1-9. 見てから回避余裕でした
部屋の中央に大きな壺が鎮座している。
それ以外にこの中広間には特にめぼしいものはなく、mobすらいないので初めてくるとなにかギミックがある部屋かなと思ってしまいそうではあるが、もちろんそうではない。
中広間にメンバー全員が入ると同時に後方から大きな金属音が鳴り響く。
振り返るといつの間にやら入り口に鉄格子がはまっている。
先程の音は鉄格子が落ちてきた音らしい。
『おぉっ、結構迫力あるねぇ〜』
『この辺はやはりVRならではですね』
このID初体験の二人は迫力ある演出に満足そうにしている。
だが演出はこれで終わらない。
今度は広間の中央に置いてある壺がガタガタという音を鳴らし始める。
その音に視線を鉄格子から壺の方に戻すと、中から何かが今にも飛び出してきそうなほどに、壺が大きく揺れている。
ぐわんぐわんと二度、三度。
どんどん大きくなっていく揺れがピークに達したかと思うと……何も飛び出してくることなく、何故か揺れが収まっていってしまう。
その様子に、どういうことかと疑問を浮かべるカズーとmoni。
顔を見合わせ、ちょっと気を抜いた瞬間……。
QWEEEEEEEEEEEEEEE!!!!
大きな破砕音と同時に、耳に障る大音声の鳴き声が広間中に響き渡った。
思わず僅かにビクリとしてしまう二人。
見ると、壺が粉々に破壊され、中から大きなモンスターが飛び出してきている。
『おぉぉっ! びっくりしたぁ〜〜〜』
『……不意打ちは卑怯です』
驚かされたことを素直に認めて演出を楽しそうにしているカズーと、恥ずかしいところを見せることになるとは、と不服そうにつぶやくmoni。
この演出のことを黙っておいて正解だったな、うん。
中ボスのくせにやたらと張り切った演出を見せながら登場してきたのは体長2Mほどもある巨大なカタツムリのモンスター、サンダースネイルだ。
見るからに動きのトロそうなこいつがどうやって壺を震わせていたのかとか、あんな声は何処から出てくるのかとか、そもそもこんな巨体が入るほど壺でかくなかったよね、とかいろいろ突っ込みどころはあるが、そんなことはゲームだからどうでもいいのだ。
さて、演出も終わったことだしいざ戦闘の開始である。
『それじゃ、いつも通りカズーはタゲ持ちよろしく。moniは【ストーンバレット】連打な。一応30秒は意識してくれ』
『おっけ〜』
『承知です』
『どうでもいいけどこの辺だとボクって手持ち無沙汰だよねえ』
『そりゃ序盤からヒーラーが過労死するバランスのゲームなんて誰もやらんだろ』
軽口を叩きながらも、すでに全員準備は完了し行動に入っている。
サンダースネイルはその名前の通り、雷を操る、風属性のmobだ。
だから火属性の【ファイアボール】を主軸にするより、地属性魔法の【ストーンバレット】を使ったほうがdpsが出る。
あとはHPはそこそこ高いため、ヘイト値の再計算タイミングでmoniがうっかりタゲを取ってしまわないよう気をつける必要がある。
俺もカズーが【プロヴォーク】を発動したのを横目で確認し、サンダースネイルの近くまで走り込んでいく。
と同時に、【見切り】によってサンダースネイルの攻撃範囲が予知される。
この範囲からいって、くるのはなぎ払い攻撃だ。
示されている攻撃範囲はなかなか広く、後ろに飛び退いても回避できそうもない。
ならここは、走り込む勢いのまま更に突っ込むっ!!
サンダースネイルが頭の部分を上方向に引っ張るように伸ばし、そのまま頭をぐわんと前方に振ってきた。
そのギリギリのタイミングで俺はローリングを行い、掻い潜るようにサンダースネイルの側面に飛び込んだ。
ぐわんっ!
