3-4. ボクたちは間違えてきた。そしてこれからは
PT解散、か……。
いつかはそんな日が来ると思ってたけど、こんな形になるとは思っていなかったな。
仕事をしているボクらと彼、使える時間を考えれば実力差が出るのは当然だし、それで多少なりとも負担をかけていたのは正直申し訳ないと思ってたよ。
でもβ時代からここまで一緒にプレイしてきて、あれこれ言うことはあっても良い関係でうまくやってこれたから、今後も仲良くしていきたいと思ってた。
カズーが休止しちゃったのは仕方ないけど、moniのことは正直まだやりようがあったんじゃないかって思う。
もちろん、これはA4が悪いとかって意味じゃない。
お互いについて深く知ろうとしてこなかったボクら全員に責任がある。
こんなの深く考えるだけ無駄だって意見もあるかもしれない。
確かにネトゲじゃPT解散なんてよくある話だし、一人引退した程度騒ぐほどのことじゃない。
けど、最後に彼女が残した言葉がボクの心をかき乱して仕方ないんだ。
ボクにとってネトゲってなんなんだろう。
この仮想世界は……本当にただの逃避先でしかなかったのかな。
◆ ◆ ◆
ボクがネトゲをするようになったのは、リアルに嫌気がさしたからだ。
ボクには得意なことが何一つとしてなかった。
平凡すぎてつまらない、むしろ誰よりも劣ってるとさえ言ってもいい。
そんなボクがうまく生きていくために選んだのは、とにかく人々の視線から隠れ続けるということだった。
立場の強い人の機嫌をうかがい、媚びへつらい、誰からも自分に敵意が向かないようにする。
目立たず、騒がず。
傍から見れば人当たりのいい、ただのいい人くらいに認識されるように演技し続ける。
「まあなんとなくあいつは良いやつだから仲良くしておくか」くらいに思ってもらえればそれでいい。
実際この作戦はうまくいって、自分では何も出来なくても大概のことはなんとかなっていた。
でも、ある時こんな風に感じてしまったんだ。
こんな生き方はつまらない。
上辺だけの付き合いでなんとか出来てしまうリアルは本当に退屈で、何よりも醜い、ディストピアでしかない。
どうしてこんなに馬鹿げた世界で必死になっているんだろう。
それからの僕はリアルから逃げるようにしてネトゲにのめり込むようになっていった。
この世界の人々はとてもシンプルな原理に基づいて生きているから、本当に気楽だった。
強さこそが正義。人当たりの良さはそれだけでは一切の価値を持たず、自分の利益に繋がらないのなら関わる必要がない。
そして、どんな人にでも平等に強くなるチャンスが有る。
ほとんどのゲームはその平等性に例外があったからそこはクソだったけど……少なくともリアルよりは生きやすいなって思った。
A4と出会ったとき、自分と同じような理由でこの世界に逃げてきた人がいるんだって分かってホッとした。
気がつけばすっかり意気投合して、いくつもの世界を一緒に回るくらいには仲良くなってた。
O2はまさに理想的な世界だったと思う。
例外は何一つなくて、純粋な努力だけが評価対象になる。
だからボクらはひたすらのめり込んで、強くなって、トップ集団として他のプレイヤーから一目置かれるような存在にまでなった。
正直、ボクも一人暮らしなんてしてなければバイトなんて辞めてこのゲームだけやっていたいと思ってるくらいだ。
リアルなんていらない、この世界だけあれば充分だって思ってた。
皆で強くなって、信頼できる仲間と楽しく生きていく。
これこそボクが望んでいた理想郷だって思ってた。
A4も当然同じ風に感じていたはずだし、moniも似たような理由でプレイしていたんだとばかり思ってた。
でも、moniは違った。
ネトゲに真剣に取り組んでいたのは間違いない。
だけど、彼女はその先も見ていた。
ボクらがバーチャルに依存してリアルから目を逸らしている間にも、彼女はリアルで輝くための何かをずっと探していたんだ。
だからこそ、彼女にとってネトゲは遊びじゃない「リアル」に近いものだったんだろうし、だからこそ、最後に「ほんとうの意味でゲームが遊びになった」なんて言葉を言えたんだと思う。
