3-3. 俺たちは誰とプレイしているのだろうか。
――ネトゲは遊びじゃねぇんだよ。
何気なく放った言葉が、今になって俺に深く突き刺さる。
もしもその意味をあの時正しく理解していたなら、少なくとも彼女の最後の言葉を聞いた時、やり直すことができたんじゃないかと思う。
けれどそんな後悔に何の意味があるだろうか。
俺が今ここで語るべきなのは、俺がどうするべきだったかという話じゃない。
なぜこんな結末を辿ることになってしまったのか、その原因についてだ。
はじめは確かに俺達全員、同じ意識でゲームをプレイしていた。
頂点を目指して強くなろう。
他人なんて気にする必要はない。
ただ純粋に、徹底的に効率よく。
しかし、なぜ彼らが強さを求めているのか……そこまで俺は考えることをしなかった。
そんなものを知ったところで俺には全く関係ないと思ったからだ。
強くなるために利用できるのだから手を組む、それこそがネトゲらしい関係性だと思っていた。
けど、俺が一緒にプレイしていたのはモニターの向こうの誰かではなかった。
同じ世界に降り立った、名前のある隣人だった。
ゲームだからと他人を蔑ろにして、自分の利益のためだけに生き続けることなど、本来するべきじゃなかったんだ。
結局、俺はネトゲを遊びだと思い込みすぎていたんだろう。
◆ ◆ ◆
そろそろ俺たちのPTについての話をしようと思う。
ハッキリ言ってしまえば、俺はあのPTに対して執着心を一切もっていなかった。
確かに長い間一緒に組んでいたから連携は取りやすかったが、それだけだ。
同じように動ける連中なんてクラン内にはゴロゴロいたから、こだわる理由は何一つとしてない。
そんな風に思っていたからこそ、彼女に投げかけられた言葉は当時の俺にとっては全く何の意味もなしていなかったのだろう。
明確にmoniに対して苛立ちを感じたのは、正式サービス開始直後のことだったと思う。
そのときは経験値増加イベントが開催されていたから、全員で休みをとってガッツリ育成をする予定を立てていた。
しかし、初日にmoniがこんなことを言い出した。
『すいません、急に職場から連絡があって、やっぱり何日か出てほしいそうなんです。なので毎日はちょっと……』
『そりゃ困ったね。まあ仕事ならそういうこともあるし、仕方ないかな』
『あーあるよねぇ、休み取っていいよって言われてたのになんか直前でやっぱ無理! とか言ってくるの!』
『まじか……ったくこれだから仕事ってのはクソなんだ……ネトゲは遊びじゃねえんだよ』
『……ほんと、すみません』
『まあいい。無理なもんをどうこうしようとする方が時間の無駄だしな』
『moniもそんな気にしないでいいから、ね? 他のプレイヤーだって全員が全員休み取ってガンガンレベリングする訳じゃないんだから、少し休み取れなかったくらいじゃ差は縮まらないよ』
『もうかなり後続に対して差をつけてんだからねー。問題なっしんだよー』
『……はい、そうですね。ありがとうございます』
『とにかく休みが取れてないんなら一秒だって時間を無駄にできない。さっさと始めるぞ』
その後もたびたび、moniはリアルの都合を理由にゲームを休む日があった。
本当に仕方なかったのだろうが、けれども仕事をしているわけじゃない俺には理解の出来ない感覚だ。
あるときには、狩りに行こうともせず呑気にだらだらと喋っている姿を見かけることもあった。
会話するなとは言わないが、喋るぐらいなら狩りしながらでも出来るんだから貴重な時間を無駄にせず身体を動かせよと思う。
別のあるときには、俺に対して全く見当違いの声を上げることもあった。
「また真髄を出したんですか、最近私は見てないんですよね。A4さんの運が羨ましいです」
何を言っているんだ。俺はお前がリアルに傾倒している間、何倍もの時間狩りをしているんだ。
運なんて関係ない。単純に狩っている数が違うだけだっつうの。
そんな事もわからんのか。
一つ一つは本当に小さなものばかりだったが、不満はじわじわと確実に積み重なっていった。
Agoraでのクラン叩きを境に、moniはますますやる気を無くしていったように思える。
やることはやっているが、以前のようにキャラの強化に必死になることがなくなっていた。
まるでそうすることが悪いことであるかのように、あるいは適度に手を抜いて誰かの機嫌をとっているみたいに。
そんな彼女の姿を見た俺は、いよいよ諦めを持ち始めた。
実力自体はあるからクランから除名することは無いにしても、もしも次に決定的な何かがあれば、これ以上一緒にPTを組み続けることは出来ないだろうと思った。
しかし、期待していた決定的な何かは結局訪れなかった。
だからこそ、結末は最悪のものになった。
ある日のこと、Agoraのグループチャットにこんな書き込みがあった。
――仕事で長期の海外出張決まっちゃって来月からインできなくなる! 急でごめんねみんな!
