0-1. こんなクソゲー、やめてやる
『「ちょっとユート! さっきのスキルはなんなの!?」
「なにって……言わなきゃだめか?」
「当たり前でしょ! パートナーである私に隠し事は無しっていつも言ってるじゃない!!」
やれやれ、またアリサの小言が始まったよ、やれやれ。
さっきは危なかったからとっさに使っちゃったけど、ホントは見せたくなかったんだよなあ。
こうなるから。やれやれ。
「うーん、誰にも言わないでくれよ? あれはユニークスキルの夢想剣ってので……気づいたら手に入れてたんだ」
「はぁ!?!? アンタまたそんなの……、はあもう驚くのも飽き飽きだわ。
これだからユートは……」
「ばっか声大きいだろ注目されたらどうすんだよ。目立つのは嫌いなんだ」
「もう十分目立ってるからいまさらよもう」』
……って感じか?
全部俺が勝手にアテレコしただけだが、あのチーレム野郎はこのネトゲじゃ悪名高い存在だ。
その連れの女の様子から察するに、だいたい間違ってないだろ。
こちとらログイン限界まで必死こいて育成してんのに、このゲームときたら平気でああいう手合を優遇して俺たちの努力をバカにしてきやがる。
ほんと、自由度の高すぎるゲームってのはクソだ。
今作こそはと思ったんだが、なんかもう萎えたわ。
こんなクソゲー、やめてやる。
最前線で通用する装備一式を限度いっぱいまで強化して、破壊する。
「あー、こういうときに限って最高値できちまうんだよな」
引退すると決めたときにありがちなやつだ。
目標値にするのに一体何百Mつぎ込んだのかもわからない武器が、確率の壁を超えてあっさり強化最高値に達する。
これ以上の強化はシステム的に不可能だからもう破壊すらできない。
まあいいか、適当にマーケットに100kくらいで流しとこ。
所持金は……、ギャンブル系のアイテムでも買い占めて開封祭りでもすればいいか。
それで出たもの全部マケに最低額で流せばこのゲームともお別れだ。
おつかれ、ゲームクリア。
――。
――――。
――――――。
目の前には、よく見知った天井がある。
ここは俺の聖域で、今寝ているのはもちろんベッドだ。
起き上がり、フルダイブ明け特有のぼんやりした頭をシャキッとさせるためにお気に入りのエナジードリンクを一気に飲み干す。
微妙な味と強烈な炭酸が身体に染み渡る。最高の気分だ。
さてと、はじめまして、画面の向こう側の諸君。
俺だ。
今からちょいと俺の話に付き合ってもらおうと思う。
なあに、退屈かもしれないが、暇つぶしくらいにはなると思う。
これから語るのはそう、俺という人間が俺らしく無様に生きていく物語さ。
15年ほど前に画期的な技術革新が起きて以来、VRやARだなんて呼ばれてるものが日常的なものになった。
俺はまだ小学生だったからその時の世間の騒ぎようは正直いまいちわからなかったんだが、今にして思えばかなりいい時代に生まれたと思ってる。
なぜかって?
そりゃ人と会う必要がないからさ。
例えばそう、俺がお気に入りのエナジードリンクを買いたいと思ったとする。
この時代じゃなきゃどうしてた?
きっとコンビニに行っただろうな。
コンビニに行けば……きっと無愛想な店員がまるで機械みたいに定型文だけ発しながら、つまらなそうに応対してくるだろうよ。
あるいはネットスーパーを使ってもいい。
そしたら今度は暑い中街中を駆けずり回ってるおっさんが額に汗をにじませて、ここにサインお願いしますだなんて言ってくるわけだ。
なんでエナドリ買うだけなのに会いたくもない人間と会わなきゃいけないんだ?
はっきり言って俺は嫌だね。
ところがこの時代はどうだろう。
今じゃどんな店だって責任者が裏で暇つぶししてるくらいで、視界に直接AR表示されるショッピングメニューから欲しい商品を選べばほらおしまい。
誰と会うこともなく、商品が自動的に受け取り口から出てきて、支払いだって首につけたPIDが勝手にやってくれるから手間もかからない。
なんて素晴らしい時代なんだろう。
ああ、PIDがなにかって?
PIDってのはPersonal Identification Deviceの略称だ。
日本語で言えば個人証明端末だとかいったかな。
要は、現代技術が生み出した超すごいデバイスさ。
その名の通り身分証としての機能はもちろんのこと、思念接続で視界に直接モニタを表示してくれるから何も持たなくてもインターネットし放題、当然だが財布としての機能も備わってる。
こいつが出てくる前はみんな小さな画面と睨めっこしてたみたいだが、そんなことしてたら目が疲れないか?
ま、そんな話はおいといてだ。
とにかく今は俺みたいな陰キャニートが生きるには最高の時代ってこと。
ベーシックインカムも実現したおかげで働く必要すらないしな。
おっと、退屈な時代背景の話はもういいかな?
俺の話をする上で前提情報を知ってもらわなきゃ話が通じないだろうからな。
こうしてわざわざ語ってあげたってところだ。
さて、VR時代が到来したってことを理解してもらったところで、じゃあなんでそんな説明をしたかって言えば……ま、わかるだろ?
これから話す俺の物語はまさにそのVR世界上で繰り広げられるからさ。
[!] TIPS
■PID
Personal Identification Deviceの略称。日本語では個人証明端末とも。
現在の日本では15歳以上の人にPIDの所持が義務付けられている。
チョーカー型とブレスレット型の二種類が主流となっており、特に思念接続が可能なチョーカー型はかなりの人気を誇る。
PIDのハード自体は役所で格安で販売されている低機能廉価版のほか、各メーカーが工夫をこらした製品を販売しており、メーカー品は多様なデザインと搭載された便利な機能が売りとなっている。
現在ではインターネットへのアクセスはPIDを経由することが必要となっており、そのためオンライン上での完全な匿名活動は不可能となった。公的な機関を通すことであらゆるログから送信元が判明してしまうためである。
無論、通常利用の範疇で個人情報が見られるということはなく、ハンドルネームの設定なども対応しているため、後ろ暗いことの無い人々にとっては特にデメリットはなく、むしろインターネット上の犯罪が激減したことで却って安全に利用できるようになったと評判はいい。
一般的に使われているPIDに搭載されている機能としては身分証、それに付随して各種免許証や保険証などとしての役割、財布機能、インターネットアクセス、通話機能、メッセージ機能、などなど。
スマートフォンを更に便利に、持ち運びしやすくしたものと考えればいいだろう。
■思念接続
時代を変えた最大の技術的要因。
人と機械との間で思念波による情報の超高速通信を実現する技術。
発表当初こそ否定的な意見がでたり、人体への悪影響が懸念されるなどしたが、それらを全て覆す研究結果が報告され、一気に世界中に広がった。
PIDの開発も思念接続があったことによるところが大きい。
この技術によりフルダイブ技術の確立や、直接視界に映像を投影するAR技術の進歩などがもたらされることになった。
個人によって応答速度に差があり、平均値に対して最大5%ほどまであると言われている。
応答速度が低い人は解像度を落とすなど、情報量を減らす対応で不便しないように工夫している。