直後、鈍く空気を揺らす音が後方から耳に届いた。
ダメージは一切ない。
目論見はうまく行ったようだ。
サンダースネイルのなぎ払いの発生地点はその巨体の頂点、頭だ。
やつは真横から180度薙ぎ払うのではなく、高い位置から前方をすくい上げるように頭を振り回し、攻撃してくる。
だからやつの真横に飛び込むことが出来れば、ぎりぎり当たらないという寸法だ。
タゲを抱えているカズーは食らっていたようだが、きちんと盾でガードしていたのでダメージは少ない。
そのままサンダースネイルの向きを固定してくれれば、俺はこの側面からひたすら安全に殴れるだろう。
ここで注意するべきなのは、殻を殴るとダメージが減ってしまうということだな。
このゲームのmobは弱点部位や強化部位などが設定されていることがある。
雑魚mobならそういうのはあんまりないが、こういうボス属性持ちならまず設定されているだろう。
サンダースネイルの場合は殻の部分の防御属性がプレートタイプになっており、斬属性攻撃を25%軽減されてしまう。
ヌルヌルとしている本体部分ならレザー属性で、斬属性の軽減率は5%しかないので物理攻撃をするなら本体を殴ったほうがいい。
そんなことを考えつつ、適当に【バッシュ】を叩き込んでいく。
んー、一発平均150ってところか。
疑似真髄で底上げしてるのが地味に効いてそうだな。
『そろそろ落雷くるよー』
しばらく叩いていると、全体を見ていたラフがサンダースネイルのスキル発動の予兆を確認したらしく、攻撃中の俺達に伝えてくる。
すぐに俺は攻撃をやめ、次に来る攻撃を回避しやすいようカズーから距離をとるように動く。
moniも次の詠唱には入らず、落雷をすぐに回避できるように警戒に入ったみたいだ。
サンダースネイルが使ってくる唯一のスキル、落雷(正式名称不明)は全体攻撃だ。ヘイト値に一切関係なく、フィールド全体にランダムで一定数の雷を落としてくるため、後衛にも被弾の危険性が発生する。
こいつを避けるのが一応この中ボスの山場となるわけだが……。
足元を眺めていると、赤い円状のマーカーが出現した。
俺はそれを見て、すぐにマーカーの出ていない場所まで移動する。
するとその直後、俺がいた地点に激しい音を鳴らしながら青白い雷が落ちてきた。
回避に成功した俺は、当然ダメージ0だ。
……とこのように、避けるのは非常に簡単である。
先程も見たとおり、落雷予定地点に赤い円状のマーカーが出現するからだ。
俺たちはそのマーカーが足元に出たらそこから退くだけでいい。
雷が落ちてくるのもマーカーが出てから3秒後なので、本当に見てから回避余裕って感じになっている。
ま、練習用のダンジョンの中ボスで回避困難なスキルとか使われたらたまったもんじゃないんだが。
かといって、油断しすぎても良くない。
かたつむり本体の通常攻撃が無対策で60程度なのに対し、この落雷は一発当たり120近くダメージを食らってしまう。
マジシャンであるmoniの最大HPがいま118なので、普通に即死レベルだ。
落雷が来そうなのに詠唱を始めるなどしてしまうと、運が悪ければ何もできず死ぬことになる。
だからスキル発動の兆候である、殻にある突起に雷のエフェクトが出たらきちんと攻撃をやめて落雷に備えるべきなのだ。
その後もマーカーが次々に地面に現れ、順番に雷が落ちてくる。
雷の軌跡が目の前で走るのは結構怖いもんだが、当たらなければどうということはない。
雷系のスキルはこう、見た目が派手なのがいいんだよな。
俺も魔法系ビルドで行くなら風系統でいきてえわ。
なんてことを考えながら避け続けること10発程度。
全員危なげなく全ての雷を回避し、再び攻撃に戻る。
また落雷を使ってきそうなら、同じように回避すればいい。
それを繰り返すだけだ。
『【ストーンバレット】!』
moniがその一発を打ち込むと、サンダースネイルの殻にヒビが入り、そこに纏っていた雷を上空に放ったかと思うと、その雷の発光が収まった頃には殻は砕け、サンダースネイルは自身の雷にその身を焼かれ息絶えていた。
ようやく中ボスであるサンダースネイルとの戦いが終わった。
dpsを考えると1分で終わってもいいくらいだが、落雷の回避時間もあったので3分ほどかかってしまった。
『乙カレー』
『おつ』
『お疲れ様です』
『おつかれさまー、とりあえず報酬確認しよっか』
IDでは中ボスやボスに討伐報酬が設定されており、倒した瞬間に部屋の中央に宝箱が出現する。
このレベル帯で使うにはなかなかいい性能をしているので、早めに周回して必要数を揃えつつ、余ったのは高めなうちに売り出したい。
『えーっと、出たのはノーヴィスマントとノーヴィスグローブだね』
『流石に一発目から胴装備は引けないよな』
『まあそのうちでるっしょ!』
『聞いてた話のとおりなら異常に確率低いわけでもないですし、10週くらいする頃には揃うと思います』
『まあそうだな。SP回復したらさっさと次進むぞ』
[!] TIPS
■ IDにおけるドロップ設定
O2ではID内部のmobはドロップテーブルが設定されていない。
すなわち、IDに出現するmobに関しては真髄が手に入らないということでもある。
その代り、IDは随所に宝箱が設置されており、そこから換金アイテムを手に入れることが可能。
イーリアス遺跡では一周ごとにPT全員に10k分の換金アイテムが配られることになる。
その他、中ボスとボスを倒したときにも報酬が配られる。
この報酬はPT人数によって獲得数が変わり、1-2人で1個、3-4人で2個、5-6人で3個獲得できる。
PTを組んだ状態で入れば報酬はPTインベントリに送られるが、自動マッチングの場合は報酬が全員に伝えられた後、辞退可能なダイスロールによって分配されることになる。