1-18. ハイリスク・ハイリターン
『痛っ!?』
森を進み何戦かこなして少しずつ慣れてきたかなと思った頃、後方からmoniの小さな悲鳴が聞こえてきた。
このゲームでは痛覚はほぼ再現されておらず、物が触れているなあとか、衝撃が伝わってきているなあ程度にしか感覚がない。
その上リアルの森を歩いているときのように草木で体を傷つけるなんてシステムも実装されていないはずだから、今ここで痛いなんていうのは横湧きしたmobからダメージを受けたことに驚いてうっかり言ってしまったパターン以外ありえない。
そこまで瞬時に判断したところで、俺の体はすぐに動いていた。
後方といってもたかだか2,3m程度の距離しか無いから、すぐに振り返ってmoniのもとに駆け寄っていく。
当然ヒーラーであるラフの反応も俺並みに早く、既にヒールを飛ばして彼女のHPを全回復させている。
とりあえずこれで事故死は免れただろう。
ひとまず安心し、駆け寄った先にいるはずのオークウォリアーのタゲを奪おうとするのだが、しかし奇妙なことに、予想していた位置にオークウォリアーの姿は見つけられなかった。
『横湧きしたんじゃないのか?』
疑問を投げかけた直後、俺の目の前でmoniの体にダメージエフェクトが走った。
すぐに再びヒールが投げられるも、まだ油断はできない。
見えない敵……あるいはバグか?
まだ一応β期間ではあるからそういうこともあるだろうとは思うが、何でもかんでもバグだなんだと言うのはよくないだろう。
ここは想定外の事態が起こっているとして、冷静に判断しないといけない。
そんなことを考えていると、moniがなにかに気がついたようでチャットを飛ばしてきた。
『向こうから攻撃が飛んできたみたいです』
moniが指差す方向には森しか無い。
だが飛んできた、というからにはおそらく……。
そう考えたところで、再びその攻撃が飛来してきた。
moniの被弾を防ぐことはできなかったが、今の攻撃はしっかり見えた。
見えない敵の正体は矢だ。
敵の弓兵が森のなかに潜んでいたということだ。
『ちっ、この辺は遠距離攻撃もちが出るのか……面倒だな』
『ああ、あそこに何かいますね。とりあえず倒しましょうか』
『んじゃタゲ取るから攻撃任せた』
いることが分かってしまえば倒すこと自体は問題ない。
カズーのスキルはCT中だったので、俺が【プロヴォーク】でタゲを取る。
これで魔法の詠唱も通せるからあとは適当に強めの単体攻撃を叩き込んで終わりだ。
『おや、ダメージの通りがあまり良くないですね。地属性じゃないみたいです。かといって軽減されてるというほどでもないですし――【ストーンバレット】! ……ああ、風属性ですね、このアーチャーは』
『そうするとmoniが処理するにはちょっと向かないか。うかはどうだ?』
『地矢なら少しもってきてますよーっと。うん、まあまあ通るって感じやね。元々魔法ほど火力高くないですし、あ、せやけど倒せたね』
どうやらオークアーチャーというやつのHPはオークウォリアーほど高く設定されいないみたいだ。
それでも属性相性的にやや倒すのに時間がかかる、と言った感じか。
『うーん、遠距離攻撃持ちがいるってなるとこの辺はやっぱり今のレベル帯じゃ厳しいんだろうね。オークウォリアーだけでも割とぎりぎりだし。後衛の被弾も気をつけなきゃってなるとボクもシャーマンとりたくなっちゃうな』
『けれど一撃で死ぬわけではないですし、位置取りを少し調整すればなんとかなるのでは?』
この問題は結構厄介だ。
今までは近接mobとしか戦っていなかったから、横湧きをしても落ち着いて距離をとるなどして対処していけば被害を出すことなく対応することもできた。
しかし遠距離攻撃持ちが湧くというのなら、後衛も何回かは被弾すること前提で動かなければならない。
今はたまたま何もしていないときに食らったからすぐに回復もできたし、俺もフォローに回れたが、これがオークウォリアーとの戦闘中に起きてしまうとこうもうまくいかないだろう。
最悪、ここでの狩りを諦めるまである。
なにせmoniのHPだと3発打たれたら死ぬからだ。
このゲームのデスペナルティは大したことがない。
経験値10%ロストするだけだからな。
だが、実際には数値以上の無駄が発生する。
この狩場に到達するまでにかかる移動時間がおよそ30分。
