2-17. 圧倒的な大魔法
「例のアレ、5秒後にいきます!!」
moniの言葉を受けた魔法職たちは、それまで中心にしていた火属性魔法の展開をやめ、闇属性魔法に切り替えていく。
オークキングは地属性なので火属性魔法を使い続けたほうがdps的には圧倒的に優位なはずだ。
それにも関わらず、dps的な優位性を切り捨ててまで闇属性魔法を使う理由が、いや、むしろ火属性魔法を使ってはいけない理由が"例のアレ"とやらにはきっとあるのだろう。
『おおっとぉ!? 何やら後衛陣に動きがあるみたいです! 次々にパイロマンサースキルの使用を中断してソーサラーの魔法を繰り出していますが一体これは……いや、一人だけ違う動きをしている人がいるぞぉっ!? あの魔法陣の色は風属性魔法!?』
「【オキシフィラー】!!」
moniがその魔法を展開すると、ボスを中心としたエリアにぼんやりと青く光るようなエフェクトが漂い始めた。
しかしエフェクトに包まれたオークキングにダメージが入ることはなく、かといって何かデバフがついた様子もない。
委員長もこの魔法のことは知らないのか、はたまた盛り上げるための演技なのかはわからないが『失敗……?』などと呟き、観衆の緊張をあおっている。
そんなことを知ってか知らずか、moniは続けて詠唱を開始する。
『いえ、何やら続けて火属性の魔法を唱えています……! これは詠唱がだいぶ長いけど、大技がくるのかぁっ!?』
moniの足元に現れた赤い詠唱魔法陣に気がついた委員長はその大きさで発動しようとしているものが大魔法であることに気がついた。
だとしたらどうして何の効果もなさそうな風魔法を先に使ったのだろうか。一連の流れを見た観衆達の脳裏に疑問が浮かぶ。
それに、いくら大魔法を使うといっても他のプレイヤーの魔法の使用を制限する理由にはならない。
きっと何か意味が、そう例えばあの直前に使った【オキシフィラー】という魔法が関係してくるとか――。
「いきます……【ブレイズトルネード】ッ!!」
やがて詠唱が完了し、バフをふんだんに載せた特大魔法が放たれる。
moniがまさに魔法を打ちますよと言わんばかりに杖を振り下ろすと、オークキングの足元に今にも燃えそうなほどに赤く、そして一際大きな魔法陣が出現した。
誰もがその光景をみて息を呑んだ次の瞬間、魔法陣が爆ぜた。
――轟音と爆炎。
それはさながら立ち昇る龍が如く、巨人の全身を呑み込みながら、青く光っていた空間全てを呑み干すように激しく燃えさかっていた。
火柱などという表現は生ぬるい。荒れ狂うように龍が螺旋を描き、赤を超えて白く眩しく輝く炎は一つの竜巻となって破壊の限りを尽くしている。
一度巻き込まれれば並のモンスターは一瞬で灰と化し、強靭な肉体を持つ魔獣だったとしても肌は焼け焦げ肉は爛れ落ち、まともに立つことが困難になるだろう。
その異様さと熱気を感じてなお近付こうとする者がいるのなら、それは既に死んでいる亡者かあるいは死にゆかんとする愚か者かのどちらかでしかない。
誰の接近も許さず、そして中に閉じ込めた者を決して逃さない炎の檻。
それがmoniが新たに手にした力――マギカリドゥスの魔法だった。
『なっ、なっ、なんでしょうかっ今の魔法は!!! 生きるwikiとまで呼ばれた私でさえあんなスキルは知りませんよっ!! まさか私が知らないところで隠し要素が見つけられていたなんてーっ!! 悔しい! でもとっても嬉しい!』
【ブレイズトルネード】が生み出した炎は時間にすればほんの1秒未満で全て消え去ってしまったものの、見ていたものに与えたインパクトは絶大。
驚きのあまり委員長は一瞬実況を忘れているようだったし、委員長の目を通して今の光景を見ていた観衆たちもコメントすることをすっかり忘れてしまったようだった。
『見た目もド派手でしたが……叩き出しているダメージ量もやばいですっ!! えーっと使用者にもたった今確認しましたが、先程のスキルで与えたダメージはなんと230k!! ちなみに先程から他のスキルが大体10kから20kとかですから……なんと一撃でその10倍です!! やばいですねーこれは完全にバランスブレイカーです』
もちろん、いくらマギカリドゥスが隠しクラスで強力な魔法を持っていると言っても、何の準備もなく230kもの大ダメージを叩き出せるはずがない。
【オキシフィラー】の地形効果による火属性魔法ダメージ倍加を始めとした各種サポートが揃って初めて出来ることである。
しかしここまでやったにも関わらずオークキングは一向に倒れる気配を見せない。それどころか、HP減少による行動変化すらまだ引き起こせていないのだ。
観衆たちはここに来てようやく、ボス狩りがいかに大変なものなのかということを実感し始めた。
仮にここまでの攻防でHPを一割削れているとするなら、あと10度同じことをすれば倒すことは可能だ。
しかしそれを為すためには、ここまでの攻防と同じように致命的なミスを起こさないようにしつつ、やがてくるパターン変化にも完璧に対応しなければならない。
戦いが始まってからすでに2分ほどが経過している。
