表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暗闘  作者: 伊藤むねお
7/52

犯罪か

 辰巳の背後で内線電話が鳴った。取り上げてみると居間にいる息子の久からだった。急いでテレビの九チャンを見ろという。

 すでに回線への接続は断たれ画面の動きは止まっていた。同時にCDへの書き込みランプが点灯したのに気がついた辰巳は、反射的にCDを抜き出していたが、久からの電話はその時だった。

 急いでPCをテレビに切り替えた辰巳が、映しだされたものと自分の作業の結びつきを悟るのにそう時間はかからなかった。

 ――・・・SHOTだ!

 ランナーのコースと倒れた地点と時刻は到底偶然とは言えない。どういうメカニズムかは不明ながら自分の操作が引き起こしたのだということは、全く疑う余地のないものだった。

 ――落ち着け、落ち着くのだ。意図してなかったとはいえこれは犯罪だ。自分は罠にはめられたのだろうか。いやそれはあるまい。俺をおとしめて得をする人間などがいる筈がない。口を拭って知らないふりを装えばどうだろう。いやいやそれは駄目だ。少なくとも、このCDを自分の鞄に入れた人間が・・・そうだ、あのサングラスの男だ。あいつが入れたのだ・・・。

 辰巳は唇を噛んだ。

 ――どこのサーバーかは知らないが管理者がログを吐かせてプロバイダーに問い合わせれば発信元がどこかはすぐにわかる。こうなることを知っていたかどうかも問題だな。無論、俺は知らなかった。だが本当にそうか、そう言い切れるか、俺は自分を偽っていないか。

 辰巳の熱した頭の中で目まぐるしく自問自答が繰り返された。これまで他人事だとばかり思っていた加害者が、ついに自分に巡って来たのだ。

 ――とにかく落ち着け。そうだ先ずはこれだ。

 辰巳は画面をPCモードにもどすと、先ほどの静止画面を呼び出して改めてディスクに保存し、念のためにUSBに入れた。その上で改めて深呼吸をして腕をくんだ。今こそが六十年近くをかけて形成した自分の人格が試されている。


「見た? なんでああなったんだかわかる? 監督が湯タンポがどうのって怒鳴っていたけど・・・あれ、どうしたの」

 五分ほどの後、久が入ってきた時、辰巳の決心はついていた。

 ――正直にいうことだ。それも急がねばなるまい。被害者や捜査する側に立ってみれば一分一秒でも早く手がかりが欲しいはずだ。

「久。大事な話がある。すぐにお母さんと俊子をここへ呼んでくれ」

 父親のただならぬ表情をみた息子は、身を翻すようにして部屋を出ていった。


 集まった家族に辰巳はCDを見せ、それから事件の場所を説明し、次いでまだ続いている事故現場の騒ぎと、そのCDを挿入して以降の操作の関係を語った。

「どういう仕組みかはわからないが、俺が関係してしまったことはまちがいない。正直なところ迷ったのだが俺は決めた。口を拭っているわけにはいかない。これから遠山に電話をしてその指示に従いたいと思う。あるいは拘束されて罪を問われて会社も辞めなければならなくなるかもしれないが、みんなどうか承知してくれ。すまん」

 そういって頭を下げる辰巳に家族はさすがに息を飲んだ。しかし、辰巳が意外に思ったのは妻の希代子だった。近年ありきたりの倦怠期のせいか、会話も途切れがちだった。

「あなたの思うとおりになさってください。わたしたちは大丈夫です」

 きっぱりとそういってくれた。


 遠山の妻が電話口に出ていた。

(まあ、辰巳さん、お久しぶりですわ。奥様はお元気ですか)

「はい。おかげさまで息災でおります。早速ですが遠山はおりますか」

(遠山はこのところ休み無しなんです。どこで何をやっているのか)

「奥さんなら連絡が取れますか」

(お急ぎなのでしょうか)

「はい。とても急ぎます」

 少し沈黙があったが、はい取れます、という答があった。

「それではお手数をかけて申し訳ないのですが、遠山に大至急私の自宅まで電話をくれるように頼んでもらえませんか」

 遠山の妻は辰巳の口調にただならぬものを感じたようである。

(すぐに連絡をとってみます)

 

 短い冬の午後である。早くも翳りが出始めた頃、やっと遠山の秘書という女性から電話があった。

(奥様からご連絡をちょうだいしておりますが、あいにくと遠山はまだ打ち合わせが続いておりまして、暫くはお取り次ぎは出来かねるのですが)

 辰巳はすぐにこう言った。

「わたしが遠山と話したいことは、遠山の今の仕事と密に関係があることなのです。恐縮ですが、もう一度そのように伝えてみてください」

 有能そうなその女性はなにかを感じ取ったらしい。それでは少しお待ち下さい、といって電話を保留した。

 一分ほど待たされた。

(俺だ。しばらくぶりだが手短に頼む)

 電話口に出た遠山に辰巳は駅伝事故のことを告げ、次いでそれへの自分の関与を話した。電話の向こうで一瞬息を飲む気配があった。

(本当なんだな)

「本当だ」

(よし。こちらでもすぐに確認したいことがある。十五分ほど時間をくれ。もう一度電話するから必ずそこにいてくれよ)

「わかった」

(俺の仕事との関係を言ったのはなぜだ)

「それはただのカンといいたいが理由がないこともない。それを今聞くか?」

(いや、それはあとで。それじゃ一度切るぞ)



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