3-5. 俺が求め続けた強さと、彼女が手に入れた輝き
PTは解散になったが、俺のやることは特に変わらない。
毎日ボス狩りに参加し、空いた時間でクラスのレベル上げや金策、装備更新のためのレア掘りをするだけだ。
飽きないのかと聞かれれば、正直飽きたと思うときはたまにあるが、だからといってサボっていては強くなれない。
定期的に面白いコンテンツが実装されている以上、次に向けて努力し続けるしかない。
moniが引退前に残していった意味深な言葉は、正直良くわからないだけだった。
だからきっと彼女なりに最後に俺を悩ましてやろうという魂胆だったに違いないと考えて、それ以上深く掘り下げないことにした。
ただ彼女が辞めて以来、ネチネチと言ってくる輩が増えたことにだけは今でも悩まされている。
お前のせいだとか言われても知らんがな。
moniが辞めたいから辞めたのに、なんで俺が悪者になってるんだ。
ネトゲなんだから誰だってそのうち辞めるだろうよ。
そういえばラフも最近はログイン頻度が減ったような気がする。
別の会社から出る新作のβテストが実施されてるみたいな噂を聞いたから、そっちをプレイしているのかもしれない。
俺はもう乙に骨を埋める気でいるから特にやる気はないんだが、あいつは結構新しい物好きだからな。
ま、どうせ「やっぱりクソだったよ」とか言ってすぐ戻ってくるだろうが。
とはいえ乙も昔ほど最高の作品とは言えなくなってきたのも事実だ。
特にこの前実装された新装備はひどかったな。
装備クラス制限が設定されてるくせに、性能は既存装備の存在意義がなくなるほどのぶっ壊れっぷり。
相場は荒れに荒れてあのうかすらも悲鳴をあげ、プレイヤーからすればまあまあ自由度の高かった最終クラスの選択肢がほぼ一択状態。
ついに開発も迷走し始めたなとクレームの嵐だ。
さすがにすぐ修正されるか似たような装備が実装されるだろうが、一度落ちた評価はすぐには覆らないだろう。
それでも俺がこのゲームを辞める理由としては不十分過ぎる。
バランスが崩れたなら強い方に自分が移っていけばいいし、修正されたらその上で一番強くなる方法を考える。
ちょっと均衡が崩れたくらいでいちいち目くじらを立てていたらキリがない。
サーバーに一つしか存在できない最強の装備が実装されないなら、それだけで満足だ。
それに、俺はこのゲームを楽しいと思っている。
楽しいと感じていた時期があったこのゲームだから、俺は楽しいと思っているはずなんだ。
じゃなきゃここまでのめり込んでないし、さっさと辞めてるはずだ。
だというのに、最近の俺はなぜ物足りなさを感じているのだろうか。
なぜ俺は、強くなればなるほど喜びを感じられなくなっているのだろうか。
分からない。
だがそんなものは分かる必要がないのだと自分に言い聞かせ、今日も効率だけを求めてひたすら狩りを続けていく。
そう、俺がなりたかった英雄はこういう存在なんだ。
自分自身が満ち足りるためじゃない、ただ純粋に強く、強く――。
◆ ◆ ◆
『あ、A4さん……お久しぶりです』
そんな声をかけられたのは、開催中のイベントのための臨時PTに加入したときのことだ。
所属クラン外のプレイヤーとPTを組むとボーナスポイントがつくという、ちょっと変わった仕様のイベントだったので、どうしても野良PTに混ざる必要があったのだ。
『ん、誰だ? 名前は……ナギ? 聞き覚えがあるような、ないような。どっかのレイドで一緒になったことでもあったか?』
話しかけてきたのは、随分落ち着き払った様子のヒーラーの女だ。
臨時PTの割には他のメンバーと親しげに会話していた様子から言って、コミュ力が高い方の人物だと思う。
それならこうして俺のことを覚えてるってことは少なからず会話したことがあるんじゃないかと思うんだが……あいにくどこの誰なのか全然思い出せない。
馴染みのクランのメンバーなのかと思いアバターにフォーカスしてみると、所属クランは中堅どころみたいだった。
GLHFに匹敵するほどの大手ではないが、実力はそれなりで確か領土も毎週一箇所は取ってたはずだ。
でもあそことは特に直接的な交流はないからそのメンバーと知り合う機会なんてないだろう。
他に可能性があるとすれば今回のように臨時で組んだことがあるとかだろうか?
