表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ガチ勢乙。ネトゲは遊びじゃねえんだよ  作者: にしだ、やと。
Ep2. あの日見たガチ勢の名を僕達はまだ知らない
41/50

2-18. ただのモブから、主人公へ

 ああ、楽しいな。


 オークキングがあの特大魔法――【予測眼】アビリティによると【アースクエイク】というらしい――を放った直後、レイドパーティが半壊した。

 それまで余裕を見せながら戦い続けていたこのパーティが、だ。


 今頃配信を見ている連中たちは「もうおしまいだ」とか、「無理ゲーだろ」とか言ってるんだろうが、自分たちが戦ってるわけじゃないのに何勝手に諦めてるんだっての。


 だってたった一撃で半壊させられたし、だって?

 何寝ぼけたこと言ってやがる。

 たかが半壊しただけだろう?


 確かに前衛の中で立っているのは俺くらいなもんだが、パーティの要であるヒーラーはきちんと生き残っている。

 蘇生さえ可能ならどんな状況からだって巻き返せるんだ。

 全滅さえしなけりゃ、俺たちは決して負けになんてならない。


 無敵スキル前提とかバランスおかしい、だって?

 おいおい、まだ寝ぼけてんのか?

 無敵スキルが当たり前のように有るのに、無敵スキルなしでも勝てる世界なんてヌルゲーすぎるだろ。

 最初から最後まですべての攻撃が無敵前提なら文句の一つも言ってやりたいが、本当に必要なのはファイナルストライクだけ、だろ?

 初見の俺たちでも半壊で済んだんだ。

 種さえ割れちまえば無傷でやり過ごすことだって出来る。

 ほら、きちんとゲームとして成立してるだろ?


 それに、これくらいやってくれなきゃせっかくレイドを組んできた甲斐がないってもんだ。

 取り巻き召喚なんていうくだらんことをしてきたときには退屈なボス設計だと乙の開発を叩きたくなったもんだが、あの大技を見てすっかりそんな気持ちはどっかにいっちまった。


