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3-6. 乙

 俺が乙というゲームを始めてからもう四年が経つ。

 気づけば俺の周りに居たはずの連中は皆どこかに消えてしまった。

 カズーはあれ以来戻らなかったし、ラフもいつの間にか自然引退していた。委員長も既に別ゲーに移っていつもの活動をしているらしい。

 最初期からの知り合いで未だに残って活動を続けているのは、うかだけだ。あいつは相変わらず市場を支配しながら楽しく商人している。

 GLHFはまだまだトップクランとして君臨しているものの、全盛期ほどの勢いはもうない。

 これは多分どこも同じような状況だろう。


 サービスが長く続けばそれだけ引退していく奴らも増えてくる。

 俺だって何かが違っていたなら、こうしてO2を続けていたのかもわからない。

 しかし、違えるような何かは無かった。

 俺は俺の信じた選択肢だけを選び続けて、ここまでやってきたのだ。


 毎日毎日同じことを繰り返し、レアドロップに一喜一憂することもなくなった。

 ボスは倒せて当たり前、時折追加される高難易度コンテンツでさえすぐに攻略パターンを見つけ出してしまう。

 強くなっていることは実感するが、それで楽しくなったかと聞かれればうまく答えられそうもない。


 ただここまでやってきたのだから、これからも続けていく。

 俺の努力の結晶には価値が無かったなんて言いたくないから、せめてこの世界でだけは生き続けていきたい。

 くだらない意地だってことはわかってる。


 だけどもう、俺にはそれくらいしか残っていない気がしていた。


 ああ、俺は一体何のためにネトゲを始めたんだっけな……。




 ◆ ◆ ◆




「や、久しぶり。元気してた?」


 クランハウスでビルドの調整をしていたところ、そんな言葉が飛んできた。

 久しく聞いていなかった、とても懐かしい声だ。


「ラフか。随分久しぶりだな。復帰でもするのか?」


「いーや、復帰キャンペーンみたいなので無料ログイン出来るみたいだったから久しぶりに覗こうかなって思ってね」


「あぁ、そう言えばそんなのやってたな」


「それにしてもA4はまだ続けてたんだねえ。さすがだよ」


「やめる機会が特になくてな。ラフは今まで何してたんだ?」


「ボク? ボクはそうだなあ。ゲームはもうあんまりやってないんだよね。息抜きでオフゲーはちょこちょこやるけど、オンラインは全然」


「へぇ、新作にでも移ったのかと思ってたからちょっと意外だな。どういう心境の変化だ?」


「うーん、ま、有り体にいっちゃえば所帯を持つことになったから、かな」


「所帯って……結婚するってことか? あのラフが? 冗談だろ?」


「ははは、わかりやすい反応ありがとう。もちろん冗談じゃないよ。ボクらはもうそういう事考える年齢じゃないか」


「俺には関係のない話だな」


「ま、A4ならそう言うか。でもあれだよ、ボクの話はそれほどA4と関係ないとは言えないんだけどね」


「ん? どういうことだ?」


「moniって覚えてる、よね?」


「ああ、そりゃあんだけ長いこと組んでりゃそうそう忘れないだろ。moniがどうかしたのか?」


「んー、あ、今ってほか誰も居ない?」


「ああ、いないな」


「じゃあA4だから言うけど、その相手がmoniなんだよね」


「……は?」


「お、いいリアクション」


「いや、待て。相手ってつまりあれか? その……お前の結婚相手がって意味で合ってるのか?」


「うん、合ってる合ってる」


「うっそだろおま……いや、一体どうしてそうなった……? ネトゲがきっかけで結婚? たまに聞く話ではあるがしかしあの女が一番嫌いそうなパターンなんだが……ドッキリではないよな……」


「A4が狼狽えるの見るのなんか面白いなあ。これ見れただけでも今日ログインした甲斐あったかな」


「いや、でもしかし、うーん、有り得んことに有り得んことが重なって結果的に有り得るのか……?」


「まあまあ、落ち着いて。経緯とかはまた今度時間ある時に話してあげるよ。あ、でもどうせならmoniも交えて3人で話すほうがいいかな? ……あ、そうだ。せっかくだしオフ会しない? A4とは付き合いも長いし、一回くらい会ってみたいんだよね」


