1-15. 安くて美味しいマケの味
「まいどありー」
乙が始まってから二日目の夜。
俺はマーケットを見て回っていた。
初日には全く見かけなかった露店も、今じゃそれなりの数並ぶようになっており、マーケット専用マップはネトゲらしい賑わいを見せている。
どのプレイヤーもIDに行けるようになって、報酬の換金アイテムで手持ちに余裕ができたからだろう。
かくいう俺も初日夜と今日一日中IDを周り続けた結果、資金的にはかなり余裕ができて所持金は300kvを超えていた。
……さっきまでは。
その露店をみた時、俺はぎょっとしてしまった。
思わずオープンチャットで声を出しそうになったくらいだ。
正直、今でも少し心臓がドキドキしている。
なぜかって?
まあこれをみてくれ。
+++
カプリスキャットの真髄
人種族から受けるダメージ-30%
レアリティ:エピック
種別:真髄
装備箇所:外套
重量:1
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分かったか?
こいつははっきり言って、物凄く強い真髄だ。
種族耐性ってのはそもそも普通に育ててても得られないもので、それだけで数値がどんなに低かろうと価値がある。
0と1なら1のほうがいいに決まってるよな?
で、そのうえ耐性値が3割ときた。
ダメージの低い序盤じゃピンとこないんだろうが、後半ダメージがインフレしていくと、この価値は倍々ゲームで上がっていくだろう。
100しか受けない時期じゃ30しかカットしないから防御力をあげたほうが良さそうに見えるんだろうが、10,000受けるようになった頃には3,000だぞ?
しかも委員長に効いた話じゃ、各種耐性は乗算で計算されてるそうだから、人種族-30%、打撃属性-20%ってな具合に重ねていくと、単純に足し合わせた50%カットじゃなく、1.3×1.2で56%カットになるって寸法だ。
耐性一種類を100%にするのはまず不可能だろうが、それぞれを少しずつ集めていけば相当な防御力になるだろう。
とまあこんな具合に序盤でこれが手に入るだけでも充分嬉しいことなんだが、俺が驚いていたのはこれが露店に並んでいたからってだけじゃない。
値段だ。
MMORPGのアイテムの市場価格ってのはぶっちゃけ全く決まっていなくて、プレイヤーが勝手に決めていくだけだ。
売り手が価値あると思えば高く売りに出されるし、逆にそう思われなければ安く売りに出される。
特にNPC売値が安く設定されているアイテムなんてのは相場が決まらないうちは値段の変動がかなり激しい。
そうだな……分かりやすいところで言えば、いまほとんどのプレイヤーが周っているIDで手に入るボスドロップ装備がいいかな。
こいつは現状だとかなり強い部類で、俺たちPTも全員揃えているんだが、NPC売値が10vと非常に安くなっている。
だから余った装備は露店販売していくのが基本となるわけだが、さっきざっと見て周ったところ、最安値が1kv、高いところだと50kvなんてのもある。
乙のマーケットは自分の足で見て回らないとすべての価格がわからないようになっているから、こういう現象が起きやすいわけだ。
これもまたネトゲの醍醐味なんだが、まあ話を戻そう。
さっき見せたカプリスキャットの真髄。
いくらで買ったと思う?
……。
残念、外れだ。
正解は200k。
え? 安くないじゃないかって?
馬鹿言うなよ、おい。
これから市場にはどんどんvaalが溢れてくる。
いまボリューム層が通ってるIDでさえ一周10k稼げるんだぞ?
