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3-2. どこまでが打算だったのか。いつから歪んでしまっていたのか。

 喉元過ぎれば熱さを忘れる。

 人の噂も七十五日。


 どんな悪評も、時が流れればいずれ嘘のように忘れ去られるものだ。

 そして悪印象が薄れ、残してきた結果だけが見られるようになった時に人々がどういう振る舞いをするようになるのか?


 答えは簡単。

 擦り寄りだ。


 俺たちが今まで手に入れてきた力を求めて、有象無象はあの手この手で媚を売り始める。

 散々人を貶めようとした挙げ句、最後には手のひらを返しゴマをすり始める。

 なんと図々しいことか。


 結局、誰もかれも自分のことが一番大切で、自分が利益を得られるなら何でもいいんだ。


 周りに合わせて石を投げつけたほうが自分が傷つかずに済むならそうするし、誰もがその功績を讃えているのならその流れに乗り、あわよくばおこぼれを貰おうと必死に褒めちぎる。


 結局、誰一人として貫くべき自分自身をもっていない。


 誰にも流されず、折れず曲がらぬ信念を持ち続けられるような傑物なら、はじめからこんな場所に来るわけがないんだ。




 ◆ ◆ ◆




 ある日、少し暇ができて街でぼんやりとしていた俺の目の前に一人のプレイヤーが現れた。


「あの、すみません……ちょっといいですか……?」

「はい?」


 少しばかり気の弱そうなその女は、まだこのゲームを始めて間もなかったのだろう。見るからに弱そうな装備で、しかも見た目装備もまともに設定していない。

 女プレイヤーらしく胸は強調されているものの、顔はそこまで綺麗というわけではない。せいぜいクラスで7番目くらいに可愛い女の子ってところだろう。

 要するに普通ってことだ。


 経験上、こんな風に話しかけてくる初心者プレイヤーってのは結構な確率で何かしら地雷要素をもっている。女なら尚更だ。

 しかしその時の俺はよっぽど暇だったらしく、そいつに付き合ってやることにした。


 結論から言ってしまえばそいつは予想通り地雷だったわけだが、しかし今の俺に影響を与えた事件の一つだったことには違いない。

 面倒臭がらずにきちんと語ろうと思う。


「実はつい先日このゲームを始めたばっかりなんですけど、うまくコツが掴めなくって。色々調べてみたら同じくらいのレベルの人と組んでやるのがいいって書いてあったので、私と同じくらいのレベルの人を探してたんですが……」

「ああ、なるほど」


 どうやら彼女は俺の見た目が彼女と同じように布の服だったから、初心者プレイヤーだと勘違いしたらしい。

 フォーカスを合わせた時に表示されるクランのロゴを見れば俺が上級者ってことくらい分かりそうなもんだが、本当に初心者ならそれも難しいか。

 そう考えた俺は、丁寧に自分のレベルが高いことを説明してやった。


「申し訳ないけど俺は君とはレベルがだいぶ離れている。見た目は初期のままだけど、これはそういう設定にしているだけだから別に初心者ってわけじゃないん、ですよ」

「あっ、それはすみません、そういう方もいるんですね」


 言葉通り彼女は本当に申し訳なさそうな素振りをみせていた。

 振り返ってみれば間違いなくアレは演技だったわけだが、その時はすっかり騙されていた。

 演技がうまい女ってのは本当に恐ろしいもんだ。


「まあでも、今はちょうど暇してたんで少しくらいアドバイスするのは構わないですよ」

「えっ! 本当ですか!!」


 先程までの落胆した様子から一転、彼女を本当に嬉しそうにしている。

 完全に気まぐれでアドバイスをするなんて言ってしまったわけだが、これこそが俺の最初の過ちだった。

 いや、しかしその時の俺は彼女のことを悪いやつじゃなさそうだと評価していたのだから、もうすでに彼女の手のひらの上で踊らされていたってことになるな。


 彼女は弓系のビルドで進むつもりらしく、今は1次クラスでスナイパーをやっているのだと言っていた。

 wikiにしっかり目を通していることは会話をしていてすぐわかったが、しかしどうしても弓特有の狙いをつける動作に慣れることができず、攻撃をよく外してしまうのが悩みらしい。


 その頃には俺もアビリティ取得のためにある程度弓職も経験していたから、練習に付き合いながらレクチャーすることにした。

 まずは基本的な仕様のおさらいして、彼女の理解度を確認する。

 そして一番単純なテクニックとして、最大射程よりも近い距離で攻撃したほうが当てやすいことを教えた。

 遠距離攻撃の利点を活かすなら最大射程から安全に撃ちたくなるだろうが、その場合の命中率はかなり下がってしまうからアビリティなどが揃ってシステムによる弾道のブレを抑制できるようにならないと難しい。


