2-5. ゲームと現実、どっちをとればいいんだろう
――はあ、どうしようかなあ。
私、塩谷渚は今とっても悩んでいます。
この話をすると、「そんなくだらないことで悩んでいるの?」って言われてしまいそうなんですけど、それでも私にとってこれはすごく重大な悩みなんです。
普通の悩みだったら親友の愛華ちゃんに相談するところなんですけど、こればっかりはそうはいきません。
なにせその悩みの原因の一つが、愛華ちゃんにあるのですから。
「おはよー!」
悩みながらぼんやりと教室の外を眺めていると、元気な声が入り口の方から聞こえてきました。
振り返らなくても誰が登校してきたのかすぐにわかります。
愛華ちゃんです。
とっても明るくて元気で、しかも誰とでも仲良く出来る愛華ちゃん。
クラスの中心にはいつも愛華ちゃんがいるし、愛華ちゃんがいるところにはいつもクラスのみんなが集まってきます。
例えるなら太陽のような女の子。
そんな彼女と引っ込み思案な私がどうして親友になったのかといえば……いえ、この話を思い出す必要は今はないですね。
とにかく、私は愛華ちゃんとのことで悩んでいることがあるということです。
でも、それを顔に出すわけにはいきません。
とてもデリケートな問題ですので、愛華ちゃんがいくら鈍いとはいえ、悩んでいる様子をさとられてしまう可能性はなくさなければならないです。
「渚、おはよっ! 昨日は楽しかったねー!」
「愛華ちゃん、おはよう。そうだね、知らない人と一緒になるのはちょっとドキドキしたけど、でも楽しかった」
「うんうん、最初はどうなるかと思ったけどさー、あの人ほんとすごかったね! フレになれなかったのが残念だなあ」
愛華ちゃんは昨日の狩りが本当に楽しかったみたいです。
何の話かと言えば、今私達が一緒に遊んでいるゲームの中でのことです。
土曜日から愛華ちゃんを中心としたクラスの4人でO2というVRオンラインゲームをやり始めたんですが、昨日はなんと見知らぬプレイヤーさんと一緒にパーティプレイをしたのです。
愛華ちゃんはすごく楽しかったと言っていますが、私の見立てではそのプレイヤーさん――名前をA4さんといいます――は私達との狩りについて、あまりいい気持ちを持っていない様子でした。
なんと言えばいいのでしょうか……例えるなら、プロのスポーツ選手に対して、そうと知らず一緒にそのスポーツで遊ぼうと誘ってしまったときのような、そんな印象です。
A4さんはなるべく顔には出さないようにしていたみたいですが、臆病で人の顔をうかがうことばかり覚えた私にはわかってしまったんです。
それでも、彼がすごかったというのは愛華ちゃんと同意見です。
私はゲームはあまりしたことがなかったので詳しくはわからないのですが、少なくとも4人でやっていたときよりも格段にプレイしやすかったですし、なんというか、やりがいを強く感じることができたのです。
こんなことをいいたくはないのですが、愛華ちゃんは多分あまりゲームが得意ではないです。
A4さんのプレイを見たことで、それをはっきりと認識してしまいました。
私はあまり体を動かすのが得意ではないですし、先程も言ったようにゲーム自体不慣れなので、モンスターを直接倒す役割ではなく、仲間を助けるヒーラーという役割をやることにしたんです。
折角やるのですからということで自分なりに色々なサイトを参考にして動き方を勉強してみたのですが、どうしても愛華ちゃんに合わせて支援しようとするのがなかなかうまくいかず、ああ、私ってゲームも下手くそなんだなあと思っていたのです。
けれどそのA4さんと一緒にプレイした時、なぜなのかは分かりませんがとても支援しやすくて。
――もしかして、これって私が下手くそなんじゃなくて、愛華ちゃんがあまり支援しやすい動きをしていなかっただけなのかな?
なんて風に思ってしまったのです。
それと同時に、土日の間はそこまでのめり込むほどじゃないかなと思っていたO2というゲームに、とてつもない楽しさを感じるようになりました。
こんな私でも、誰かを助けることが出来る。
現実では誰の役にも立たないし、愛華ちゃんに引っ張られているだけの弱い存在だけど、ゲームの中でなら私という存在が誰かの役に立てるし、自分らしさっていうものを見つけられるんじゃないか。
そしてそんなことを考えていた矢先、私を悩ませることになるメッセージが届いたのです。
送り主は、A4さん。
一時間だけ一緒にプレイしてその後特にフレンド登録もすることなく、あっさりとどこかに行ってしまった彼から、なんと私にメッセージが来ていたのです。
送り主を見た時、私はとても驚いてすぐに愛華ちゃんに言おうとして……ふと思い直しました。
皆の前で直接声をかけず、こうして私だけにメッセージなんていう機能で何かを伝えようとしている。
これは愛華ちゃんたちには言いたくないことが書いてあるのでは?
