2-16. ゲームだからこそ勝てる戦い
オークウォリアーが徘徊する森を抜け、山岳地帯を超えるとそこには盆地が広がっている。盆地には集落が形成されており、いくつかの建物がそこかしこに見受けられる。
だがここには人間が暮らしているわけではない。
平原に、森に、山岳地帯にオークがいたように、この集落にも当然のようにオークの群れが住み着いていた。
それもオークの中では上位種族にあたるハイオークたちだ。
充分な実力があるプレイヤーから見ればとても美味しい狩場に見えるだろうが、しかし群れたハイオークは非常に強力だ。
適正レベルに毛が生えた程度の実力では、あっという間に地面とお友達になってしまうだろう。
そんな現状ではかなり高難易度な狩場といえる集落を、ピクニックでもするかのように軽々と進んでいく集団がいた。
彼らはハイオークたちなど眼中にないらしく、片手間に倒しながら真っ直ぐ群れの中を突っ切っていく。
向かう先にあるのは砦。
オーク村の中心にそびえ立つ、この地を支配する者の根城だ。
当然、そんな場所に向かう彼らの目的はただひとつ。
砦内に待ち構えているエリアボス、オークキングを討伐すること。それだけだ。
やがて砦の前にたどり着いた彼らはそれぞれ装備やアイテムの最終確認をしながら、リーダーの号令を待ち始める。
集っているのは4PT総勢22名の精鋭たち。
数多の世界で武勇を示してきた彼らは、この世界でもまた新たな伝説の1ページを刻もうとしているのだ。
しかしいくら彼らが歴戦の勇士たちであるといっても、この世界における本格的なボスバトルはこれが初めてだ。
培ってきた経験則がこの世界でも通用するのか、考え抜いたビルドが果たして本当に最適と言えるのか。
一つ一つは小さな不安だったが、無数に湧き上がってくるそれらが積み重なりそれぞれの胸中を満たしていく。
そんな心理状態にあるはずなのに。あとはもう自身の神に祈るしかない状況のはずなのに。彼らの顔を見てみればそこには不気味な笑みが浮かび上がっていた。
――昂揚感。
その笑顔の源泉を辿ってみれば、必然的にその言葉に辿り着くことが出来るだろう。
いくら不安があろうとも、その程度のことで彼らの本質を曲げることなど到底できやしない。
なぜならそう、彼らはこの世界で英雄を目指す者たち――根っからのゲーマーだからだ。
立ちはだかる壁が高く険しいものであるほど彼らは一層喜び、そしてその壁を登りきるまで、あるいは破壊し尽くすまでその足を止めることはないだろう。
「よし、いこうか」
レイドパーティのリーダー、チャックが静かに告げた。
その声はひどく落ち着いていて、けれどもどんな鬨の声よりもメンバーたちの士気を高めるものだった。
◆ ◆ ◆
『さぁ、ついにレイドパーティがボス部屋に突入するみたいだよっ!! オークキングはこの砦内の大部屋に固定湧きらしいから、なんだかボスを討伐するぞって気分になるよね! 私は実況するだけなんだけどなんだかすごく緊張してきたぞー』
レイドパーティが緊張感と昂揚感を漂わせている一方で、空気を読まずに呑気に実況をしているプレイヤーが一人いた。
彼女の名は委員長。このお祭りの模様を他のプレイヤーに伝えるべく、その視界に映るものを配信しているのだ。
砦に着いたあたりから様々なアングルで一行の様子を撮影しており、その映像から伝わってくる緊迫感がこれから始まる激戦を予感させるのか、視聴者数もうなぎのぼりになっている。
ちなみに彼女はスカウトスキルの【クローキング】で姿を消しているので、視覚的にレイドパーティの邪魔になることはない。もちろん実況も念話を利用しているのでその場のプレイヤーには一切聞こえていない。
テンションこそ完全に場違いだが、そのあたりの配慮はさすがに出来るらしい。
『さてさて、砦内部は随分広いですねー。これはボスと戦いやすいように広く作ってあるのかな? 明らかに外観より広い気がするけど、そこはゲームだからってことで。おっとぉ? どうやらオークキングを発見したみたいです!
