2-8. moni先生、服を脱ぐ
坑道内部で出現するmobはあれから特に変化がなく、せいぜい数が増えたり内訳が変わったりする程度だった。
嬉しい誤算はコボルトたちがきちんと経験値を持っていて、しかも結構な数倒すことになったからmoniやラフのクラスレベルが11まで上がったことだろう。
おかげでmoniは攻撃手段が増えたし、ラフも新しい回復スキルを覚えた。
2次クラスのスキルはどれも強力だからこの調子でどんどん育てていきたいものだ。
『さて、どう考えてもこの先にボスがいるな』
『作戦はいつも通りでいいかな? 特に事前情報もないし』
『おっけー、壁背負うねん』
『んじゃうちはまず属性調べるわー』
『うかさんに合わせますね』
『うかもmoniもかなり火力上がってるからヘイト稼ぎすぎないようにな』
打ち合わせとSP回復休憩を済ませ、ゆっくりとボス部屋に入ると案の定ボスの出現演出が始まった。
巨大な生き物が部屋の奥で壁に向かって何かをしている。動き的には何かを食べているんだろうか?
少しの間そんな動きを見せた後、そいつはふと何かに気がついたようにこちらを振り向く。
そして俺達の姿を視界に捉えると一気に飛び上がり、部屋の中央に着地した直後、大きな咆哮で空間を震わせる。
こいつは本当にコボルトなのか?
そう疑ってしまうほど、獣じみた姿。どちらかと言えば狼人間が巨大化したような異形。
しかしフォーカスしてみれば名前は確かに「暴食のジャイアントコボルト」と出ており、一応このゲームではコボルトという扱いにしたいらしい。
『カズー、あれも人型だと思うか? 動物にしか見えないんだが』
『うーん、ちょっと怪しいね。ま、同系統でも一部だけ種族違うとかありがちなパターンだし、一応付け替えて確かめてみるねん』
そう言いながらも、カズーはすばやく【トーント】を使ってボスのヘイトを確保する。
あの獣がどんな攻撃パターンを持っているかはまだわからないが、まずは定石通りカズーが敵をひきつけている方向とは反対側に移動しよう。
俺は警戒しながら接近し、他の3人は遠くに位置取りする。
さて、戦闘開始だ。
初見殺しがないことだけは祈っておこう。
『moniさん、こいつ地属性やでー! バンバンかましたってーな!』
『了解です。これなら私も火力が出しやすいですね』
うかが何本か矢を撃った結果、ジャイアントコボルトの属性が地属性であることが判明した。
これなら火力面は問題ないだろう。
俺の方は……そうだな。取り巻き召喚パターンだけは気をつけつつ、適当にうかの【エアリアルショット】に【セカンド・ワン】をあわせていく方針で行くか。
さて、カズーのほうはどうかな……?
『A4っち、こいつの種族やっぱ動物みたいだから肩変えといたほうがいいよー。あと攻撃めっちゃ痛い! 後衛が食らったらワンパンもありそ!』
『了解した』
カズーの報告の通り、ジャイアントコボルトの攻撃はかなり苛烈だった。
これまで戦ってきたmobの中ではもっとも機敏に動く上、一撃入るごとにカズーのHPが目に見えて削れている。
最大HPも高いし防御力をかなり積んだ状態でこれだから、もし範囲スキルなんて使われたときには後衛陣は確実に転ぶだろう。
『moni! うか! ちょっとダメージのペース早いかも! ヘイト気をつけて!!』
後方からラフの指摘が飛んできた。
確かに先程から視界に入ってくるダメージ表記は10k近いものが多い。
カズーもそのへんは意識して見ているはずだからそう簡単にタゲが奪われるとは思わないが、ラフがハッキリ指摘するくらいには結構ぎりぎりなんだろう。
こういうのがあるからヘイト量を調整するようなスキルを俺がもっていればいいんだろうな。
確かローグあたりにそんなスキルがあった気がするが……。
そんなことを考えていたところ、ジャイアントコボルトが大きく後方にジャンプし、落下の勢いを乗せて両腕を地面に叩きつけた。
その衝撃で地面が隆起していき、ちょうどその範囲内にいた俺とカズーに襲いかかる。
懸念していた範囲攻撃だ。
咄嗟に盾を構えることには成功したものの、一気にHPを削られる。
ダメージ量を確認すると……まじかよ、あの一撃で4割持ってかれるのか。
地形変化はゲームらしくすぐに元に戻っていったが、それでも足元へのダメージで一瞬の行動阻害ももらってしまった。
こいつはかなり厄介な攻撃だ。
すぐにラフから回復が飛んできたので大事には至らなかったが、位置取りがきちんと出来ていないと後衛を巻き込んで壊滅パターンとなるだろう。
幸いなのは、ソードマスターで手に入れたアビリティのおかげで事前に敵がなんて名前のスキルを使ってくるかわかるってことだ。