一度死ねば30分+デスペナ分無駄になるということは、もし30分で50%経験値を稼げるようなら実質計60%の損失に値するということ。
これは効率にかなり響いてしまう。
さてどうしたものかな。
安全重視で平原に戻ってもいいし、リスク承知でもう少し頑張ってみるか。
ここでこのまま戦うならせめてオークアーチャーをすばやく処理する手段が欲しいところではあるが。
『せやったらうちスナイパーにクラスチェンジしましょか? レンジャースキルは現状で充分ぽいですし、単体攻撃強化したほうがええんちゃいます?』
『ああ、それはありだな。もうクラスレベル15にはなってるのか?』
『あ、まだでしたわ。1次クラスはレベル15でスキルアビリティ習得でしたやん。そうしましたらあと1は上げなきゃですー。ついでに言えばあと2上げるとスキル的にキリがいいですわ』
『んじゃあと2上げたら一回街にもどることにするか。それまでは少し慎重に進もう。もしダメそうならしばらくは平原で我慢か、別の狩場を探す方向で』
『おっけ〜、んじゃ前行くねぇ』
◆ ◆ ◆
その後の狩りでは危ない場面も多少あったものの、なんとかデスペナ無しでおよそ1時間狩り続けることができた。
予想以上にうかの動きがよく、アーチャーの横湧きにも冷静に対応して、タゲを取った後に俺やラフを肉壁にして自分は被弾しないという高等テクニックをうまく使い、ダメージ分散を図っていたのが印象的だ。
それについて少し聞いてみたら、
『いやー、食らうのいやなんでちょうどいい位置にいた皆さんを壁にしただけやで〜』
なんて悪びれた様子もなくケラケラと笑っていた。
どちらにせよ、これだけ動けるなら商人なんてせずに普通に狩り専になってもいいと思うのだが……。
そして肝心の狩り効率はというと……またしてもとんでもないことになっていた。
通常のオークエリアでの時給が5人PTで大体40kいかないなあという具合だったのに対し、先程のオークウォリアー狩りは60k近く叩き出している。
初期遺跡三種の時給が普通14k、高速周回可能になってようやく21kとかだから、このヤバさが際立つだろう。
とにかく、今後俺たちが遺跡を周回する理由は一切なくなった。
どうせ遺跡装備はマーケットで買えるだろうし、そもそもスロットが0固定の遺跡装備は今後相対的にどんどん弱くなっていくから採用することも減ってくる。
オープンフィールドならレアドロップで装備も手に入るし、なんと言っても真髄の夢があるから楽しみしか無い。
ま、どんな効果の真髄があるかも分かってないから出てもハイ外れでしたってことのほうが多いだろうが。
さて、昼休憩を挟んだらガッツリ狩場にこもりますか。
取り敢えず今日の目標はキャラレベル24だな。
できれば次の遺跡3種も攻略してしまいところだ。
◆ ◆ ◆
そして午後。
俺たちはとにかく狩り続けた。
うかがスナイパーに転職したことで単体火力が高まり、オークアーチャーの処理速度が上がってきたことで安定度も増し、途中からは雑談しながらひたすらやっていたわけだが。
きっとレベル上げに夢中になって、何もドロップのことを考えなくなっていたのが良かったんだろうな。
誰の物欲センサーにひっかかることなく、そいつがぽろりとドロップした。
――「オークウォリアーの真髄」アイテムを獲得しました。
そのログに最初に気がついたのはこのPTの中では最も強欲な女だった。
『ちょ! 真髄きましたわやで! PTインベントリみてみて!』
『あぁ? そんなもんたかだか5時間狩ったくらいで出るわけ無いだろ』
『そんなことよりアーチャー早く処理してください。インベントリなんて精算時に見ればいいだけです』
『えぇ……この人らホンマかいな……真髄やで……初物やで……』
『あ、ほんとに出てるね。しかも効果当たりっぽい』
うかの言葉はいかんせん信じがたかった……というかうるさくて狩りに集中しろよとしか思わなかったのだが、ラフが落ち着いた声音で伝えてきた言葉でようやく、これはもしや本当なのか? と思いはじめてきた。
でも今は戦闘中だ。とりあえずあとはアーチャーとウォリアー一体ずつ残しているだけだから、ささっと処理していく。
よし、倒し終わったしPTインベントリを見てみるか。
他の連中も訝しみながらも動きを止めて確認しているみたいだ。
うわ、いつの間にかインベントリの中めっちゃくちゃアイテム増えてるな。
一番出てるオークの鋭い牙なんてもう2000いくぞ?
