑ませられ、HPが1になるというアクシデントが発生する。
このあともう一回話しかければレシピカードがもらえるので、単に間違えたことへのペナルティなのかなと多くの人は思ってしまいがちなのだが、実はそれだけじゃない。
このアクシデントをおこし、かつHPを10%以下に維持した状態で宿舎の[管理人]の元へ行くと会話の内容が通常のものから変化する。
そして再び[研究員]に話しかけると……。
――赤ポーションを30個獲得
という具合に、一個50vaalもするポーションを大量に貰えるわけだ。
条件さえ知ってれば5分もかからないが、レシピカードを貰うところまでしかクエストウィンドウにも表示されないので知らないと絶対にたどり着けない。
当然これを発見した人物やwikiを管理してる情報屋なんかは知ってるが……まあそのへんは大変都合のよいことに情報が隠蔽されてるってことだ。
さてと、そろそろラフたちも街にきて準備してるだろうからwis飛ばしてみるか。
A4 To:ラフ 『いるか?』
お、繋がった。
ラフ To:A4 『お、やっとA4きたねー。もしかしてもうポーション回収してた?』
A4 To:ラフ 『当然。そっちは?』
ラフ To:A4 『二人とは合流済みでミルク買ったとこ。すぐそっち行くから待ってて』
A4 To:ラフ 『了解』
少し待ってると、ラフたちが俺のもとへやってきた。
「おまたせー。とりあえずフレとPT飛ばすよ」
ラフは挨拶もそこそこに二つ申請を飛ばしてきた。
どちらも迷わず承認。
これで情報が漏れる心配なく、PTチャットで念話できる。
『カズーがカズオでmoniがみおんだな?』
PTになったことで初めて見えるようになったメンバーのこの世界での名前を確認する。
俺よりも少し身長の高い、いかにも軽薄そうな風体をした男がカズー。
小柄で女性プレイヤーなら盛りがちな胸も控えめにしている、長髪の女がmoniだ。
どちらも初期の服装だからそれ以上の特徴は特にない。
ちなみにラフは俺と同じくらいの身長で、優男風のアバターだな。
『そうだよー』
『トンヌラさんの名前はA4とか意味不明ですね。頭湧いてるんですか?』
『は? 名前に意味なんてあるわけ無いだろ。適当だよ適当』
まあ由来は一応あるがな。
『ああああ』をローマ字表記にして『AAAA』、Aが四つだから『A4』。
ゲームの名前なんてこんなもんでいいんだ。
『ま、とりあえずさっさとポーション回収しようよ』
『ラフの言うとおりだ。俺はもう終わってるからさっさとしてくれ』
数分後、3人とも無事にクエストを終わらせたようだ。
これで全員準備は完了。
あとは目標レベルまで一気に駆け上がるだけだ。
え? 装備を整える必要はないのかって?
序盤なんざ初期装備で充分さ。
[!] TIPS
■ vaal
O2におけるお金の単位。
読みはヴァール。
12v などと言うふうに普段はvと略して表現する。
尚、オンラインゲームにおいてはお金などの桁数が上がりやすい数値を表現する際、バカ正直に1億3千万などというふうには言わない。
1,000v = 1kv
1,000kv = 1Mv
1,000Mv = 1Gv
と言った具合に、キロ、メガ、ギガなどの接頭辞をつける。
ちなみにkは必ず小文字だし、Mは大文字で、Gも大文字。
これを間違うと意味は異なってくるので気をつけよう。
■ チャット
ゲーム内ではいくつかのチャットモードが存在する。
そのため作中ではそれらを明確に分けるため、異なる表記をしている。
オープンチャット:声を出して行う、ごく普通のチャット。
聞こえる範囲に入れば誰でも聞こえる。
「あ、誤爆」
PTチャット:声を出さず、思念通話で行うチャット。
PTメンバーにしか届かないが、どこにいても届く。
『床と同化なう』
ギルドチャット:声を出さず、また思念通話でもなく、テキストによるチャット。
ギルドメンバーであれば誰でもどこにいても見ることができる。
A4: 真髄出たわ……ゴミ真髄がな
moni: おめでとうございますA4さんやりましたね!
1:1チャット:声を出さず、思念通話で行うチャット。
対象となるプレイヤーにしか届かないが、どこにいても届く。
呼び出しに対して応じなければこのチャットは開始されない。
委員長 To:A4 『たまってる・・・ ってやつなのかな?』
メール:ログアウト中の人にも送信可能なテキストメッセージ。
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この前かした100Mそろそろ返してください!
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NPC会話:NPCとの会話。他のプレイヤーからは聞こえない。
[ロリエッタ]『ぽろろろろ……』