初見のスキルは見てから判断するしか無いが、一度見ていれば味方に注意をうながすくらいは出来る。
『俺の【予測眼】アビリティで次同じのが来るタイミングは教えられる! moniたちはそのタイミングは攻撃やめて回避に専念してくれ!』
『詠唱中はどうしようもないですけど、まあ了解です』
『ああいう攻撃ならうちは【エアリアル】で避けられそうやね。らくしょーや』
行動パターンが見えてきたことで戦線はかなり安定し、そろそろ5分くらい経つかなといった頃。
ダメージも随分出しているしそろそろ特殊行動が来てもおかしくないなあと思っていたそんな矢先。
一際大きな咆哮をしたと思ったら、ジャイアントコボルトの動きが目に見えて早くなった。
どうやらこいつは残りHPが僅かになると強化されるタイプみたいだ。
『これは……地点指定系の魔法がほとんど当たりませんね』
『うちも矢が当てにくいわぁ。A4さん足止めとかできへんの?』
『無茶言うな。ボスにスタンが効くわけないだろ』
『ラフっち、【フォートレススタンス】解除するからちょっとダメージペースあがるよん』
『カズー了解だよ。こんだけ早いとA4が一番安定して火力出せるかな?』
『ま……そうだな。早いが追いつけるスピードだ』
ジャイアントコボルトが四方八方に跳び回り、一撃をカズーに与えてすぐに離脱するような動きをし始めたことで、PT全体のdpsがぐっと下がることになってしまった。
こんなパターンは乙にきてはじめてのことだが、きっと遠距離攻撃が強すぎることへの対策なんだろう。
今までは全く気にしていなかったが、乙において遠距離攻撃は必中というわけではない。
特に弓矢はその傾向が顕著で、あまり動かないmobにならスキル補正などをうまく使うことできちんと当てることができるが、動き回る的に当てるのは補正を込みにしても非常に難しい。
それに【ファイアレイン】のような地点指定型の魔法も、攻撃範囲内から敵が離脱してしまえば当たらなくなってしまう。
一応moniは必中魔法も持っているし、出が早く若干追尾性能のある【フレイムランス】当たりを主体にしていけばダメージは与えられるだろうが、これまでのようにdpsを出すのは難しいだろう。
ここはチャットした通り、俺がメインアタッカーとして頑張るところだな。
『あ、それでしたら私脱いでもいいですか?』
気合を入れ直してジャイアントコボルトに斬りかかろうと足を踏み出した時、moniが突然そんな意味不明なことを言い出してきた。
『は?』
思わず素っ頓狂な声が出てしまい、出そうと思っていたスキルを出しそびれることになってしまった。
『moniっち……そんな性癖があったなんて……』
『あれ? このゲーム全裸表示とかあるんやっけ?』
『ええ、実は……』
突然始まった謎の会話に困惑しつつ、しかし誰も特に手を止めてるわけでもないから俺も気を取り直してとりあえず【スターグリッター】を放つ。
うかの【エアリアルショット】が当たらないと見込んで【セカンド・ワン】の追撃付きだ。
『皆分かっててふざけてるでしょ……一応いま戦闘中なんだけど……』
『いやー、なんかA4っちが素でど忘れしてそうな感じだったから、つい悪乗りしちゃって、みたいなー?』
『A4さんでも把握漏れとかあるんやなあ』
『なかなかいいリアクションでしたよ』
『あ? なんかあったか?』
把握漏れ……脱ぐとなにかメリットがあるんだったか。
アビリティか?
『ソーサラーのアビリティですよ。胴装備外したらヘイト加算値が倍になる代わりに魔法攻撃力が25%上昇するっていう』
あぁ!
使いにくそうなアビリティだと思ってたからすっかり忘れていた。
つーか全員よく覚えてたな。
さすがの俺でも全クラスのアビリティはまだ覚えきれてないぞ。
『そういうわけなんで、dps落ちた分脱いで火力底上げしようかと。どうせ一発被弾したら即死しそうですし、問題ないですよね』
『ボクはいいと思うよ。一応バリアはっとくね』
『ああ、言い方がちょっとアレだったから驚いたが、ラフがいいって言うなら好きにしてくれ……』
どうにも緊張感を欠く会話だったが、それくらい余裕があるっていう証拠だと前向きに捉えておこう。
実際、強化パターンに突入してからは被ダメージ量こそ増えたものの、特に危機的状況に陥ることなく、それほど時間をおかずボスを討伐することに成功した。
あとは報告を済ませれば、晴れて次の地方に突入だ。
[委員長メモ]
「ソーサラーアビリティ【悪魔契約】はアーマーパージするとエロくなり魔力が上がるという設定らしい」