で? 肝心の真髄は……。
『お、マジであるな。まだ2000ちょっとくらいしか狩れてないと思うが、案外出るもんだな』
『この狩場きたその日に出るなんて幸先いいね! 効果は……おぉっ! これすごくいいんじゃない? おれっちめちゃほしい!』
『だから言うたやん! 出とるって!』
『はいはい、もうわかりましたから』
確かに効果もかなりいい。
これはこの狩場に通う理由がますます出来たな。
+++
オークウォリアーの真髄
動物種族から受けるダメージ-30%
レアリティ:エピック
種別:真髄
装備箇所:外套
重量:1
+++
『よし、しばらくこもるの決定だな。他の連中がくるまでに荒稼ぎしよう。真髄は自分たちで使うからマケに流さないし、出てる他の装備類をマケに流してもすぐにバレることはないだろ』
『おっけ〜、俄然やる気出てきたね!』
『戦場の記憶・残滓もいっぱい出てるし、これならある程度装備強化してもいいね』
『うっしゃー、もういっちょ真髄だしたるで〜!』
『欲を出すと出るものも出なくなるんですよ。これネトゲの常識です』
その後真髄があっさりもう一個でた。
なんて展開は当然なく、目標レベルに到達してその日のフィールド狩りは終了することになった。
[!] TIPS
■ 物欲センサー
特定のアイテムを求める気持ちを正確に検知し、そのアイテムのドロップ率を極端に低下させる悪魔のセンサー。
古来からオンライン・オフライン問わずレアドロップを求めるプレイヤーたちを悩ませ続けた存在で、手に入るまでは全然出る気がしないのに、もう必要なくなったときには何故かやたらと出まくるという嫌がらせのような機能まで搭載している。
当然そのような機能がゲームに実装されているはずもなく、この話はマーフィーの法則に属するものである。
しかし昨今、思念接続という技術によって実現可能性が出てきてしまった結果、もしかして本当に物欲センサーは実在するのではないか? との意見も急速に広まりつつある。
■ レアドロップ
レアドロップとは、めったに出ないドロップアイテムである。
ゲームによって具体的にどのくらいの確率のものからレアドロップと称するかは変わってくるだろうが、O2においてはドロップ率1%を切るものに関してはレアドロップとよんでいいだろう。
ちなみに真髄のドロップ率は0.02%、つまり5000分の一に設定されている。
この確率について、よく5000体倒せば一個は出る確率などという人がいるがそれは誤りである。
ドロップ率0.02%の場合、5000体狩ったときに少なくとも一個ドロップしている確率は、約63%である。
6割の人がまあ出るが、4割弱の人は出ないので5000体程度で出るなら悪くない、といった感覚だろう。
なお、A4たちが出した2000体という数は、およそ32%の確率となるので、なかなかに運がいいと言える。
いずれにせよ、全ては確率で決まること。
90%だろうが1%だろうが出るときは出るし、出ないときはでない。
本当に出したいなら出るまで狩れば100%出る。
それがネトゲのレアドロップだ。




