2-2. 情報操作する女と誘う女
「あっ、A4さーん、ええところにおったで」
「ん? なんか用か?」
ログインしてとりあえずマケを眺めに行こうかと街の中を歩いていると、うかに声をかけられた。
なんでオープンで声をかけてきたんだ?
用事ならPTチャットでいいと思うんだが。別にPT抜けてないよな?
身内との会話を知らん奴らに聞かれるのはあんまり好きじゃないんだが……。
そんなことを考えていると、
『いやあ、A4さんがこそこそしたいのはまあ分かるんやけど、これも広報活動の一環なんでね? 堪忍したってーな』
なんてPTチャットが飛んできた。
しょうがない、ここは合わせてやるか。
「実はなー、マケでまたええもん仕入れたんやけどA4さん買うてくれないかなぁ思ってな? カプリスキャットの真髄なんやけどー」
「ほう、いくらなんだ?」
「んー、仕入れ値は内緒やけど、A4さんになら500kで売ったってもええで? どうや?」
500kで売りつけてくるってことは仕入れ値は400kかそこらか。
思ったよりも値上がって無いことに驚いたが、それよりもどうしてこんな大声で……ああ、そういうことか。
いいだろう、乗せられてやるよ。
「500kか……これからまだ高くなるだろうにいいのか? いいのなら当然ありがたく買わせてもらうが」
「ええ、そう思います? そやったらちょっと売るの待ちたいかもやけど……商人として一度提案した値段を引っ込めるのは信用に関わります。ここは勉強ということで500kでこのまま譲りましょ!」
「悪いな。また贔屓にさせてもらうよ」
大げさな身振り手振りを繰り返してわざとらしく自身の失敗をアピールしているんだが、果たしてそんな露骨な演技で騙されるやつがいるのか……?
いや、どうやらいたみたいだ。
少し離れたところから、「カプリスキャット……? 500kでも充分高い気がしたがまだ値上がるのか……」「値上がる前に早めに買っておこうかな? 効果よく知らないけどあの人強そうだし」なんていう声がちらほら聞こえてくる。
おいおい、完全に手のひらの上で踊らされてるぞ、お前ら。
『さっすがA4さん、何も言わなくてもうちの思ったとおり発言してくれてありがとやで!』
『ま、うかのおかげで土日のレベリングが捗ったのは事実だからな。これくらいどうってことない。それに500kで買えるなら安いもんだしな。どうせもう何枚か仕入れてるんだろ?』
『はて、なんのことでっしゃろなー。いやあ、うちも早くマケに行って値上がりする前の真髄確保せなあかんなあー』
分かりやすい嘘を聞き流しつつ、実際に取引を完了させる。
取引をするのに手で何かを操作する必要は一切ないが、ここはあえてアイテムを実体化して現物をモブどもに見せつけた上で、取引作業を完了する。
あとは口の軽い奴らが掲示板にでも書き込んでくれればうかの計画通り、早けりゃ今日の夜にでもカプリスキャットの真髄は高騰を始めるだろう。
いや、念の為もう一押ししておくか?
「さんきゅー。オーク系は人型らしいからな、あのオークウォリアーを狩るのにちょうど欲しかったんだよ」
これで値上がりの理由もバッチリ伝わり、より噂の信用度が高まることだろう。
っていうか少し考えりゃ分かるもんなんだが、雑魚どもはこんな単純なことにすら気付かないからな。
「みんながこの装備が必要だと言ってるから揃えよう」「あのトッププレイヤーが強いと言っているからこの装備は強いんだ」
奴らはこんな思考ばかりで、自分で考えようともしない。
だからこそ歴然とした差ができるのだし、だからこそ情報操作によって莫大な利益を得る連中が現れる。
目の前の商人がまさにそうだな。
「おっと、うちはまたマケ見てきますわー。A4さんもなんかいいアイテム見つけたらうちに声かけてなー」
うかはそれだけ言い残すとあっという間に去っていった。
マケなら俺も行く予定だったんだが……まあいいか。
俺が探してるものとあいつが探してるものは別に一致してるわけでもないしな。
◆ ◆ ◆
ああ、失敗したな。
これはミスだ。大失敗だ。
マーケットをぶらついた末、俺は昨日の選択を後悔していた。
どうして俺はホプライトスキルを取りに行かなかったのか、と。
ホプライトのスキルに、【HP回復量向上】というものがある。
こいつは単にHP自然回復量が上昇するだけでなく、アイテム使用時の回復量を増加するという隠し効果も備えているのだ。
PTプレイならタンクじゃない限りそれ程ありがたいものでもないんだが、ソロ活動をするなら話が変わってくる。
なにせ序盤のポーションは回復量が低すぎる。
マケを眺めた結果、現在市場に流れている回復アイテムで最も回復できるのは薬師が製造した品質1の赤ポーションだということがわかった。
品質は最低が0で最高10。品質が1上がるごとに効果が+5%されていくので、赤ポーションなら一個使用するごとに105回復できることになる。
対する俺の今のMHPは3000弱だし、被ダメージも200を超えてきている。
かといってポーションを連打しようにも、再使用待機時間が設定されているからあっという間に回復が追いつかなるわけで。
要は、スキルの助けなしじゃ全然回復量が足りないってことだ。
「ソロでホプライトのレベル上げをするか? いやしかしホプライトは攻撃力だいぶ低いしな……」
思考が声に出てしまっていることにも気付かずに街角で悩んでいると、唐突に目の前に影が落ちた。
何事かと思い、顔を上げる。
「あの、ひとり言聞こえてしまったんですけど、ホプライトの育成中なんでしょうか? 良ければうちのPTでタンクやりませんか?」
そこには、知らん連中がいた。
女が二人、男が二人。合コンでもしてるのかといいたくなるような比率だな。
おっと、女が混じってるくらいでこんなことを考えるのは良くないってmoniに言われてるんだったな。
「えーっと、それは固定PTへの誘い、です、か? それとも臨時?」
なんとか最近使っていなかった敬語を捻り出し、応対する。
え? 俺が敬語を使うなんて驚きだって?