 やっぱりゲームってのはこうじゃなきゃいけない。

 限界まで努力してなお、ギリギリの勝負が楽しめる。

 だから俺たちはこの世界にのめり込むんだ。


 くっそ退屈なレベリングを超えた先にあるこの光景を見たいからこそ、俺たちはがむしゃらに英雄を目指せるんだ。


 ああ、本当に楽しいよ。

 俺は今、この世界で一番このゲームを楽しんでいるプレイヤーだと自負できる。

 タンクが死んで前衛が俺一人になった今、このレイドの勝敗の鍵を握っているのはこの俺なんだ。


 タンクのカズーでもない、ヒーラーのラフでもない、火力のmoniでもないしあのレイドリーダーのチャックでもない。

 このレイドじゃあ特に目立つこともなかったこの俺が、ただのモブでしかなかったこの俺が、今ここに来てようやく舞台の花形になれるんだ。


 これでワクワクできないんなら、そいつはゲーマーを名乗る資格なんてないね。


 さて、いっちょやってやろうか。

 ここから先は俺が主人公だ。


 きっちり前線を支えきって、フィナーレまで番組を盛り上げてやろうじゃないか。



 ◆ ◆ ◆



 まずはヘイトスキルを全力で当て、オークキングのタゲをきっちりと引き受ける。

 さっきまで火力陣がずっと全力で攻撃していたもんだからタゲを取るのは厳しいかと思ったが、【アースクエイク】の長詠唱が幸いしたらしい。

 時間経過によるヘイト値の減少であっさりタゲを奪うことに成功した。


 さあ、あとは立て直しが完了するまで踊るだけ。

 本来タンクとして立ち回るなら盾で攻撃を受け止め、回復をヒーラーに任せたほうが安定するのだが、今この状況においてはそれは得策じゃない。

 ヒーラーには全体の立て直しに専念してほしいから、ここはリスクを承知で積極的に回避を狙っていくつもりだ。


 もちろん何の勝算もなくこんな選択をするわけじゃない。

 戦闘が始まってから15分だか20分だか知らないが、それだけの時間やりあっていれば動きくらい大体覚えられる。

 リーチは長いし当たり判定もくっそ広いみたいだが、しかしモーションさえしっかり見極め続けることが出来れば、ほとんどの攻撃は回避可能なはずだ。


 俺なら出来る。俺なら集中力を切らさず最後まで生き残ることが出来る。

 自分に言い聞かせ、全神経を目の前の敵に集中させる。


 まずは突き攻撃。

 斜め上空から降ってくる鋭い一撃だが、攻撃範囲は最も狭い。

 さっと二度サイドステップし、難なく回避する。


 続けて畳み掛けるように槍が上空に持ち上げられ、今度は叩きつけるように振り下ろされようとしている。

 この攻撃は追加効果の小範囲地面振動が厄介だ。

 うっかり範囲内に入ってしまうとダメージこそ無いものの、一時的に移動不可デバフをもらってしまう可能性が高い。

 直接受け止めれば追加効果は発生しないからあえて受けてもいいところだが、まだ充分回避し続けるだけの余裕はある。

 ここは一気に距離を詰めて足元へ飛び込むのが最善だ。


 一瞬で判断し、バーバリアンスキルの【パウンシング】をオークキングめがけて発動。スキルモーションに導かれた俺の身体が高速で飛び出していく。

 直後、先程まで俺が立っていた場所に猛烈な勢いで槍が振り下ろされた。

 物凄い音が後方から届くのを感じたが、しかし届いたのは音のみ。その音を生み出した衝撃が俺の元に届くことは決して無い。


 当然この程度でのことで安心はしていられない。

 たった二発攻撃を回避しただけだ。

 しかも今立っている位置はオークキングの足元。この条件で繰り出される攻撃は唯一つ。槍ではなく、巨大な足による踏みつけ攻撃だ。


 ……まずい。


 さっきの攻撃を躱すだけならあれが最善の手だったかもしれないが、実際はこの行動のことを全く考慮に入れてない、最悪の手だった。

 こんな初歩的なミスをいきなりやってしまうとは……いや、今は後悔している場合じゃない。落ち着いて対応を考えないと。


【パウンシング】のスキルディレイは5秒。その間俺は何一つスキルを発動できないが、5秒という時間はオークキングがその右足で俺を踏みつけるのにはいささか長過ぎる。

 かといって今から全力疾走したところで、射程圏内から逃れられそうにない。

 無理に逃げようとすれば、被弾時に体勢を崩してしまってそこから更にダメージを食らってしまうことになる。

 ここはおとなしく受けに回るべきだろうか?


 足元に立つ俺のことを忌々しそうに睨みつけたボスは、その巨体に相応しい特大の右足を持ち上げる。


 もう受けるしかないと覚悟し、素直に盾を構え、来たるべく衝撃に備える。

 現実世界で踏みつけられたら即死ものだっただろうが、幸いこれはゲームの話だ。ちょっとダメージ量が大きい程度でしか無い。

 ポーションでは回復が追いつかないかもしれないが、二発食らうよりは盾で一発食らったほうがマシだろう。


 そう思いながら待ち構えるが、しかしそんな俺の決意は無駄に終わった。

 突如として目の前の地面から巨大な氷の柱が生えだし、襲いかかるオークキングの右足をピタリと止めてしまったのだ。

 これは……クリオマンサーの【アイスピラー】か?


