0-2. 仮想世界の英雄と現実世界の勇者
さっきちらっと話したと思うが、俺は誇り高き自宅警備員。
言い換えればクズニートだ。
ベーシックインカムに甘んじて社会にでることをせず、家賃すら勿体無いといつまでも親の脛をかじりつつ実家の自室で怠惰な毎日を過ごす、社会のゴミってやつだ。
ま、俺の時代には結構な数居るんだけどな。
毎日時間を余らせている20代の男が何をやって時間を潰しているかを話そう。
昔っから男子三日会わざればゲーム一本クリアしてる、なんて言葉があるだろ?
そういう感じで、毎日飽きもせずゲームをしてる。
言ってしまえば俺はゲーマーってやつだな。
漫画もアニメもエロもそれなりに嗜むが、そっちはおまけ程度だ。
本業はゲーム。それも主にオンライン。
そしてこの時代でネトゲと言ったらもっぱらフルダイブVRゲーを指すことは想像に難くないんじゃなかろうか。
このジャンルのゲームが出た当初は本当に世のゲーマーたちどころか、それまでゲームなんて一切見向きもしなかった層まで取り込んで、一大ムーブメントが起こったもんだ。
なにせ仮想世界はリアルと錯覚するほどの再現率だ。
現代社会に疲れ切った大人たちは仮想世界に癒やしとストレス解消を求め、リアルじゃ体験できない夢のようなアレコレをまるでリアルのように体験する。
若者は若者で物語の主人公になった気分で冒険の毎日を送る。
オンライン・オフライン問わず、VRゲームってのは過去のゲームを本当の意味で過去のものにしちまったんだ。
俺だってそうさ。
初めて体験したのは高校生の頃だったかな。
あの頃は見るもの全て斬新で、「圧倒的リアリティ! 圧倒的自由度!」なんて謳い文句に踊らされてな。
自分が異世界に転移した勇者なんじゃないかって思い込んじまって、どっぷりのめり込んだもんだよ。
とはいえ当時はまだきちんと学校に通っててさ、一応リアルでやるべきことはやってたからそりゃトップ層なんかになれるはずもなく、いわゆるボリューム層ってところでエンジョイしてたんだ。
で、高校卒業後。
大学生と言う名のモラトリアム期間に突入した俺は、リアルそっちのけでネトゲにどっぷり浸かっていった。
やりたいことがあったわけでもないし、何か得意なことがあったわけでもない。
そんな俺が、承認欲求を満たしてくれそうなゲームの世界にのめり込んでいくのは当たり前だよな。
この世界でならリアルの才能なんて気にせず、誰だって輝くことができる。
本当の希望はこの世界にしか無いんだ。
そんな風に考えてた当時の俺、ほんと、純粋だったよなあ。
でさ、昼夜も問わずプレイし続けたかいもあって、ようやくトップ層に追いつくことができそうな所まで来たんだ。
そんな時、本当にそんな最悪のタイミングで、俺は出会っちまった。
あの忌まわしきクソ野郎、リアルチート野郎にな。
そいつをはじめて見た時にはまだ毛も生えてない初心者だった。
ちょっとピーキーなクラスを選んでたみたいだが、今から始めるならそういうのでエンジョイするほうがいいだろうなと思って温かい目で見ておいた。
次に会った時、俺が知らない装備を持っていた。
見たことない装備だなとは思ったが、まあ全部把握してるわけでもないしとそれほど気に留めなかった。
その次に見た時、そいつはイベントで英雄とまで呼ばれているトッププレイヤーを差し置いてぶっちぎりの好成績を収めていた。
俺には一体何が起きているのかわからなかった。
慌てて掲示板だの何だので情報を仕入れてると、そいつがどうもユニーク装備だのユニークスキルだので身を固めていることがわかった。
多分あいつはリアルで何かしら武芸を極めてるんじゃないかとも書かれていた。
まるで物語にでてくる勇者みたいだな、なんて称賛する声すらあった。
それを見たとき、俺の中から何かがこぼれ落ちていくのを感じたもんだ。
ははは、笑っちまうよな。
俺はただ、リアルじゃ上手くいきそうもないからバーチャルで必死こいてたっていうのに、そのバーチャルの中でさえリアルの才能に負けたんだぜ?
リアルで負けて、バーチャルでも負ける。
こんなのってありかよ、なあ?
俺が輝ける世界は何処にもない。
希望は最初から何処にもなく、あるのは現実という二文字だけ。
そんな残酷な真実を、俺は知っちまったんだ。
確かにこの時代はいい時代だよ。
働かなくたって生きていけるし、娯楽は溢れてるし。
本当に楽な時代だ。最高だ。
けど、どこにも逃げることができない。
才能がないものは行き場を失い、毎日自分をごまかし続けるしかない。
バーチャルですらリアルを追い求められ、ユートピアはディストピアへと姿を変え、ギルドの英雄たちは皆死んだ。
ならどうするのかって?
決まってるだろ、抗うんだよ。
俺は確かにクズでどうしようもない男だが……誰にも譲れない意地くらいもっている。
クズはクズらしく、ゲーマーはゲーマーらしく。
世界がそれでもリアルを求め続けるなら、俺はいつまでだってバーチャルを追い求め続ける。
特別な才能はいらない。
バーチャルにリアルはいらない。
ただひたすら、ゲームをゲームとして楽しめ。
それが俺の、何の取り柄もない無様な男の戦い方だ。
――そして月日は流れ、俺はついに出会った。
最後の希望、忘れられた俺達の希望。
そのタイトルに。
[!] TIPS
■VRMMORPG
Virtual Reality Massively Multiplayer Online Role-Playing Gameの略称。
日本語訳としては仮想現実大規模多人数同時参加型オンラインRPG。
オンラインゲームの一種であり、1990年代に生まれたMMORPGの流れをくみ、そこに近年発達したVR技術を組み合わせることで仮想世界を実際に体験しようというコンセプトのもと生まれた。
単にVRMMOなどとも呼ぶ。
基本的には従来型のMMORPGと変わらない。
ただし従来型とは違い、プレイヤーはコントローラを握る代わりにフルダイブを行い、実際に自分の体を動かすことでアバターを操作することになる。
そのため、まるで本当に自分が異世界に行っているかのような体験ができる。
また、多くのVRMMORPGでは性別を詐称することを禁止している。
従来型と同じように性別に関しても規制をしていなかったところ、それを悪用したハラスメント行為(悪意ある男性プレイヤーが女性アバターを使い、本当に女性であるプレイヤーに対し性的な接触やいやがらせをするなど)が多発したためである。
元々MMORPGというジャンルにおいてはゲーム内に人間社会が築き上げられることもあり、人間関係にまつわるトラブルが切っても切り離せないものであったが、フルダイブによって現実味を帯びた体験ができるようになった結果、一層そういったトラブルが増えることになった。
このことは問題視されてはいるものの根本的な解決をすることは不可能であり、またこれもこの種のゲームの醍醐味の一つであるとして受け入れられている節もある。