 また、通常攻撃よりもスキル使用時のほうが弾道のブレ幅は小さくなる上、当たり判定もスキルのほうが広く取られているから基本的にはスキル主体で戦ったほうがいいことも教えた。

 ソロだとSP管理が大変だろうが、そこは安く出回っている回復剤を飲むなりすればいい。


 最後のダメ押しとして、いつだったかのアップデートで追加実装された初心者アーチャー救済用装備をタダで上げることにした。

 自分で練習するのに入手した品だったが、もう不要だし、そもそもクエさえやってしまえば誰でも入手可能なとても安い装備だったから別にいいと思ったのだ。


 だが、どんな安いものでも乞食プレイヤーにその味を覚えさせてはいけない。

 そんな簡単な原則さえ忘れていた俺は、それからしばらくの間彼女に付きまとわれることになる。


「今日は本当にありがとうございました! おかげでなんとかなりそうですっ。あの、もしよかったらフレンド登録していただけませんか? まだフレンド一人もいなくって、相談できる先輩がいると嬉しいなって……」

「まあそれくらいならいいですよ。俺もいつも暇ってわけじゃない、ですけど」

「ありがとうございます! あと、先輩のほうがレベル高いんですから無理に丁寧な口調にしなくてもいいですよ! その方が私も気が楽ですし」


 この時点で俺はもう、彼女を疑う気持ちを一切捨てきってしまっていた。

 フレンド登録を申し出るまでの流れも本当に自然だったし、徐々に近づいてくるも決して近づきすぎない彼女のこの絶妙な距離感のとり方が、人付き合いの下手な俺にはかなり効果的だったからだ。



 それから一週間くらい経った日のことだった。

 あの女――名前をレイニーレミィという――が再び俺の前に現れた。

 名目はこうだ。


「この前出した真髄が高く売れたので装備を新しくしたいんですけど、どういうのにすればいいでしょうか?」


 この言い回しは本当にうますぎる。

 なぜならこれを聞いた人は必ず、ああこの子は自分で買う気がちゃんとあるし、お金もしっかり準備してるんだな、と思うからだ。

 そして上級者の(さが)として、自分に頼ってくれる初心者にはどうしたって甘くなってしまう。

 その態度が変に媚びるわけでなく、純粋な尊敬を見せるようなものであれば尚更だ。


 俺は彼女に予算を尋ね、一つ一つの候補を真剣に精査していく。

 一応言っておくが、レイニーレミィが女だから熱心に相談に乗っていたわけじゃない。

 単に真剣にゲームを楽しんでいるプレイヤーを応援したいという気持ちがあったからだ。

 俺たちほど頑張っているとは思わないが、しかしレベルの上がり具合やプレイ時間を考えるに充分自分なりに努力している様子は見て取れた。

 それに応えようとするのは何もおかしなことじゃないだろう。


 彼女にいくつか案を提示して、それぞれの長所や短所を伝えていく。

 そして、もし揃える気があるなら知り合いの商店に頼めば少しは安くしてもらえるかもしれないとも言っておく。

 すると彼女は嬉しそうに、


「本当ですか! 私生産系のプレイヤーさんとも仲良くなりたいなって思ってたんですよ!」


 と尻尾を振り始めた。

 その純粋そうな笑顔の裏に、あんな恐ろしい感情が住み着いていたとは、本当にその時は全く想像もできなかった。


「A4さんが女の子を連れ回しとる!? こりゃ鯖が落ちる前触れかいな」


 うかの店に彼女を連れて行くと、相変わらずのテンションでひどいセリフが飛んできた。

 確かに珍しいかもしれないが……そこまででもないだろう。

 俺だってクランの新入りに指導することもあるんだ。

 クラン外の初心者プレイヤーにかまう日が来たって別にいいだろう。


「ふーん、その子の装備を揃えたいんやな。んで買うものの候補は決まってるっと……あぁ、これなら在庫あるからすぐ販売できるで」

「なら頼む。常連価格で安くしてくれ」

「ははは、買うのはA4さんやないやろ? お嬢さんがこれから常連になってくれるんやったら別やけどなー」

「なりますなりますっ! 私、レイニーレミィっていいます。気軽にレミィって呼んでくださいっ」

「ほー、A4さんが連れてくる子にしては随分素直そうな子やなぁ。うちはうか。一応ヤオヨロズ商会っちゅうクランで会長やってますー。今後ともご贔屓にな」

「ヤオヨロズ商会……」

「せやせや。にしてもこの装備かー。それやったらちょいとばかし値は張りますがこっちのほうが長く使えて汎用性も高いしええんちゃいます?」


 そう言ってうかが提示してきた弓は、プレイヤーメイドで品質もそれなりに高く、既に真髄が刺さっている良品だった。

 中古なので性能の割には価格が安く、次いつ似たような品を同じ値段で買えるとも限らないから即決で買ってしまいたいレベルだが、残念なことに予算からは少しばかり足が出てしまっている。


