伊能亮一
佐野が決然とした面もちで立ち上がった。
「みんな、ここまで打ち明けていただいたのだ。月並みないい方だがベストを尽くそう。このままで送り出してくれたみんなの同僚たちにも面目が立つまい。できることを確実にやっていこうじゃないか。望みはある。敵は一枚岩ではないかもしれないし裏切り者はまた必ず裏切りを繰り返す。まずは永田町駅での張りこみだ。それを練ろう」
「分かりました」
刑事たちが佐野の檄に呼応して立ち上がったそのときだった。部屋に淡い菫色のコールフラッシュが走った。
近くにいた有田が素早く受話器を取り上げて暫く聞いていたが、すぐに受話器を手で押さえて言った。
「室長、秘書の方からです」
遠山が受話器を受け取った。
「遠山だ」
(お打ち合わせのところ恐縮です。外線から最高レベルコードでの通話の申し込みがきております)
「誰だ」
(それが、イノウ、といってもらえば分かる。これだけしかいわないのです)
「なに。イノウ? 伊能だって!」
遠山の表情に形容しがたい色が走った。
「繋いでくれ・・・・・・もし、遠山です」
(遠山さん。伊能亮一です。十五年ぶりです)
受話器を通して聞こえるその声は、遠山が記憶するものからはずっと大人のものになっていたが、まちがいなくあの伊能少年のものだった。
「ああ、そうなるな。元気か」
(はい。遠山さんもお元気のようですね)
「うん、おかげさまで元気でいるよ」
遠山の目が心持ち潤んだように佐野には見えた。
「だが、伊能君、それだけで電話をしてきたわけではあるまい。そもそもさっきのコードをどうして知っているのだ」
(手短に申し上げます。堺公人君の行方に関して有力な情報を提供出来ると思います)
「なに、堺の」
遠山の声に、がたりと椅子が鳴り室内の空気が一変した。
「どうして君がわたしにそれを」
(堺公人君の弟と妹から聞きました。兄の身の上に本当に困ったことが起きたら、遠山さんにこのコードを使って連絡を取れといわれていたと。不思議なご縁です)
「そうか・・・しかし堺の弟たちはどうして君にそれを?」
(同じ団地に住んでます。ごく最近、中学一年の妹さんと知り合いになったのですが、どういうわけか頼られて)
「そうか」
そうか。あの伊能ならそういうこともあるのだろうな。
遠山の胸にせり上がって来るものがあった。
(情報を提供するにあたり、お願いがあります)
「・・・昔と同じかな」
(わたしは彼が乗ったタクシーの番号を知っていますのでそれを教えます。そしてその車が発見されたら、すぐにわたしにも教えてほしいのです。他は昔と同じように、わたしの名前が出ないようにしていただくこと。私生活を詮索しないでいただきたいということ。十五年前あなたはその約束を守ってくれた。わたしはそれを思い出して再び電話をしたのです)
「わかった。で、君は現場に来てなにをしようというんだ」
(それはその時にわかります。急ぐのでしょう? 約束をしてください)
「わかった。約束する」
(番号は三〇ー五五九一。都王というタクシーの標識が屋根についていました。どこの営業所が溜まりなのか。わたしの携帯の番号をいいます)