つまり単純に計算しても倒すまでにあと18分はかかるということだ。
それだけの長時間、果たして集中力が持つのだろうか。モニターの前でならいざしらず、視野の限られるフルダイブプレイで、だ。
それでも、そんなきつすぎる戦いを最後までやり遂げてしまうのがトッププレイヤーたちなのだ。
エリアボス討伐とは、彼らにこそ許された特権とも言えるだろう。
◆ ◆ ◆
戦いが始まってから早くも15分が経過していた。
レイドパーティは終始安定した立ち回りを見せ、順調にオークキングのHPを削っている。
途中で一度ボスが咆哮をし始め、直後ハイオークの群れが出現するという展開もあったが、即座にサブタンクが【フォースアトラクション】で群れのタゲを回収し、隔離することで事なきを得た。
1PTで戦っていた場合この取り巻き召喚で陣形が崩されていたかもしれないが、今は4PTで戦っているところだ。
この程度で窮地に陥るはずもなく、パターン変化がこれだけだったら拍子抜けだと委員長も実況してしまうほどだった。
『さぁ、戦況もいよいよ大詰め! 取り巻き召喚には拍子抜けしちゃいましたが、ダメージ的にはそろそろもう一回くらい特殊行動があってもおかしくない頃合いですね! このまま倒しちゃうのか、はたまたエリアボスとしての意地をオークキングが見せるのか……』
その言葉がフラグになってしまったのだろうか。
委員長が言い切るか言い切らないかというタイミングで、オークキングは突然ピタリと攻撃を止め、槍を真っ直ぐ地面に突き刺し、何やら瞑想のようなことをはじめた。
どういうことかと一瞬疑問を抱くレイドメンバーたちだったが、ボスの足元を見てすぐに状況を理解した。
そこに現れていたのは黄色の魔法陣。
このゲームでは地属性魔法の詠唱を意味するその紋様は、当然この戦いにおいては初めてみるものだ。
おそらくこれがオークキングが持っている最後の特殊行動。
その様子からいって、かなりの大魔法を準備していると思われる。
すぐさま号令がかかり、レイドパーティは防御陣形に移行する。
この戦闘中なんども繰り返してきた行動だ。
誰一人として迷うこと無く、あっという間に防御の準備が整う。
詠唱は想像以上に長く、ともすれば油断してしまいそうなほどに静かな時間が過ぎていった。
委員長も遠くから見守りながらも、まだ発動しないのか、実は不発していてもう安全なのではと思い始めている。
観衆はごくりと喉を鳴らし、長い詠唱から予想できる強力な魔法を見逃すまいとまばたきを必死に我慢し始めている。
レイドパーティのメンバーたちは長い沈黙に決して緊張を忘れること無く、詠唱が完了するその瞬間を見極めようとオークキングの姿を凝視し続けた。
そして、運命の砂時計はその砂を落としきり、光り輝く詠唱魔法陣は収束した。
「え……?」
実況用の念話を使うことすら忘れて、呆然とした委員長が呟いた。
委員長の目を通してその光景を見ていた全ての観衆も、おそらく同様のつぶやきを残していることだろう。
純粋な疑問。
目の前で起こったことが理解できず、あるいは理解しても受け入れられないがゆえに生まれる呟き。
――意味がわからない
――バグか?
――ありえない
――嘘だろ?
――初見殺しってレベルじゃない
――無理ゲー乙
混乱からさめてもなお、観衆は口々にこのようなことを呟いている。
それほどまでに、状況は不可解。
いや、むしろ単純明快なのかもしれない。
なぜなら、起こったことは至ってシンプルなただ一つの出来事だと、全員が理解しているからだ。
――オークキングが特大魔法を放ち、レイドパーティが半壊した。
事実はただそれだけである。
より詳しく情景を描写するならばきっとこうなるだろう。
詠唱を完了させたオークキングは突き立てた槍を持ち上げ、再び地面に強く突き刺した。
するとそこから黄色く輝く魔法陣がどんどん膨れ上がっていき、やがて砦内を網羅するほどの巨大な魔法陣と化した。
その大きさも異様だったが、しかしそれは一瞬で魔法陣が刻まれた床を飲み込んで砕け散った。
範囲内の床という床が崩壊し、まるで荒れ狂う大蛇が地面を這いずり回ったかのような模様を描き出す。
その崩壊に巻き込まれたプレイヤーたちは容赦なく大ダメージを受け、そして次々に倒れていった。
しかしこんな描写など、事ここに至っては何の役にも立たない。
倒れずに残っているのは、無敵状態にあった【アニュス・デイ】上のプレイヤーたちと、ジャストタイミングで【スターグリッター】を成功させた唯一の剣士、A4だけだった。
つまり、圧倒的な耐久力を見せ続けた現在最強のタンクたちでさえオークキングが放った大魔法の前には紙切れ同然の耐久力しか持っていなかったというわけである。
そんな絶望的な状況で、情景描写など何の意味があるだろうか。
――無敵スキルがなきゃ確定敗北するボスなんて、初見じゃなくても無理ゲーだ
――これをクソゲーと呼ばないなら何をクソゲーと呼べばいいんだ
つい先程まで興奮のピークにいた観客達は一気に絶望に叩き落とされ、実況会場はすっかりお通夜ムードと化していた。
[委員長メモ]
「私は範囲外に逃げられたけど……もうおしまいだぁ」