 一体誰がと気になったが、しかしそれを確認している時間はない。

 オークキングが攻撃をやめ足をおろしていくのを確認し、すぐさまその場を離脱する。

 それよりも次の攻撃だ。

 過ぎたことを気にしている余裕があるなら目の前のことに集中して確実に回避できるようにしたほうがいい。 


『全く、随分危ない橋を一人で渡ってるみたいですね。まあおかげでレイドは立て直しに専念できてるんですけど。次また同じように助けられるかわからないんですから、今度はしっかり避けきってくださいね。ヒーラーの皆さんもあなたなんて構ってる暇ないんですからね』


 次の攻撃に備えて気を引き締め直していると、念話が脳内に響いてきた。

 この憎まれ口の叩き方、この声音。そして何よりあの土壇場のタイミングで普段全く使わないスキルを発動するそのセンス。

 誰がなんと言おうと間違えようがない俺のパーティメンバー。moniだ。


『なんとなくお前な気がしたが本当にそうだったか。助かった。次はもう必要ない。大丈夫だ』


 こんな窮地でもいつもと変わらない彼女の態度を確認して、俺はなんだか悪くない気分になっていた。

 あいつも、他のメンバーたちも、俺と同じようにたかが半壊程度で心が折れた素振りなんて決して見せていない。

 ヒーラーたちは俺の行動の意図をしっかり汲み取って立て直しに専念してくれている。

 ならその期待にきっちり答えきらないといけないよな。


 きっと観衆も俺の大活躍に、絶望的な状況からの巻き返し劇に盛り上がり始めてる頃なんじゃないか?

 そう思うと自然と笑みがこぼれてくるってもんだ。

 オークキングとタイマンで踊るのも当然楽しいが、それ以上に今ここで注目を浴びているのがこの俺だという事実が俺を昂ぶらせてくれる。


 さあ、もっと舞台を盛り上げていこうじゃないか。




 俺とオークキングの攻防が始まってからもう何分が経っただろうか。

 システムの時間表示が目に入ってこないほど、俺の集中力は極限まで高まっていた。

 不用意に踏みつけ攻撃を誘発するようなミスはもう一回もおかしていない。

 振り下ろし、突き出し、薙ぎ払い。

 手を変え品を変え繰り出してくる敵の攻撃のことごとくを回避し、あるいはジャストタイミングでの【パリイング】を成功させ可能な限り被ダメージを抑え続ける。


 襲いかかる攻撃速度は次第に上昇している。

 どうやら【アースクエイク】発動以降のオークキングは本気モードになるらしい。時間が経てばたつほどに勢いが増し、それに伴い俺が攻撃を食らう頻度も増えていく。


 それでも、ここまできたならもう何発食らおうがどうだっていい話だ。

 どんなに奴の攻撃が早くなって、被弾量が無視できなくなってきても、俺の勝利が揺らぐことはないと、そう確信している。


 気づけば俺の残りHPはあと3割ほどにまで削れてしまっていた。

 ここからあと何分耐えられるのかと聞かれたら、あと1分も耐えられないと答えざるを得ないだろう。


 だが、あと1分も、だ。

 1分も時間を稼げるなら充分すぎる。


 あと1分もしないうちにレイドパーティは完全復活し、俺と交代したメインタンクがその圧倒的な硬さでもってオークキングの猛攻を凌ぎきり、そして後衛火力陣の全力攻撃でこの戦いはグランドフィナーレを迎えることになるだろう。


