助け。
その男子は、とある日の夜、桐山の家を訪れたそうだ。初めに迎えたのは桐山の母だったという。
『こんばんは。玲さんのクラスメイトの◯◯です。夜分遅くにすみません、玲さんはいらっしゃいますか?』
かなり礼儀正しく挨拶したらしい。、、、最初は。
桐山の母が桐山自身を呼び、玄関まで桐山が行ったところで、その男子は豹変した。
『桐山さん、こんばんは。、、、死ね』
人を殴ることを何度も経験したその男子の拳が、桐山の顔面を吹き飛ばした。
口内をひどく切った桐山は口の中から血をぼたぼたと流す。
恐怖のあまり悲鳴をあげる母をよそに、その男子は桐山の上にまたがり、さらに殴打を続ける。まるで深くえぐられた自身のプライドを、桐山への暴行で埋めあわせるかのように。
その時、桐山の父が家にいたのが良かったのか悪かったのか。
母の悲鳴で飛び出してきた父は、娘を殴るその男子を見るなり即座にその男子に掴みかかり、髪の毛を引っ張ってーーその男子の頭部を何度も何度も何度もーー何度も壁に打ちつける。怒りに任せ何度も。壁も床も血だらけ。かなりの惨劇だった。怒り狂う父を止めたのは、ギリギリ理性を保っていた桐山の母だったそうだ。
正気に戻った桐山の両親が最初に行ったこと。
それはーー父自らの自首だった。
娘を守るためとはいえ、死人を出した。これは正当防衛の範疇を超えてしまっている。
警察が駆けつけ、桐山の父は連行。自首したため、刑は若干軽くなるかもしれないがーー
その後桐山自身は病院へ搬送。顔面にあざや切り傷は多少できたものの、数日もすれば回復する見込みだったという。
これがとある一夜の出来事だ。
話はまだ終わらない。
数日の入院の後、学校へ再び登校できた桐山を待ち受けていたのは、ひどい現実。
クラスメイト、先生はおろか、友人さえもーー桐山玲との会話を拒絶した。
桐山の周囲にいる人間の共通した認識、、、桐山玲が、人殺しの娘だということ。
あいつの親は人を殺した。あの夜の状況を何も知らない人間が話だけ聞いて受け取るのは、その部分だけだ。
あの女にひどいことをすれば、親が黙っちゃいない。そう思うと、迂闊に喧嘩すらできない。
だったら仲良くしないほうがいい、というのが周囲の暗黙の了解となった。
そしてそこから、桐山玲の、孤独な学生生活が始まったーー
依然、何も知らない街。
さすがに桐山も歩き疲れたようで、顔にも疲労の様子が伺えた。
それに、日が暮れ始めている。元いた世界同様、この世界にも1日というサイクルはあるらしい。
「社さん、私お風呂入りたいです。いつまでも臭いままじゃ嫌なので」
なんだ、自分でも臭いと思っていたのか。
んなこと言ってもな、、、
「こんなところに風呂なんかないだろ、、、」
「ですよね、、、。でもさすがに、着替えたいです」
まぁ、そのくらいなら、、、
その辺の店のを勝手に着ればいいんじゃないか?
「あ!これ可愛いです!」
ちょうどよく、お気に入りを見つけたらしい。桐山は建物に入り、その服のもとに駆け寄った。
俺も何か、羽織るものを、、、
病衣じゃ寒かったところだ。俺も後からその店に入り、上に着られそうなものを探す。
お互いに着替え終わり、店を出る。
なんつーかこいつ、、、厚着してんのにそれでもわかるくらいに胸がでかい。
俺は大きいのも好きだが、でも別に、大きさにはこだわらない派である。、、、どうでもいいか。
「お腹すきましたねー、社さん。何かご飯を食べましょう!」
マイペースなやつだな。
まぁ時間も時間だし(時計なんて持ち合わせちゃあいないが、日の沈み具合からそう感じただけだ)、何か食べるのも悪くない。
、、、が。
「何もありませんね、、、」
かなり残念そうに桐山が呟く。
そうなのだ。
散々歩き回り、飲食店らしき店舗もそれなりにあったのだが、いかんせんその建物の中には食材らしい食材がひとつもないのだ。
ないとわかると途端に腹が減った気分になる。
だがないものはしょうがない。
「桐山。今日はもう諦めよう。諦めて、さっさと寝ようぜ」
腹が減ってるときは、寝るのが一番だ。
「むー、、、そうですね、仕方ないです」
かなり残念そうだが、賛成はしてくれた。
外で寝るよりはマシだと思い、ショッピングモールの中に入った。
外はすっかり暗いが、建物の電気はつかなかった。
窓から外を見ると、星が出ている。月もある。
月明かりのみが照らす建物の中で横になった。
その横に、ちょこんと桐山が座る。
暗くてあまりよく見えないが、昼間とは違い、不安そうな顔をしている。
「どうかしたか?俺と寝るのは不安か?」
「あ、いえ、それは別にいいんですけど、、、」
それも別に良くない気がするが、、、俺は何もしないと思っているのだろうか。信頼されているのか、はたまたただのチキンだと思われているのか。
まぁどちらにしても、そこは別に不安ではないらしい。
じゃあなんでそんな顔をしている?
「ただ、私、夜って苦手で、、、。すごく心細くて、前もこんな風に、夜は泣きそうな顔をしてたんですよ、、、へへ」
かなり引きつった笑顔を俺に見せた。
なんとなくだが、、、
やはり、孤独で寂しい生活をしてきたんだろうな、、、と、思った。
「そうか。でも今は大丈夫だから、とにかく寝とけ。明日、どうなるかわかんないだろ」
「そうですね、疲れたので私も寝ます」
そう言って桐山も横になった。
何時間経ったのだろう。
それとも、何時間か経ったのだろうか?