それなら尚更思い出せそうもないが……。
『そうですよね、覚えてるわけ無いですよね。えーっと、β時代に一度だけ臨時で組んだことがあるんですが……アイっていう名前のランサーに覚えありませんか?』
『β時代? そんなの昔過ぎて……アイ、ねえ』
ダメだ、全然思い出せない。
そもそもβ時代に臨時なんて組んだことあったか?
ずっと身内狩りしかしてない気がするんだが。
『あ、こう言えば分かりますか? 位置取りもヘイト管理も何もかもが下手な女ランサー』
見かけによらず結構ズバズバいうのな、この女……。
ん、いや待てよ?
何もかもが下手な女ランサー?
名前は全く覚えてないが、いつだったか物凄いイラついた記憶が……。
『あぁ、確かにそんなようなやつがいた気が……ちっ』
いかん、思い出したら無性にムカついてきた。
この女、いらん事思い出させてくれるな。
『あ、嫌なこと思い出させてごめんなさい。ただそのアイってランサーと同じPTに居たんですよ。それで狩りが終わった後にA4さんからメッセージをもらって……』
同じPTにいたやつ?
メッセージ?
『あ、思い出したかもしれん。確か見込みあるのにこんな下手くそと組まされて可哀想だと思って腹が立ったままに送りつけたような』
『そうですそうです、その節は本当にお世話になりました。おかげで今でも楽しくプレイできてますよ。クランもそれなりの所にお誘いいただけるくらいにはなれましたし』
『へえ、それはよかったな。ああ、つい敬語使うの忘れてたんだが構わないか?』
『もちろん、A4さんは私にとって大先輩で大恩人ですから。心の師匠ってやつですね』
『そうか、ならそうさせてもらう』
あの時は確かにそこそこ見込みあるなとは思ってたが、まさか中堅どころにスカウトされる程上手くなってたとはな。
正直驚きだ。
いくら見込みがあったって努力を続けられなきゃ強くなれっこないし、ヒーラーなんて尚更だ。
装備を単純に揃えていけばある程度は強くなれる火力職とはわけが違う。
にしてもあの時の女はこんな雰囲気だったか?
もっと目立たない感じの、どちらかと言えば弱気な印象があったんだが。
『しかしA4さんは流石ですね……あのGLHFに所属しているなんて。うちのクランでもいつかはGLHFと交流持てるくらいには強くなりたいってよく話してるんですよ』
『まあそれなりに努力は続けてるからな。ナギ……だったか。あんたのことは正直あんま覚えてないんだが、そっちもそれなりに上手くなってるみたいじゃないか?』
『どうでしょう。自信はつきましたけど、やっぱりまだまだ上には上がいるなあって実感してるところですよ。特に今回のイベントで普段組まないような方とも組む機会が持てましたからね。上手いヒーラーの方と組んだ日にはもう勉強させてもらいっぱなしです』
『ってことはもしかしてヒーラー以外のポジションもやってるのか? 今回のイベで2ヒーラー構成なんてほとんど無いだろ』
『ええ、ヒーラーやる上では他のポジションの視点を知ることが大切ですからね。勉強のためにサブビルドでアタッカーも出来るようにしてあるんです』
『そりゃいい心がけだ』
それから始まった狩りで見せられた彼女のプレイングは、予想を超えるものだった。
ぶっちゃけ、GLHFに所属しているヒーラー陣と遜色ないレベルだ。
なんならうちに誘ったっていい。強いやつは大歓迎だ。
狩りが終了してPTが解散になった後、彼女の方も俺ともう少し話がしたいとのことだったので会話用の即席PTを組み、狩り終わっての彼女のプレイについての感想を正直に伝えると、こんな反応が返ってきた。
『憧れだったA4さんに直接褒められると頑張ってきた甲斐があったなって思いますね。それにクランに誘っていただけるなんて本当に嬉しい限りです』
『そうか? なら――』
とても良い反応だったから誘いに応じてくれるのかと思い、食い気味に「ならマスターに連絡する」と言おうとした。
だがその言葉は、彼女の言葉に割り込まれてついぞ言うことが出来なかった。
『――ですけど、申し訳ありませんが断らせていただきます。あ、別にGLHFに入るのが嫌っていう意味じゃないですよ。単純に、今加入しているクランが気に入っていて、居心地が良くて、ここを抜けるなんて有り得ないなって思っているだけなので……』
まさかそんな風に断られるとは思っていなかったから、どう反応すればいいかすぐに思い浮かばなかった。
だって有り得ないだろ。
強くなりたいって思ってここまで続けてきて、その努力が認められてトップクランに誘われて、しかも誘ってきた相手が自分にとって憧れの人で?