そこで20周するだけで元が取れるのに、今後レベルが上がって上位の狩場やIDに行けるようになれば収入がどんどん増えていくんだ。
これが高いわけ無いだろう。
確かに、現状の狩場に人種族は存在しない。
だからこそ、これを売りに出したやつはこの値段で出したんだろうな。
周りの露店に出ている高いアイテムの値段を参考に、真髄だからこれくらい高い値段で売れたらなあなんて考えなんだろ。
だがその考えは甘すぎる。
こいつは今後市場に金が溢れた時……数M、いや下手すれば10M以上価値がつくことになるだろう。
それを見極めることができないようじゃ、この世界で勝ち上がっていくのは厳しいだろうな。
さてと、もしかしたら他にも掘り出し物が出ているかも知れない。
時間も余っていることだしもうちょっと散策してみるか。
◆ ◆ ◆
『カズー、ラフ、ちょっといいか?』
『んー? A4っちどしたの』
『なんだい?』
moniはもう落ちていたが、この二人はまだログインしていたので声をかけることにした。
ってかコイツラが残ってて助かったわ。
『悪いが金貸してくれ』
『へ? 今日稼いだ分はどしたの』
『使い切った』
『はやっ』
『なんかいいもん売ってたん?』
『ああ、かなりいいもんだ。いま買わんと週末には最悪10倍の値段になってるだろうな』
『なるほどね。どこいけばいいかな?』
『そうだな……マーケットの3番区ターミナルで頼む』
『了解ー。カズーも大丈夫かな? ここはA4信じて投資したほうがいいと思う』
『A4っちがそう言うなら間違いないね! 街の中調べてただけだからすぐいくよ〜』
よし、これで狙ってるアイテムは買えそうだな。
同じ露店を熱心に見てるやつが隣にいるが、あの様子だと手持ちが足りないか効果がいまいち分かってないかのどっちかだろう。
とはいえ他のやつに買われるかも知れないから、早めに合流して金を借りてしまおう。
『お待たせー、面倒だし300k渡しちゃうね』
『ああ、一人200kずつ借りられればいいと思ってたが、それはそれで助かる』
『きたよーん。いくら渡せばいいん?』
取り敢えずラフにトレード申請を出してっと。
お礼にインベントリにあったタルシーでも渡しとこ。
『OKラフサンクス。カズーは200k頼む。金使わないなら300kでもいいけどな』
『ボクは300k渡したよ』
『ならオレっちも300kにしとこっと。どうせすぐ貯まるしね〜』
お、カズーも300k貸してくれるか。こいつは助かるな。
カズーには……ミルクでも渡しておくか。
『サンキュー』
『ミルクあり! 飲んじゃおっと』
『あ、ミルクいいなあ。ボクはタルシーだったよ。ゴミ押し付けられたよ』
『いやミルク今飲んでも意味ないだろ……乙は味覚再現適当だし』
『ああ、確かに乙は今時珍しく味覚再現に力入れてないよね。なんか何のんでもすっきりした水って感じだし、何食べてもお米って感じだし』
『わかるわかる! きっとご飯はリアルでちゃんと食べろって意味なんだろうけどね〜。料理人志望のプレイヤーには不評かも』
さて、おしゃべりは程々にしてさっきの露店に戻るかな。
まだ売れてないといいが。
……。
…………。
お、まだ売ってるな。
ってさっき隣で見てたやつまだいんのか。
どんだけ気になってんだ。
「やっと売れたー! まいどあり!」
狙っていた商品を無事購入すると露店の主が嬉しそうに声を上げた。
そんなに待つくらいならバイトシステム使ってログアウトするなり狩りいくなりすればいいのにな……。
さて、あと欲しかったやつは確か2番区方面だったよな……。
「おにーさん、おにーさん」
こっからだとターミナル使ってもそんなに短縮にならないな。
ついでだしまた掘り出し物ないか見ながら移動しよう。
こうしてる間にも新しい露店でてるかもしれないしな。
「おにーさん、おにーさん」
とはいえ今買ったのが300kだから残り300k。
あんまり無駄遣いはできないよな。
やはりIDに頼らないもっと良い金策を探すべきだな……。
そろそろプレイヤーの財布も潤い始めるんだし、ID回るのはやめて金策狩場探すか。一人のうちに目ぼしい場所を見つけておこう。
「ちょっと! 無視しないでやー!」
考え事をしながら歩いていたら、突然後ろから矢が飛んできた。
このゲームは原則PK禁止だから当たり判定なんて当然無いんだが、風切り音だけは立派に鳴るからちょっと驚く。
で、誰が俺に攻撃してきたんだ?
「あ、やっとこっち振り向いてくれた。もう、ずっと声かけてたんやから!」
「あぁ? なにか用か?」
さっきからずっと後ろの方で聞こえてた声は俺を呼んでいたのか。
全然気づかなかったわ。
「おにーさん、さっきあの露店で298kのアレ買ってたよね? おにーさんが買ったんよね?」
298kのアレ?
思い当たる節は……あるな。
さっきは300kって言ったが正確な値段は298kだった。
なんでそのことをこいつが知ってるんだ……ってああ、もしかしてこいつさっき俺の隣でずっと露店見てたやつか?