突然のカズーの休止宣言。
海外出張でインできない? ふざけるな。
残されるこっちの身にもなってみろよ。
全く、これだから仕事なんてのはクソなんだ。
ネトゲを何だと思ってるんだ。
結局、真面目に取り組んでるのは俺とラフだけだったってことかよ。
この報告を受けて、PTをどうするのか話し合うことになった。
といっても、俺の中ではほとんど結論は出ていたんだが。
『カズーが休止しちゃうとタンク補充しなきゃだよね。どうする?』
『どうするも何も、解散でいいだろ。ほとんど活動だってクラン単位なんだし。無理にこのPTを維持する必要性はない』
『私はできれば……いえ、A4さんの言うとおりですね。無理する必要はないかと』
『うーん、そうなんだけどね。ボクとしては二人と一緒にプレイしたいけどなあ』
『同じクランなんだからいつでも一緒にプレイできるだろ』
『それもそっか。moniもそれで大丈夫?』
『……私ですか? さきほども言ったとおりA4さんの意見に賛成ですが……』
最近のこいつはどうしてこうなんだろうか。
出会った頃はこんな風じゃなかった。
何かと俺に突っかかってきては文句を言い、揚げ足を取り、ハッキリ言って少しムカつく奴だった。
けれどそれでも、誰に流されること無く、自分の考えをしっかりと言ってくれていたから付き合いやすい、いい奴だと思っていたんだ。
だが今のmoniは、俺に突っかかってこないし、自分の意見もまともに主張しない。多少口に出したところで、俺が否定すればすぐに引っ込めてしまう。
弱々しいやつにすっかり様変わりしてしまった。
そんな彼女の様子も、俺を苛立たせる要因だったのだろう。
『あのさ、言いたいことがあるならハッキリ言えよ』
積もり積もった不満が、いまここにきて爆発してしまった。
『えっ』
口に出してしまえばもう止まらない。
ずっと感じ続けてきたPTメンバーに対する不満を、俺はぶちまけていた。
『お前が何を言おうと、PTを解散するって決定が覆ることはない。だけどな、そうやって何かを言いたいような素振りを見せといて何も言わないっていうのは俺がイライラしてくるんだよ。それとも何か? お前は俺をイラつかせるのが楽しいだけなのか?』
『いえ、別にそういうわけでは……』
『そもそもカズーのことがなくたって、俺はこのPTを解散するつもりだったんだよ。なんでかわかるか? お前がやる気ないからだよ。たかだか魔法職を極めたくらいで満足してダラダラくっちゃべって、他のポジションに手を伸ばそうともしない。リアルで何をしてるのか知らんがしょっちゅうサボる。挙句の果てに人が必死に時間かけてレアを出してんのにそれを"運がいい"呼ばわりだ。人をバカにすんのも大概にしろよな』
『それは……でも、私にだって都合はありますし、クランでするべきことはちゃんとしてますし……』
『するべきことをすんのは当たり前だろ。クランに貢献してないやつをどうしてクランに置いておくんだよ』
『……』
『出会った頃のお前はもっと気合があった。この世界で強くなってやろうっていう気持ちをひしひしと感じた。女にしちゃ珍しく自分の意思で動ける、信用できるやつだとも思った。だからこそ俺たちはPTを組んだんだし、なんだかんだでここまでやってこれたんだろうよ。でもお前はそんな俺の期待を裏切った。慢心したのか何なのか知らんが、いつの間にやら強くなろうっていう気概が感じられなくなった。そんなやつとこれから先も一緒にやってけると思うか? 無理だろ』
『A4……言いたいことは分かるけどちょっと言いすぎなんじゃあ……』
『ラフは最近のこいつをみて何とも思わないのかよ。そっちのほうがよっぽどどうかしてるぜ。お前本当に感情あるのか?』
こんなのはただの八つ当たりだ。
それくらい俺にだって分かってる。
だが、それでも言わずにはいられなかった。
ずっと組んでいたからこそ、同じ目標をもっていたはずの仲間だったからこそ、怒りの気持ちが止まらなかったのだ。
『こんだけ言っても何も言い返さないならもういい。PTは解散。それで終わりだ』
だんまりを決め込む彼女にため息を付き、PTを脱退しようとシステムの操作を始める。
ふとそのとき、PT名に目がいってしまう。
――A4と愉快な仲間たち
相変わらずふざけたPT名だと思う。何が愉快な仲間たちだ。
こんな腑抜けた奴ら、愉快でもなんでもない。
ただの不愉快な連中だ。
苛立ちを隠しきれず、しかしこれ以上無駄なことに感情を揺さぶられるのは効率が悪いと考え、頭を振って気持ちをリセットする。