ここまで条件が揃ってて、断るようなやつがいるわけない。
向上心があるのに、より上のステージに立つチャンスを与えられて断るなんて、どうかしてる。
そんなの、効率が悪すぎる。
『A4さんと初めて出会った時、私はこのゲーム全然おもしろくないって思ってたんですよ。リアルの友達に誘われたからやってただけで、自分が役に立ってるように思えなかったですし、なんかこう、一緒にプレイしてる感がなかったとでもいいますかね。とにかく、友達が飽きたらすぐにでも辞めようと思ってました。
でもA4さんと組んで、上手い人となら楽しめるってわかって。楽しみたいなら上手い人と組めって言われて。勇気を出して、リアルの友達とゲームの中では一緒に遊ばないってことに決めたんです。そうしたらその子とはちょっと話す機会とか減っちゃったんですけど、まあそれは別にいいんです。
だって、いま私すごく楽しいですから。上手い人と組むと楽しいのはもちろんなんですが、一番楽しいなって思ったのは自分と同じくらいの強さの人と組んだときでした。同じ目線にたって、一緒に成長していく。ときどき喧嘩したりもして、でも仲直りして、レアドロップがでたら一緒に喜んで、倒せなかったボスを倒せるようになったらこれまた大喜びして。
そんな毎日を繰り返して、やっとここまで強くなれました。
多分、自分より強い人とばっかり遊んでたらここまで強くなれなかったと思いますし、ここまで楽しめなかったと思います。
もしかしたらO2引退しちゃってたかも。
でも私は今ここにいて、A4さんに認められるくらいにまでなっちゃいました。
これって、今まで一緒にプレイしてくれた仲間たちのおかげだと思うんです。
だから、自分だけいい思いをするためだけに彼らを裏切って他のクランに行くなんて考えられないんです。
誘っていただけたのは本当に嬉しかったです。本当ですよ?
何ならクランメンバーに自慢しちゃいたいくらいです。えへへ』
ナギはそう言いながら照れたように笑って、恥ずかしいセリフ言っちゃったな、なんて呟いている。
俺はそんな彼女の様子を見ながら、まるで頭の後ろをガツンと分厚い本で殴られたように感じていた。
ナギは俺がかつて放った適当な言葉を真に受けて、ここまで成長して、そして何より今もずっと楽しそうにしている。
誰よりも強くなった俺なんかより、ずっとずっと楽しそうにゲームをしている。
そのことがはっきり伝わってきた。
『……まあ、それなら仕方ないな』
なんとか絞り出せた返事は、たったそれだけだった。
――仕方ない。
一体なにが仕方ないというのか。
俺にとって彼女も、所詮は自分のクランが強くなるための道具に過ぎないはずだ。
それなのに、何故俺はこんなに残念に思っているのだろうか。
彼女が断った理由に対して、全く効率的じゃない理由に対してなぜ納得しかけているのだろうか。
『あ、でもフレンド登録はしてもらえたら嬉しいなって……ちょっと厚かましいですかね?』
『悪いが――いや、うん、そうだな。せっかくだし登録しておくか』
自分の立場が優位にあるということを示そうとして、つい断ろうとしてしまう。
だがそんなことより、彼女とフレンドになるということは喜ばしいことなのだと、すぐに言葉を撤回して申し出を受け入れる。
そしてナギからのフレンド申請を許可しようとして……俺は一瞬躊躇してしまった。
――本当に彼女と、俺なんかがフレンドになって良いのだろうか。
そんな風に考えてしまった。
だがそれも本当に一瞬のこと。
躊躇を感じる俺の自意識を無視して、無意識が操作を完了してしまう。
『ありがとうございますっ!』
そう言って笑う彼女の姿が、俺にはとても眩しくみえた。