割とそこそこよく眠っている最中だった。
突如。
バリン!という、ガラスが破壊された音がし、俺は飛び起きた。
「な、、、」
なんだーー?
どこの窓が割れたのか、暗くてよくわからない。
しかし、音の方をじっと目を凝らして見ていると。
ザッ、ザッ、という音とともに無数の影が近づいてくるのがわかった。
なんだ?人なのかーー?
「どうしたんですか、社さん、、、」
桐山は今目を覚ましたらしい。
そして。
「な、、、なんだこいつら、、、」
数メートル先に来たところで、ようやくはっきりと見えた。
シルエットは人型である。二足歩行もしている。
ただーー
「や、社さん!何ですかこの人たち!」
桐山は、人、と表現したが、こいつらはどう見てもーー人間じゃない!
明らかにこちらへ向かって来ている。敵意すらも感じる。
「逃げるぞ、桐山!」
無意識に桐山の手を引っ張った。
だが、桐山は立ち上がろうとしない。
「おい、どうした桐山!」
「こ、、、腰が抜けました、、、」
こんな時に!、、、いや、こんな時だからか。
ああもう、しょうがねぇ!
桐山の腰に手を回す。
「ちょ、社さん!?何してるんですか!お腹触らないでください!」
んなこと言ってる場合か!
こんなことをしているうちにも、謎の生き物どもはじりじりと近づいてくる。歩くのが遅いのが幸いだった。
「よっこらせっ!」
俺は桐山を担ぎ上げ、肩に乗せた。
、、、ちょっと重い!
「あー!今、重たいとか思いましたね!?」
こいつさっきから、全然関係ないところにばっかり文句言ってきやがる!
「おい、ちゃんと掴まれ!走るぞ!」
桐山を担ぎながら走るのは正直きついが、逃げなきゃやばい気がする。
出入り口に向かって走る。
肩に乗ってる桐山がゆっさゆっさと揺れてかなり走りにくい。
「痛い痛い!肩がお腹に刺さって痛いですー!」
騒ぐ桐山は放っておき、構わず走る。
ばたんっと勢いよく扉を開け、外に出るとーー
「なんなんだよこれ、、、」
あちこちに、さっきと同じやつらが徘徊している。俺たちの存在に気づいたやつからこちらを向き、歩くのは遅いが確実にこちらに向かってくる。
出来るだけ数の少ない方へ逃げよう。
しかしどこへ逃げてもこいつらはいる。さすがに疲れて、一旦路地裏に身を隠した。
「社さん、もう降ろしてくれて大丈夫です。歩けますから、、、」
そうか。自分で逃げてくれるならそれはありがたい。
ゆっくりと肩から桐山を降ろした。
暑くてしょうがない。着ていた上着を脱ぎ捨てた。
とりあえず、ここなら大丈夫だろう。
「なんなんですか社さん、あれ、、、」
「さぁな。なんつーかーー」
あれはもはや、ゾンビだ。
あんな感じのゲームなら、やったことある気がする。そんな記憶が少しだけある。
ほとんどない記憶の中で残っていた数少ない記憶がそれって、俺らしいな。
昼間はいなかったと考えると、夜だけ出現する、と考えるのが妥当だろう。
寝ていたからわからないが、、、あんな数、どこから出てくる?
「怖いです、社さん、、、」
後ろからキュッと、桐山が病衣の裾を握る。
「大丈夫だ、安心しろ桐山」
情けないが怖いのはお前だけじゃない、残念ながら俺もだ。
さて、どうする?このまま朝まで待つしかないのだろうか。
建物の中に入るのはやめたほうがいいだろう。先ほど同様、中にだって入ってくるのだから、出入り口を塞がれたらそれこそ逃げ場がなくなる。
だからと言っても、逃げ続けられるとも思えない。
戦うしかーーでも、何で?どうやって?
怯え、俺の後ろで震える桐山をよそに、俺はどうすればいいかを必死に考えていた。
そんな時だった。奴らはもう、目の前にいたのだ。
「社さん、前!」
やばい、反応が遅れたーー
ーーパンッ!という銃声音とともに俺の目の前のゾンビはぴたりと停止し、そしてシューという音を立てながら、待機中に霧散していった。
その後ろに、人の姿。
今度こそ。
今度こそ、正真正銘の、人間がいた。
「大丈夫ですか、お二人とも」
眼鏡をかけたその男は俺たちに言う。
俺と同じくらいの年齢だろうか。
男は銃をおろしながら俺たちの元へ歩み寄る。
「あぁ、、、助かった、ありがとう」
本当に危なかった。
あいつらに何かされたら死ぬのかどうかはわからんが、死ぬかと思った。
「あなたたちは、ここへ来たばかりですか?」
まるでこいつは元々ここにいたかのような質問をしてくる。
「そうだ。俺もこいつも今日の昼間、起きたらここにいた」
俺の横で桐山もこくこくと頷く。
「そうでしたか、それは良かった。久しぶりに、ゾンビ化する前に救出できました」
え、、、ゾンビ化?
「おい、じゃあ、あいつらはいったいーー」
さっきの銃声音で周囲の奴らが気づいたのか、ゾンビどもがぞろぞろとこちらに向かってくる。
「おっと、話はあとです。今は僕についてきてください。行きますよ」
そして眼鏡の男は走り出した。
「おい桐山、大丈夫か?」
「はい、走れます!」
よし、なら逃げる!!