2-12. 強くなりたい
強くなりたい。そう思うようになったのはいつのことだったでしょうか。
子供の頃から私は自分に自信がありませんでした。
学校では成績は中の下くらい、運動も苦手だったし、見た目だって普通。
お喋りするのもあまり得意ではありませんでしたし、何か夢中になっていることがあったわけでもない。
何の取り柄もない、普通だらけの女の子。
それが私でした。
普通だっていいじゃない、なんて偉い人は言いますが本人から言わせてもらえればいいことなんてあるわけないです。
自分じゃ何も出来ない。やりたいこともない。集団行動をするときにはいつだって気を使われている。
私だって物語の主人公みたいに、毎日輝いて生きていきたいのに、普通すぎるっていうコンプレックスが、私に何もさせてくれません。
だから私は、いつしか強くなりたいと思うようになっていました。
自信をもって誰にでも誇れる何かが欲しい。
物語の主人公のように、ゲームの世界の勇者のように、輝いて生きるための芯がほしい。
人に頼ってばかりじゃなくて、いつか何でもいいから誰かに頼られるような存在になりたい。
私にとって強さとは、誰かを守るための力なんかじゃないし、ましてや憎い敵を倒すためのものでもない。
ただ純粋に、私が私らしく生きるために必要な支えだったんです。
そんな私が大人になってふとしたきっかけからオンラインゲームをやり始めて、それに傾倒するようになっていったのは必然だったと言えるでしょう。
フルダイブ型のゲームはあまり得意ではありませんでしたが、それでもある程度までは私のような何の取り柄もない人でも頑張れば頑張った分だけ報われるようにできています。
まさに夢のような世界でした。
特に火力職というものは素晴らしいものでした。
単純に自分の力で敵を倒していくのが爽快というのもありますが、それ以上にとにかく高いダメージを出せば皆が褒めてくれるというのが私を満たしてくれました。
O2は私がプレイしたタイトルの中では特に理想的なものでした。
他のタイトルは多少なりとも現実の運動能力が反映されていたりして、どうしてもあと一歩足りないと思わせるものばかりだったのです。
でもこのタイトルなら、現実から完全に切り離された状態で、理想の私になることができる。
本当に私が求めていたものがようやく手に入るのかもと、プレイしながら感じていました。
A4さんが言っていることもよくわかります。
強くなろうとするならなりふり構ってる場合じゃない。
出来ることを全部やって、それで結果を出す。
やらずに文句だけ言うのは間違っている。
彼は本当にストイックで、強い人物だと思います。
ある意味、私にとっては憧れの存在と言えるかもしれません。
けれど、私が欲しい強さと彼がもっている強さは何かが違うと感じる時が多々あります。
そんなやり方をして、私はゲームを楽しめるのだろうか。
この世界を、理想的な私として輝いて生きていけるのだろうか。
そんな疑問がいつも胸の中をぐるぐると回っているのです。
それでも、そんな気持ちを押し殺してでも、私はゲーム内で強いプレイヤーにならなくてはいけません。
力がなければ存在価値はない。
才能のない私にできることは、ただひたすらにゲームと向き合って強くなること、ただそれだけなんです。
◆ ◆ ◆
私は今、一人でドゥーミアのアカデミー附属図書館という場所にきています。
ここにはたくさんの蔵書があって、なんと驚くべきことにきちんと全て読めるようになっているんです。
乙ってこういうゲームバランスに関係ないところにはやけにリソース割いていたりするんですよね。
きっと開発者はかなりの趣味人なのでしょう。
本の内容は多岐にわたっていて、世界設定に関わるものやちょっとした物語を楽しめる小説、料理のレシピなんてものもありますし、クラスに関する解説などのゲームに役立つものも当然のように揃えているようです。
クラスに関する記述をこうして図書館で読めてしまうのは少しゲーム設定的に矛盾がある気もしますが、そこはゲームらしく大目に見てくれというところなのでしょうね。
なぜ私がプレイヤーがほとんど寄りつかない、こんな変わった場所に来ているかというと、属性魔法があまりにも弱すぎるからです。
いえ、習得時点では確かに強力だったので、レベルが上ってきたことで火力不足を感じ始めたというのが正確な表現ですね。
2次クラスに用意された魔法職はエンチャンター・サマナー・ソーサラーの3種類です。
このうちエンチャンターはサポート系ですし、サマナーはその名の通り召喚術師。直接攻撃するわけではないので少し毛色が違います。
唯一の攻撃系クラスであるソーサラーは確かに強力なスキルを覚えますが、属性が全て闇なのです。
これはとても困ったことです。
なぜならこのゲームにおいて、闇属性の攻撃はそれほど強くないからです。
闇属性は各元素属性に対して抵抗されることなく100%のダメージを与えることが出来ますが、それは逆に言えば100%しか威力を発揮できないということです。
魔法系攻撃職の強みは属性を自在に操り弱点をついていくことでダメージを増幅できることにあると思っているので、その利点が活かせないのであれば魔法を使う意味がありません。
もちろん今後光属性の敵が増えてくるようならソーサラーは輝いてくるでしょうが……ちょっと望みは薄いですね。
普通に考えたら属性魔法をどんどん強化していけるように、同系統で更に上位のクラスを用意しそうなものなんですが、実際はそうなっていない。
正式サービス開始時に実装される3次クラスで各属性の強化がされるんじゃないか、なんて希望的観測もあるみたいですが、私はその線は薄いのかな、と考えています。
そう考えている理由の一つに、近接物理系統のクラスはきちんと武器種ごとに順当に上位クラスが用意されているということがあります。
近接物理職にとっての武器は魔法職の属性くらい重要です。
ソードマン系統だけそこをきっちりと作り込んで、マジシャン系統は作り込まない、そんなことあるでしょうか。
さらにもう一つ理由があります。
それは遺跡というものの存在です。
クラスを解放するために私達はID形式になっている遺跡ダンジョンをクリアして、その深部でクラスオーブを入手してきました。
それは1次のときも2次のときもそうですし、きっとこれから実装される3次クラスでもそうなると思います。
ただ、一つだけ例外があるのを私は知っています。
それは0次クラスオーブ。
ゲームの流れ的にダンジョンが用意されていないのは当たり前といえば当たり前なのですが、しかし間違いなく例外といえるでしょう。
これって遺跡が必ずしもダンジョン形式ではないということの示唆なんじゃないでしょうか?