おいおい、ネトゲじゃ初対面の相手に敬語を使うのはマナーだぞ。
相手が馴れ馴れしく話しかけてくるようなうざいやつならまあ別だが、丁寧に話しかけてくる人に対して失礼な態度をとってわざわざ敵を作る必要なんてないだろう。
しかしPTに誘われるとは……様子を見る限りじゃ寄生を狙ってるとは思えないし、話を聞いてみるくらいはいいだろう。
パッと見武器も1次遺跡装備だからレベルはそこまで高くないだろうが、ホプの育成にはちょうどいいくらいだな。
「いきなり固定PTに参加っていうのは難しいと思うので、臨時で、出来たら固定参加してくれると嬉しいですけどね。私達土曜に始めたばっかりで、今日はたまたま創立記念日で学校が休みだったからこうして朝からやってるんですけど。みんなそれぞれやりたいクラスを選んだのはいいけどやっぱりPTだとタンクが欲しいなあって話になって」
っておいおいおい、いきなり身の上話をはじめたぞこの女大丈夫か?
創立記念日とか言ってるが、高校生なのか?
こんなどこの誰ともわからん男にリアル情報ぶちまけるとか正気の沙汰じゃない。
一気に雲行きが怪しくなってきた。
「ちなみに今私達のレベルは15です。私がランサーで、他三人はそれぞれプリースト、パイロマンサー、ハンターって感じなんですけど、どうでしょう?」
「15か……なら一応組め、ますね。ただ、そうですね……一応どこに行こうと思っていたのか教えてもらっても?」
乙では下限と上限のレベル差が20までなら公平PTを組めるようになっている。
だから組むこと自体は可能だが、いかんせん構成がやばい。
前衛1枚、後衛火力2枚、支援1枚と一見バランスが良さそうに思えるが、実際はそうじゃない。
ランサーがタンクをやるとしたら避けタンクになるから、基本的に一対一で戦うことになる。
一方メイン火力のパイロマンサーは範囲スキルが強いクラス。もちろん単体火力が出せないわけではないが、真価を発揮しようと思ったなら俺たちがやっていたように3体ずつは狩りたいところだ。
その時点で噛み合ってないし、もう一人の火力であるハンターはそもそもソロ向きのクラスだ。多彩な罠で足止めをし、テクニカルに狩りをしていく。
デバフをかけたり状態異常を引き起こすこともできるからPTに貢献することもまあ可能ではあるものの、罠というスキルの性質上かなり難しくなるだろう。
それに単体火力もスナイパーほどは出ないので、パイロマンサーの苦手とする分野をカバーできない。
支援がプリーストというのはまあいいが、スキル主体で戦闘するのであればウァテスのほうが優先度は高いだろうな。
こんなクソ構成の固定PTがまともにプレイできるとは思わないんだが……。
いや、だからこそホプライトを育てようとしていた俺に声をかけたってことか?
「一応、バーランダンジョンの1Fでしたか? あそこに挑戦してみようかと」
「バーランダンジョン、ですか」
「どうでしょう?」
正直ここで断るのは簡単だが、しかし一緒に行くメリットも確かにある。
ホプライトを育てたいっつうのは紛れもない事実だし、この機会にバーランダンジョンを見学してみるのもいいだろう。
それになにより、俺が今やっているのはMMORPG。
見知らぬ誰かと遊ぶためのゲームだ。
もしかしたら今後化けてくる連中かも知れないし、ここは申し出に応じてみるとするか。
「わかりました。ホプライトはほんとに今から育てようと思ったくらいなんでまだレベル0だけど、それでもよければ」
そういった瞬間、若干彼女たちの顔が引きつっているように見えたのはきっと気のせいじゃないと思う。
[委員長メモ]
「なりたいクラスランキングではサマナーが一番人気」