まあだとしても本当のことを教えてやる義理は無いわけだが。
「知らんな。それに知ってたとしても俺がお前に教える義理はない」
「なるほどなるほど、情報管理はしっかりしてるんだね……、うん、おにーさんいいね」
「はあ? 用がないなら俺はもう行くぞ。子供に構ってるほどヒマじゃないんだ」
「うち子供じゃないよ! 低身長なのはキャラ作りのためやよ!」
「そうか。まあだとしても知らんやつの相手をする気はない。じゃあな」
なんだか分からんが、面倒臭そうなやつだと思ったから無視することに決めた。
こういうときの俺の勘は当たるのだ。
それに高額品を買ったことに目をつけてるってことは乞食プレイヤーの可能性も高い。
あとついでに言ってしまえばこいつの喋り方はかなり胡散臭い。
関西弁を真似している関東人の喋り方だ。
「ちょっとちょっとー! だからまってーて! すぐ終わるから話だけでも聞いてよ! ね? 先っちょだけ、先っちょだけでいいから、ね?」
「おまえは下手なナンパ師かなにかなのか?」
無視するつもりが思わずツッコミを入れてしまった。
「第一ここにいて俺がこれだけ急いでるってことは買いたいものがあるってことだとわからんのか? ゲーマーにとって時間は命より重いんだぞ」
「う、たしかにそのとおりやな……商人失格や。わかった。ほなおにーさんが買い物終わるまで待ったるから、終わるまでついてきます」
「もういいや、好きにしてくれ」
仕様上移動速度に差がない上、街中じゃ妨害手段もないから振り切ることもできない。
こいつがついてくる気しかない以上ここは諦めるしかなさそうだ。
[!] TIPS
■ マーケット
O2に於いてプレイヤー同士の取引を促進するためのシステム。
現在のMMORPG業界では、取引用の掲示板を設置し、そこに商品を登録することで自動的に販売するという方式が主流である。
掲示板方式のメリットは、出品されている商品に一括でアクセスでき、検索が容易なので商品が見つけやすく、買う側としても売る側としてもスムーズに取引できるということ。
同一商品の値段もすぐ分かるため、値段がつけやすいのもポイントである。
デメリットとしては、価格競争が非常に激しくなりやすいということである。
商品名で検索すれば同じ商品がすべて出てくるので、購入者は必ず一番安い商品を買うだろう。
人気商品であれば多少高くても需要が上回り少し待てば買ってもらえるが、そこまで需要が高くない商品の場合、早く売ろうと思ったら最安値にするしかなく、それがどんどん連鎖していき急激な価格崩壊を起こしやすい。
対して、O2で採用している現地販売方式は利便性を度外視し、ゲームとしての体験を重視したものである。
プレイヤーはアイテムを売るために特定の場所で露店を出すことで、アイテム販売を行える。
購入者側がアイテムを購入しようとした場合、実際に歩いて露店を巡り、商品を探さなければならない。
非常に手間ではあるが、この行為そのものがショッピングの疑似体験となるため、買い物もゲームの楽しみの一つと捉えるならば、必ずしも手間がかかることがデメリットであるとは言えない。
また、同一商品でも同じ場所に固まって出品されることは事実上ありえないので、相場が極端に下がるというケースが起きにくくもなる。
無理に安くしなくても、探す手間を考えてすぐに見つかったアイテムを購入する、というケースがあり得るからだ。
また、購入はシステムで行うので店主との会話は不要ではあるものの、露店を出しているプレイヤーと直接やり取りすることも可能なので、商人プレイを楽しみたいユーザーからすればこの形式の方が好まれることがある。
O2の露店はマーケットエリアという独立したフィールドでのみ出店可能で、出店料を1000vaal徴収される。
また、アルバイトシステムというものも搭載しており、これはNPCに販売を任せることで自身がその場で応対をしなくても良くなるというものである。
狩りにでてもいいし、ダイブアウトしても問題ない。
アルバイトシステムの利用料は10,000vaalである。
マーケットエリアは出店数によって無限に拡大していくフィールドになっていて、ある程度人数が増えると1番区、2番区、3番区……といった具合に小エリアが増えていく。
番区間の移動にはマーケットエリア限定のターミナルが随所に設置されているので、それを利用すればスムーズな移動が可能になる。