そしてそれは、もしかしたら私にとって、自分らしさを見つける手がかりになるかもしれない。
ドキドキしながら、メッセージを開封しました。
そこにはこんな事が書いてありました。
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さっき臨時でタンクをしていた者だ。
言うか言わないか迷ったんだが、知らずにいるのはもったいないと思ったから言うことにした。
あんたらのパーティは、バランスが悪すぎる。
これはクラスの構成のことを言っているんじゃない。
PSに差がありすぎて、あんたとあのハンターの男が損しすぎてるってことだ。
話を聞いた感じおそらくリアルで付き合いがあるんだろうが……そんな理由でパーティを組み続けるのはおすすめしない。
もしあんたがこのゲームを楽しみたいと思うなら、さっさとパーティを抜けてもっと上手い連中と付き合ったほうがいいだろう。
リアルの付き合いでゲーム内で破滅したやつをよく見てきたから、一応忠告しておく。
リアルを優先するならこのメッセージは無視してくれて構わない。
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私はこれを読んだ時、頭の後ろをガツンと分厚い本で殴られたような感覚がしました。
PSというのが何を指しているのかハッキリとはわかりませんが、おそらく私と鈴木君――ゲーム内ではヤクという名前を使っているハンターの男の子ですね――に負担がかかっていて、それはよくないことだと言っているんだと思います。
そして、私がゲームを楽しみたいのなら付き合いで続けるのはやめたほうがいいと、もっと自分で自分の生き方を選んだほうがいいと、そう言っているのです。
まさか、ゲームの中でそんなことを言われるなんて夢にも思いませんでした。
けれどその言葉は私の胸を深くえぐるような感じがして、「渚、君はほんとうにこのまま誰かの影に隠れたままこそこそ生きていくだけで満足なの?」と誰かに囁かれているように錯覚しました。
本音を言ってしまえば、私はこのメッセージに従って、ゲーム内ではパーティを抜けてもっと一緒に楽しめる人たち、それこそA4さんのように上手くてしっかりと周りを見ることが出来るような方々とプレイしたいと思っています。
けれど、それと同じくらい愛華ちゃんとは仲良くしていきたいし、パーティを抜けることでぎくしゃくしたくない。
だからこうして、昨日の夜から悶々とした気持ちを抱え続けて今朝に至るのです。
せめて誰かに相談できればと思うのですが、愛華ちゃん以上に親しい友人なんていませんし、先生や両親に相談したところで相手にされないでしょうし。
結局放課後まで答えが見つけられないまま過ごすことになり、とりあえず帰ろうと思い昇降口で靴を履き替えようとしたときのことです。
「塩谷、ちょっといい?」
声に振り返ると鈴木君がそこには立っていました。
O2で一緒に遊んではいるものの、あまり学校では話さないので珍しいなと思いました。
「えっと、大丈夫ですけど、どうしたんですか?」
「ああ、告白するとかそういう話じゃないからあんまり身構えなくても大丈夫だから。話したいのは、乙のこと。ここで話すのもなんだしちょっと移動しようよ」
「あ……えと……はい」
もしかして、と思いました。
でも、確信が無いことを期待しすぎてがっかりしたくないので、あまり考えないようにしつつ鈴木君についていきます。
「塩谷もなんか飲む? 奢らないけど」
「いえ、私は喉乾いてないので……」
「そう?」
私達がやってきたのは自販機が設置されている談話用のスペースです。
休み時間は賑わっているその場所ですが、今はほとんどの生徒が部活動をしている時間ですし誰もいないみたいです。
相談事をするにはちょうどいいなあとなんとなく思いました。
「それで、お話というのはなんでしょう?」
「ん、あーうん、ちょっとこれ飲ませて」
お話があると言う割にはのんびりとジュースを飲んでいる鈴木君。
彼は人に流されない、自由な過ごし方をしているみたいです。
あまり話したことはないのですが、クラスでの過ごし方や今の彼の様子を見ているとそう思ってしまいます。
「ふう、うまかった。やっぱマッカンだよなあ。あ、それで話だけどさ、塩谷もきてるんじゃない? メッセージ」
「……!! それって、もしかして」
「わかりやすい反応どうも。なら話が早いや。僕は彼の言う通りするつもりなんだけど、塩谷はどうするの? って聞きたかっただけ。短い期間だったけど一緒にプレイしたわけだしね。それくらい聞いとくのは義理なんじゃないかと思ってさ」
さんざん悩んでいたことを、彼はあっさりと決断していたみたいです。
私にはとてもできそうもありません。
これが自分らしく生きるっていうことなんでしょうか。
「私は……悩んでいます。正直なところ、ゲームの経験があまりなくて、A4さんと一緒にプレイするまではそこまであのゲームが楽しいと思っていなかったんです。けれどあのたった一時間の狩りで突然、その価値観を変えられてしまったような気がして」
「あー、そうなんだ。ま、なんとなくわかるかなあ」
「上手い人と一緒にプレイしたら、もっと楽しくなるのかもって思います。だから彼の言う通りにしてみたい。けど私にとっては愛華ちゃんと一緒に過ごす時間も大切なので、うまく決められないんです。ゲームと現実、どっちをとればいいんだろうって」
気づいたときには私は鈴木君に悩みを全て打ち明けてしまっていました。
この人ならもしかしたら分かってくれるかも。
そんな淡い期待を込めて。
「ふうん、別にどっちも取ればいいと思うけどね。ゲームを一緒にプレイしないくらいで崩れるくらいの関係なら、そんなの僕はいらないかな」
またしても、頭の後ろをガツンと分厚い本で殴られたような感覚がしました。
どっちも取ればいい。
そんな選択肢があったなんて思いもしませんでした。
確かに、愛華ちゃんはそれくらいのことで私のことを嫌いになるような女の子じゃありません。
「まあ、抜けるなら一緒にやろうよ。彼がいうには僕ら二人は筋がいいみたいだしね。塩谷も一人で知らない人に声かけに行くより気が楽でしょ」
「えと……あの、はい。よろしくおねがいします」
こうして私はゲームと現実、どっちも取るという欲張りな選択をとることになりました。
その後、愛華ちゃんにその話をすると……彼女は笑顔で私の気持ちを受け入れてくれました。
ちょっとだけ寂しそうな顔はされちゃいましたが、ゲームはゲームだしねと言ってくれたのです。
そして私達のパーティは解散になり、愛華ちゃんはO2を一週間もしないうちに辞めてしまいました。
今では愛華ちゃんとは、あまり喋ることもありません。
[委員長メモ]
「リア充にネトゲは不向き」