ボクらはずっと間違えていた。
ネトゲをただの遊びだって思い込んで、この世界に本当に人が生きているんだってことを考えもしなかった。
ラフっていうアバターを操作しているんじゃなくて、ボクという人間がここに生きている。
moniっていうアバターが誰かに操作されているんじゃなくて、moniという一人の人間がすぐそこにいる。
フルダイブっていうことはつまりそういうことなんだ。
画面の向こうにいる人を想像する必要なんて無い。
もうすでに隣に立っているんだから。
なるほど、確かにこりゃネトゲは遊びなんかじゃないや。
本質的にはバーチャル世界もリアルと何ら変わりない。
ただちょっとルールが違うだけで、自分以外の誰かが生きている以上ここは紛れもなく一つの社会で、一つの現実だ。
ああ、moniが言いたいことが分かってきた気がする。
本当に彼女は凄いや。
たった一人で傷つきながら、立ち上がって、現実と向き合って。
その上似たような境遇のボクらにまで手を伸ばして。
でも……彼女の言葉は多分、A4には届かない気がする。
彼は、ボクなんて全く及びつかないくらいこの世界で真剣に生きているから。
彼女がリアルのためにバーチャルに向き合っているなら、彼はバーチャルのためにバーチャルに向き合ってる。
ただひたすらに、まっすぐ。
純粋過ぎる意思をもって、この世界の住人として生きている。
以前、A4とこんな話をしたことがあるんだ。
「もし物語みたいにゲームの世界に閉じ込められたらどうする?」
「ん? 別にどうもしないが」
「え、どうもしないの? 出たいと思わない? ボクは閉じ込められるのはさすがに嫌かなあ」
「そりゃデスゲームになったりして一度もデスペナもらえなくなるのは痛いが……それ以外は単にログアウト出来なくなるだけだろ。むしろ手間が減って楽なくらいじゃないか?」
このとき、ボクはこう思ったよ。
彼にとってはもうすでに世界はここにしか無いんだって。
リアルの身体は単なる端末でしか無くて、ゲームの世界に閉じ込められたらログアウトする必要性がなくなるだけ。
何もやることは変わらない。
そんな風に考えている人に、リアルがどうのこうのなんて話届くと思うかい?
正直言って、A4のこれは一種の才能だと思うんだよ。
リアルで才能が無いからネトゲに逃げてるなんていうけどさ、彼の場合は単に熱中できる何かがリアルで見つけられなかった、それだけだと思うんだ。
好きこそものの上手なれって昔からいうでしょ?
彼はゲームが好きだから、ゲームの世界で強くなれた。輝くことが出来た。
確かにシステムのおかげでゲームの中なら努力が確実に実るっていうのはあると思う。
だけど実際、彼とボクの間には大きな差があるし、他の多くのプレイヤーなんかと比べたら天と地ほども違うんだよ。
きっとシステムなんて本質的には関係ない。
もしもこの、熱中したものに徹底的に心血を注げるっていう圧倒的な才能を、リアルで活かせたら……。
でも残念なことに、彼の現実には熱中できる何かがどこにも無かった。
だから彼はこちらの世界でしか生きられなくなってしまったんだ。
じゃあボクはどうだろう。
ボクにはA4ほど何かに熱中する才能はない。
だからネトゲでもせいぜい上の下くらいまでしかたどり着けない。
けどリアルなら。
特にこれといって誇れるものがないボクだけど、そんなボクだからこそ見える景色がある。
中途半端だからこそ、A4のような人間の気持ちもわかるし、moniのような人間の気持ちもわかる。
ボクになら、うんざりするほど退屈な社会で、誰かのために生きられるんじゃないかな。
今からじゃ手遅れなんてことはきっとない。
今まで間違えてきたんだとしても、これからやり直していけばボクにだってチャンスはあるはずだ。
A4がここからどういう選択肢を取るのかはわからない。
けどボクはボクなりに、ボクの道を歩いていこうと思う。
だから手始めに、moniと話をしよう。
彼女の言葉が少なくとも一人には届いていたって、伝えてあげよう。