 最後の1分はそれまで過ごしてきたどんな5分間よりもずっと長く濃密なものだった。

 あらゆる攻撃がスローモーションに感じられ、まるで時の牢獄に囚われているんじゃないかと錯覚するほどだった。

 けれどそんな中でも、俺がやることは何一つとして変わらない。

 ただひたすらに集中し、攻撃を回避し続ける。

 それだけだ。


 実のところを言えば、本当にあと1分でパーティが完全復活するのかどうかハッキリと把握できているわけじゃなかった。

 そう信じることで自分を奮い立たせ、集中力を維持しようとしていた。ただそれだけだった。


 感覚が研ぎ澄まされ、緊張感が極限まで高まっていくほどに、俺の心は熱く燃えたぎっていく。

 頭はひどく冷静だ。

 だが、どうしたってその気持ちを押さえることはできなかった。

 ――ああ、やっぱり楽しい。


 オークキングの早すぎる攻撃を、圧倒的スローモーションの世界で見切っていく。

 まさしくアクションゲームの主人公がするように、一切無駄のない最小限の動きで回避する。

 今の俺ならどんな攻撃だって全てかわしきれそうだ。


 張り詰めた糸はいつ切れてもおかしくない。

 だからこそ、この極限の綱渡りは楽しいものになる。

 これこそが俺がこの世界に求めていた最高の遊び。最高の時間。

 今までどんなゲーム世界でも決して得られなかったモノ――。


 不意に、忌々しい記憶が蘇ってしまった。

 制約を無視して、バランスを無視して全てを蹂躙する圧倒的な勇者がいた世界。

 緊張感もなにもない。どんなボスだってあいつがいればそれで充分。ただのモブが主人公になることなんて万が一にもありえない。

 そんな退屈な世界の出来事がこの大事な局面でフラッシュバックして――俺の集中力は寸断を余儀なくされた。


 スローモーションだった世界が、一気に加速していく。


 突き出された槍が俺の腕をかすめる。

 ああ、食らっちまった。

 残りHP2割。あと2発で終わる。


 なぎ払いが俺の胴体を捉える。

 ああ、吹き飛ばされる。

 残りHP1割。あと1発でおしまいだ。


 立ち上がり、最後の瞬間に備える。

 これで本当におしまいだ。


 間に合ったのか、間に合わなかったのか。

 目の前しか見えていない俺にはわからないし、もはや周りのことを考えている余裕もなかった。

 ただひたすら、最後の1分を稼ぐことが出来たはずだと、自分自身を信じて祈ることしか今はもうできない。


 吹き飛ばされ生まれたそのスキをつくように、オークキングが追撃を放とうとしている。

 あのモーションは……投擲攻撃か。

 ただのAIの塊でしか無いはずのオークキングがまるで意思をもったかのように、俺を確実に仕留めるであろう高速遠距離攻撃を発動しようとしている。

 発動モーションを見てからの回避はほぼ不可能。

 体勢を崩された今なら尚更だ。


 もう充分に主役を演じきったと、俺は満足して共演者であるオークキングに対してニヤリと笑いかける。


 楽しい戦いだった、これで決着だ。


 その笑みの理由を悟ったのか、あるいは単に発動モーションが完了しただけなのか。ひどく現実味のあるタイミングでオークキングの右腕から巨大な槍が放たれた。



 そして、飛来する槍は俺の身体を貫こうとして――



「すまない、またせたな。あとは俺たちが引き受けよう」


 ガキンと金属がぶつかりあう音が目の前から響き渡り、勇ましい戦士の声が俺の耳に届いた。

 俺の身体を貫くはずだった槍はしかし、たった一枚の盾によってその勢いを完全に奪われてしまっていた。


 ほらな、これで決着だよ。


 俺は単に時間稼ぎをしていただけだ。

 お前とは違って、俺がお前を倒す必要はなかった。

 あとは俺の優秀な仲間たちが、俺に代わってお前を倒してくれる。

 確かに俺はこの舞台で踊っていたが、しかし踊らされていたのはお前唯一人……いや魔物だから一体か?


 とにかく、お疲れ様。


 そんな俺のモノローグが届いたのだろうか。

 オークキングの最期の咆哮が砦内に響き渡る。

 どこかその声音には悔しそうな感情がのっている気がして、だがそんなものはありえないと俺は頭を振ってくだらない考えを捨て去る。


 やがて再びmoniの【ブレイズトルネード】が炸裂し、オークキングは文字通り灰となった。


 こうして、俺たちは英雄になった。

[委員長メモ]


「名もなき英雄たちに拍手をっ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