「オフ会、か……。あんまりそういうの好きじゃないんだが、まあラフとなら別にいいか」


「じゃ、そういうことで、いつ会うとかはAgoraで話そう! さーて、久々にログインしたことだし狩りにでも行きたいかな? 今の乙はどんな感じなの?」


「おお、そうだな。ラフが辞めてから随分経つし相当驚くと思うぞ。まず通常のクラスが今は5次まで実装されてだな……」



 ラフとの再会は俺にとって、とても喜ばしいものだった。

 たとえ彼がこのゲームに復帰しないのだとしても、しかし旧知の友との関わりは渇ききった俺の心に潤いをもたらした。


 自然と弾む会話。

 独りでひたすら蓄え続けた知識を惜しげもなく披露し、大きく変容した世界に大げさに驚くラフの様子を見て心の中でニヤリとする。

 新しく実装された高難易度マップにラフを連れ出し、初見殺しに事前情報無しで突っ込ませてわざと転ばせ、こんなの無理だよと二人でゲラゲラと笑う。

 真面目に狩りをしてみればラフとの連携はブランクを感じさせないほどにスムーズで、ペア狩りだというのに安心してたっぷり楽しむことが出来た。


 惰性で続けていた今までのプレイとは全く違う、とても新鮮で、しかしどこか懐かしい感覚。

 どうして今こんなにも楽しく感じているのかは分からないが、理由なんてどうでもいいと思った。

 ただ楽しい。それだけでいいじゃないか。



 もしかしたらあの時ナギが見ていたのは、こういう世界だったのかもしれない。

 もしかしたらあの時moniが語っていたのは、こういうものを大事にしようという意味だったのかもしれない。



 けれど今更気がついたところで、後の祭だ。


 俺は強くなるためだけに強くなりすぎてしまった。

 隣に立つべき誰かはもうこの世界には残っていない。

 新たな関係を築き上げようとしても、信じるべき人がどこに居るのか分からない。


 ああ、どうして俺がずっと物足りないと感じていたのかようやく分かった。

 分かってしまった。


 こんな答え、知りたくなんて無かった――。




 ◆ ◆ ◆




 それからどうしたのかって?


 そうだな……最初に言ったのを覚えているか。

 俺が話すのは「俺という人間が俺らしく無様に生きていく物語」だって。


 人は成長する生き物だ。

 失敗にせよ成功にせよ、何かを為してその結果を反芻して、そうしてまた次の一歩を踏み出していく。

 だが俺はその一歩を踏み出すことのないまま、ただ年だけを無為に重ねていったんだ。

 だから俺はいつまで経っても何の取り柄もない無様な男から生まれ変わることが出来なかった。


 久しぶりにあったラフという男……いや、リアルであったのはあの時が初めてだったな。

 あいつは、俺が知っていたラフではなかった。

 俺と同じようにリアルを忌み嫌っていたはずのラフは、すっかり希望に満ち溢れた男に生まれ変わっていた。


 俺の周りの連中がどんどん変わっていく中で、俺だけがいつまでも変わらず停滞していたんだ。

 そんな現実を目の当たりにして、自分自身に自覚的にならないわけがないだろう?



 悔いているのかって?


 まさか、とんでもない。


 後悔なんてしたら、それこそ俺の生き様全てを否定することになる。

 それだけはできない。


 これはただの意地だ。

 だが意地でも失ってしまったら、本当に自分を失ってしまうことになる。


 俺がこうして君たちに語りかけているのは……俺なりの悪あがきだと思ってくれ。

 第二、第三の俺が生まれないために、俺の全てを語り尽くす。

 それだけが自分を失わないための唯一の方法で、死に至る病から逃れる方法なんだ。



 さあ、もうそろそろいいだろう。

 語るべきことは語り尽くした。


 哀れな男が希望ある君たちに贈る、最後のメッセージを聞いてくれ。



 リアルはクソゲーだ。

 だがゲームじゃない。リアルはリアルだ。

 いいか、リアルにバーチャルを持ち込むな。リアルはリアルらしく楽しめ。

 お前が生きているのはバーチャルじゃない、リアルでしかないんだ。


 逃げるな、抗え、無様でもいい、何も出来なくてもいい。

 誰かより優れている必要はない。

 自分の努力を、自分で認めてやれ。

 そして一歩踏み出せ。

 そうすればきっと、リアルは優しくお前を迎えてくれるから。




 ……それじゃ、もう俺はいくから。

 あんたは俺みたいに失敗するんじゃねえぞ。




 おつかれ、ゲームクリア。


――完



これで彼の語る物語は終わりです。

彼がこれからどう生きていくのかは、彼の話をあなたがどう受け取ったか、それ次第となるでしょう。


ここまで拙作にお付き合いいただきありがとうございました。

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