「うわぁ、この弓すごく良さそうですね! あ、でもちょっとお金足りないかな……うーん、それならもう少し狩りをして稼いでから装備更新しようかな……?」


 レミィもその弓をみて、随分気に入ったようだ。

 うかに頼めば少しくらいは取り置きしてもらえるかもしれないが、しかしその手を使えるほど彼女はまだうかからの信用を勝ち取っているわけではない。

 ならどうするか。


 幸い、足りないのはせいぜい2Mってところ。この金額は今の俺からすればはした金に過ぎない。

 全額出す気はサラサラないが、8割は彼女が出すんだ。

 たまにはこういうのもいいだろう。


「うか、足りない分は俺が出すからそれ売ってくれ。レミィもそれでいいよな?」

「よっ太っ腹ぁ」

「えっ、そんな申し訳ないですよ!! 足りない分って……2Mですよ!? 嬉しいですけど……」

「たったの2Mだ。今後も頑張れよってことで」

「でも……じゃ、じゃあ借りたってことでどうですか!? さすがに貰っちゃうのは悪いです……」

「まあレミィがそこまで言うならそういうことにしといてやるよ。返済期限無しの無利子な」


 全く、この時の俺は何をかっこつけてるんだ?

 こんなの完全に女にいいとこ見せたいだけのつまんねーやつじゃねえか。

 散々効率重視とか言っておきながら、効率の何の足しにもならない、それどころかマイナスでしかないことをしてるなんてな。


 ……いや、もしかしたらこの時の俺はまだ、誰かを信じたかったのかもしれない。誰かに期待していたのかもしれない。

 あるいはこの時俺の周りで起きていたことについて後ろめたさを心の片隅で感じていて、それを紛らわすために善人ぶっていたのかもしれない。

 なんて滑稽で無様な男なんだ。


 心情がどうであったにせよ、俺がとった選択肢が間違いだったことには変わりない。

 これ以降、味をしめたレミィはどんどん俺に接近してくることになる。


 最初はせいぜい週に一回程度相談を持ちかけられる程度だったのが、三日に一度、二日に一度と次第にその頻度を増していき、気づけば毎日のように声をかけられるようになっていた。


 彼女は時折、ボソリと欲しいものをつぶやくようになった。

 それは傍から見れば本当に会話のきっかけ程度にしかならない、ささいな呟きばかりだった。

 俺もそんなふうに軽く考えていたからこそ、彼女が呟いたアイテムが倉庫に転がっていた時、ついつい安く譲ったり、タダであげてしまっていたのかもしれない。


 一つ一つは安くても、全て合計すれば馬鹿にできない金額を俺は気付かないうちにあいつに貢いでしまっていた。

 本当に巧妙な手を使うやつだと思う。



 だが、そんなものは些細な問題でしかなかった。



 ある日、日課のボス狩りから帰ってきて消耗品の補充をしていたときのことだ。


 レイニーレミィが俺の横に立っていた。

 いつからそうしていたのかはわからない。

 彼女は俺が気がつくまで、隣でニコニコとしながら突っ立っていたんだ。


 無言でだぞ?


 俺はそのときゾッとしたね。


 確かにフレンド機能を使えばどのマップに居るのかくらいは分かる。

 だがそれだけだ。

 詳細な座標までは表示されないから、フレンド欄を一瞬開いただけじゃ俺の居場所を特定するのは困難なはずだ。


 それでもこいつが俺の場所を特定できたのはなぜか?

 答えは簡単だ。

 おそらくレイニーレミィは、フレンド欄をずっと見ていたんだ。


 俺がいつどこに居るのか監視し続け、行動パターンを把握する。

 普段ボス狩りをしていることはいつだったかに喋ってしまった気がするから、それも手がかりになってしまったのだろう。

 俺が短時間いた遠くのフィールドから街に戻ってきたという状況から、俺が何をしているのか予想した。

そういうことだ。


 正直、ただの乞食プレイヤーだったならよかった。

 縁を切って、それから気が緩み過ぎだと自分を叱るだけの話になっただろう。

 奪われた金銭と時間は、いい勉強料になったと割り切ればいい。


 だがレイニーレミィはそうじゃない。

 乞食でありつつも、だがその正体は得体の知れない不気味なストーカープレイヤーだったわけだ。


 当然速攻でフレンド登録を解除したわけだが、同じゲームをやっている以上いつまた出会うかもわからない。

 それどころかAgoraなどで有る事無い事言いふらされる可能性すらある。


 幸い、そこまでのことはやってこなかったし、あのあとレイニーレミィを見ることは二度となかったわけだが……。

 間違いなくモヤモヤの残るこの事件をキッカケに、俺はあらゆる人を信じなくなったように思う。


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