そして脱退操作をしようとした直前、moniが口を開いた。
『私は……私は、このパーティでプレイするのが楽しかったです。確かに今の私はA4さんから見れば腑抜けてしまったように見えるのでしょう。それは否定しません。けれど、私にとってそれは良い変化だと思っているんです。
このゲームを始めた頃は、純粋に強くなるつもりでいました。それはキャラクター的な意味で、です。強くなって、色んな人に認められれば自分に自信がつく。そうすればきっともっと楽しくなるだろうって、だから私はただひたすら強くなりたかった。そのためにこのパーティを利用してやろうって、A4とかいうなんだかとってもムカつく人が居るけど、利用できるならそれでいいって』
いまさらmoniの言葉なんて聞くつもりはなかった。
けれどその声音には不思議と俺を黙らせる迫力があって、操作も忘れてついつい聞き入ってしまっていた。
『でも、一緒にプレイしていくうちに、居心地の良さを感じるようになっていったんです。obt最終日なんて、もう本当に楽しくって。ああいうのを一体感というんでしょうか。皆が一つになって同じ目標に向かって頑張る。私もそのメンバーの一人として、皆の役に立てる。ああ、この世界に来てよかったなあって思いました。
正式サービスが始まってからも、その気持ちは変わりませんでした。あの戦いのときのように、また皆の役に立てるようにもっと頑張ろうって、強くなろうって一層思うようにさえなりました。
だからあの時……他のプレイヤーの皆さんにGLHFが叩かれた時、私はとても腹が立ってしまったんです。確かにGLHFのやり方は少しまずかったかもしれない……もうちょっといいやり方があったかもしれない。だけど私達は一生懸命強くなるためにずっと努力し続けてきた。その努力を無視するような言い様に我慢し続けることが出来なかったんです』
今更言い訳をしたところで仕方ないだろう。
もう皆忘れてる話だ。
蒸し返す必要なんて無い。
『それでAgoraに書き込んでしまって、GLHFの皆さんには迷惑をかけて……申し訳なくて一ヶ月間ログインできなくなりました。
けれど誰ひとりとして私のことを責めることもなく、復帰しても以前と変わりなく接してくれて。
その時私は気づいてしまったんです。
誰かに認めてもらうためだけに、必死になる必要なんて無いんだって。
私に本当に必要だったのは強さなんかじゃなくて、私が私自身のことを認めてあげることだったんだって。
結局、私はただ自信がなくて、誰かと仲良くなるにはその人にとっての価値を示さなきゃって思い込んでただけなんです。
人と人が仲良くなるのに利害関係なんて関係ないのに、ほんとバカですよね。
だから私は、強くなろうとするのをやめたんです。
もちろんゲームですから、楽しめる程度には頑張っていたつもりです。
でも必死になりすぎて楽しめなくなってしまっては意味がないんです。
私にとってもう、ゲームは私に自信をつけるための道具なんかじゃない。
ほんとうの意味で、ゲームが遊びになったんです』
ラフも何も言わず、ただ黙って彼女の独白を聞いている。
その時の俺には、ハッキリ言って全く意味のわからないセリフだった。
言葉の意味はわかる。けれどそれらが、どうやっても繋がらない。
『A4さんにとって、ゲームとは一体なんなのでしょうか? どうしてA4さんはそこまで強さにこだわるのでしょうか? 私のようにもし何か理由があるのなら……いえ、これはさすがに踏み込みすぎでしたね。すみません。
けれどこれだけは言っておきたいです。A4さんにとって私は画面の向こうにいる誰かでしかありませんでしたか? それとも、moniという一人の人間でしたか?』
どういう意味だ?
その二つに、一体何の違いがあるっていうんだ?
答えることも出来ずにいると、moniは答えなど要らないとでも言うように、別の話題を切り出した。
『私は今日をもってこのゲームを引退したいと思います。パーティを解散するのでしたら、もうこれ以上プレイしていても辛いことが増えてしまうだけな気がしますから。
やっぱり好きなゲームの思い出は、いい思い出で締めくくりたいです。
……ゲームクリア、ですね。今までありがとうございました』
そう言って、俺たちの返事も待たないままにmoniはPTを脱退していった。
しばらくして、彼女の名前がクランのメンバーリストから消えたのを確認した。
フレンドリストのmoniの名前がグレーから白になることは、それ以降一度たりともなかった。