これは……でかい、でかすぎるぞぉぉぉぉ!!!』
その姿を見上げ、大仰に驚く彼女のリアクションは番組を盛り上げるために誇張してるつもりなのかもしれないが、しかしその場にいた誰もが、そして放送を見ていた誰もが確かにこう思っただろう。
――デカすぎる、と。
体長10Mはあろうかという巨体。
上位個体であるハイオークですらせいぜい2M程度の大きさなのに、目の前に立ちふさがっている王はその5倍である。
ひとたび歩き出せばそれだけで大地が揺れ、ただ腕を振るうだけでも致命的な一撃となるだろう。
そしてその手に携える槍は巨体にふさわしい太さと長さを備えた、無骨ながらも極めて凶悪な代物。
ひとたび突き出せば大地に大穴が空き、ただそれを振るうだけでも猛烈な突風が生み出されるだろう。
大きさとは、極まってしまえばそれだけで強力な武器となる。
子供が力士に勝てないように、子猫が象に勝てないように、いかに屈強な戦士と言えども、ここまでスケールの違う巨人に勝つすべなどあるはずがない。
これは曲げようもない事実だ。
現実とは残酷で、抗えども抗えども情け容赦無く弱者を蹂躙するものなのだ。
――そう、現実なら。
彼らがいま立っているこの世界は電脳の世界。
物理法則は擬似的に再現されたものであり、ゲームとして都合の悪い正確過ぎる演算など当然無視される。
10Mの巨体で歩いても地面は揺れないし、豪腕を振るったところで刻まれるダメージはマスターデータに記された数値だけ。
どんな巨大な武器でも破壊不能オブジェクトである大地を貫くことは決して無く、ましてやスキルを使わずに風を巻き起こせるわけがない。
子供でもステータスを上げれば力士に勝てるようになるし、子猫ですらクラスの力を持ってすれば象をも凌駕することが可能になる。
――そう、勝てるのだ。
ゲームだからこそ得られた能力をもって、ゲームだからこそ出来る勝負において、ゲームだからこそ物理法則を無視して、勝てる。
ここにいる全員はそれをよく知っているからこそ、圧倒的巨体を前にしても決してひるむこと無く、いつものように戦えるのだ。
『さぁっ、10m級の巨人対乙精鋭軍……戦いの火蓋がいよいよ切って落とされます!! まずはメインタンクが定石通りヘイトスキルを全力でぶつけてタゲを取ったぞぉ!! ってあれ本当にタンク!? 速すぎない!?』
チャック率いる第一PTのタンクがオークキングのタゲを取ると同時に、後衛に範囲攻撃が当たらないような位置まで一気に駆け抜けていく。
通常のタンクビルドではどうしても敏捷が低くなりがちなので全力疾走したとしてもそこまで早く移動できないはずなのだが、彼はどんな手品を使っているのか、敏捷寄りビルドをしているA4の全力疾走にも匹敵する速度を出している。
『おっと、ここで解説のwisが飛んでまいりました。ランサースキルの【敏捷増加Ⅰ】にウィンドシューターのバフスキル【ファストムーブ】、更にバーバリアンのアビリティ【闘争本能】で移動速度をそれぞれ1ずつ上げたうえ、突っ込んでいく時にランサースキルの【チャージ】で速度を+1しているそうです。あ、もちろんプレート装備の敏捷ペナルティはパラディンの【アーマーマスタリー】アビリティで緩和していると。いやーやばいですね、タンクでもここまで速度あげられるのか。やっぱり自分のロール外のクラスでもアビリティ目的でしっかり取っていかないとだめなんですねぇー。
てか私の声聞こえてないはずなんですが、なんでこの解説wis飛んできたんでしょう? あ、どうせあとで聞かれそうだから予め用意しておいたと。サービス精神旺盛ですねぇー』
委員長がのんきに解説を読み上げている間にも、戦況は変化している。
メインタンクがオークキングの向きを誘導したのを確認すると後衛陣はその背後に回り込み、サブタンクはいつでもメインタンクを交代できるように位置取り。近接物理火力陣はオークキングの足元に張り付いて攻撃を開始している。
当然、回せるバフは無駄なく全てかかった状態だ。