そう思って考えてみた結果、ダンジョンではない遺跡が他にもあることが既に明言されている事実に気がつくことが出来ました。
それはここ、ドゥーミアという街です。
他の皆さんは軽く流していたみたいですが、この街の説明には確かに「この街そのものが生きた遺跡であり」と書いてあったのです。
ドゥーミアに大時計塔というわかりやすいダンジョンが用意されているのは、このヒントから目をそらさせる目的もあるんじゃないかと私は深読みしています。
このダンジョンが遺跡ってことなのかなと思わせることで、本当の遺跡がどこなのか隠す意図があるのではないかということです。
つまり私はこのように考えています。
このゲームには公式サイトで明言されているクラスの他に、隠しクラスと呼べるものが存在しており、属性魔法を強化する術がそこにある。
そして、ドゥーミアに何かしらの隠しクラスに至る道が用意されている。
というわけでその予想を裏付ける証拠を見つけるため、そして遺跡のクラスオーブ部屋にどうやって辿り着くかを考えるため、この図書館にきたのです。
まずはそうですね……魔法系のクラスが本当に今見つかっているものだけしかないのか調べてみましょうか。
幸い図書館内はきちんと整理整頓されていて、分野ごとに本がまとまっているのでそれほど苦労しないでしょう。
目ぼしい本をいくつか見繕って、館内に用意されている机に広げていきます。
本を開けば読書用のウィンドウが開かれるので机に広げるのは気分的なものですけどね。
『基礎魔法理論』――これはこの世界における魔法の仕組みを解説したフレーバーテキスト集みたいですね。特に気になる情報なし、と。
『はじめてのマジシャン』――マジシャンというクラスの解説本ですね。各スキルの性質がわかりやすく書かれています。wikiを読めば充分です。
『実践パイロマンサー』――マジシャン本のパイロマンサー版ですかね。似た名前で各属性の本もあるみたいです。情報があるとしたらこの辺だと思ったのですが、やはり目ぼしい情報はなさそうです。
『属性学』――シンプルに属性同士の相性について書かれていました。防御属性にはレベルがあるという情報には驚かされましたが、それ以上に興味深い内容を発見してしまいました。
――火と風属性は熱の性質を持っていて、水と地属性は冷の性質を持っている。
どこかで聞いたことのあるような話です。
確か……アリストテレスの元素論でしたか?
あれは「熱・冷」「湿・乾」の二つの性質のペアが重要だとかそんな話だったと思いますが、しかしこの『属性学』には「湿・乾」に関する記述がされていませんね。
どういうことでしょうか。
この路線でもう少し調べてみたいところですが、先程のエリアにはそれらしき本が見つかりません。
少し司書さんに聞いてみましょうか?
[図書館司書]『何か本をお探しですか? 興味のあるジャンルを言っていただければご案内しますよ』
ええと選択肢は……ジャンルがいくつも並んでいる感じですね。
魔法についてを選んでみましょう。
[図書館司書]『魔法についてですね。関連図書のあるエリアをマップに表示しましたのでそちらへどうぞ』
なるほど、案内すると言っていますがマップにマーキングしてくれるだけで飛ばしてくれるわけではないみたいです。
それに示された場所は先程私が見てきたところです。
これでは何も意味ありませんね。
他の選択肢を見てみましょうか。
……おや?
この「特定分野の研究に関する論文が読みたい」という選択肢はなんでしょうか。他の選択肢は「魔法」や「娯楽」などとジャンル名が羅列されているだけなのに、これは完全に別物ですね。
気になるので選んでみましょう。
[図書館司書]『論文ですね。具体的なキーワードを仰っていただければデータベースに該当するものがあるか確認いたしますよ』
おぉ? 再び選択肢が出てきました。
今度は選べるのが一つしかないですね。「熱・冷の性質」というものです。
これはもしや当たりを引いてしまったパターンなのでは?
早速選ぶと、司書さんは論文のデータをその場で用意してくれました。
本を開いた時と同様に、ウィンドウが開いてテキストが表示されます。
ざっくり目を通したところ、元素属性魔法に関する詳しい理論考察が書かれていました。
正直いまいち理解できませんでしたが、多分単なるフレーバーテキストで、内容を理解してもらうために作ったものじゃない気がします。
ゲーム的には、これを読んだというフラグを建てることが大事なんでしょう。
念の為、最後のページまできっちり読んでおきます。
[図書館司書]『もしもその論文の内容について詳しく知りたければ著者がアカデミーにいますので会いに行かれてみてはいかがでしょうか?』
ウィンドウを閉じると、司書さんがそんなことを言ってきました。
これはもう間違いないですね。
隠しクエストが進行しているみたいです。
[委員長メモ]
「早く30にして図書館いきたい」