『凄まじいダメージの嵐です!! 出ているダメージ量はいずれも高く、しかし何故かタゲが移ることは決してない!! 今のところオークキングは範囲攻撃をしてくる気配がありませんが……いや、何やら不穏なモーションを始めたぞぉっ!! 実況をしている私もピンチだ!! 一瞬避難しますっ!!』
順調な滑り出しから少し経った頃、それまで単体攻撃しかしていなかったオークキングが手に持った槍を頭の上で振り回し始めた。
明らかに範囲攻撃を出そうとしているモーションだ。
委員長がそれを察して緊急退避したのと同様に、レイドパーティの指揮官もすぐに察知して防御の号令をかける。
その声を聞いたメンバーたちはすぐさま攻撃を中断し、打ち合わせ通りに防御陣形に移行する。誰もが迷いなく、そして一切のためらいもなく動いており、それだけでも彼らの実力の程が伺えるレベルだ。
「【アニュス・デイ】!!」
後方で支援をしていたアークプリーストの一人がそう叫び、スキルを発動した。
直後、オークキングの槍が振り下ろされ、地面に猛烈な衝撃が走る。
いしつぶてを飛ばしながら走る衝撃波は槍が振り下ろされた前方だけでなく、360度あらゆる方向にダメージを撒き散らしていく。
全方位というだけでも厄介なのに衝撃波はぐんぐん遠くまで伝わっていき、50mほど先まで走ってようやく消滅した。
これでは前兆を見てから範囲外に逃げようにも逃げ切れないだろう。
威力自体も非常に高かったようで、防御を固めたタンクですらHPの3割ほどもっていかれている。防御が間に合わず被弾してしまった前衛火力組に至ってはあと一撃くらえば死んでしまうほどだ。
当然もっと耐久力の低い魔法職などは即死レベルだが……しかし彼らは全くダメージを負っている様子がない。
まさか回避に成功したとでも言うのだろうか?
いや、そうではない。
被弾する直前にアークプリーストの一人が発動していたスキル、【アニュス・デイ】が彼らを守ったのだ。
【アニュス・デイ】の効果はあらゆるダメージを完全に無効化する結界を一時的に展開し、味方を守るというもの。
展開中はこちらからも攻撃できないというデメリットがある上、そもそも展開時間も短く効果範囲も狭いという非常に使いにくいものではあるが、しかし使いこなすことさえ出来れば大変頼りになる強力な無敵スキルだ。
先程のような広範囲スキルを使ってくるボス戦では必須級とも言えるだろう。
もちろんリキャストタイムが長くそう何度も連打できる代物ではないため、先程の衝撃波攻撃を連続使用されてしまえば瞬く間にやられてしまうだろう。
しかしここにはアークプリーストをマスターしたプレイヤーが4人もいる。
その上、演奏型支援職バードのスキル、【勇む戦士のインテルメッツォ】によってこの場にいる全員のリキャストタイムが減少しているとなれば、もはや防御に関して悩む心配など全く無いだろう。
『凄まじい攻撃でした……私も緊急退避していなければ巻き込まれて間違いなく死んで配信終了してるとこでしたね……。
しかーし!! そんな強烈な攻撃を繰り出されても、一人の死者も出すこと無く戦い続けている彼らはやっぱり強いっ!! 遠目で見ている限りジャストタイミングで【スターグリッター】使っているソードマスターとかもいましたね! 検証によれば無敵時間はたったの0.5秒しかないんですけど、初見の攻撃ですら平然と合わせるってどんだけPS高いんでしょうねー』
大範囲攻撃スキルを受け、しかし大きな被害を出すこと無く乗り切ったことで彼らにも余裕が出てきたようだ。
攻勢は一層激しくなっていく。
その口火を切ったのは、紛れもなく彼女の一言だっただろう。
「例のアレ、5秒後にいきます!!」
現時点で唯一の隠しクラス保持者、マギカリドゥスのmoniがついにその大技を公衆に披露する時が来たのである。
[委員長メモ]
「バードの演奏スキルは強力な支援効果を持ってるけど演奏中他の行動ができないのがネック」




