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暗闘  作者: 伊藤むねお
18/52

不可欠

 ――そこまでやってたとはな・・・。しかし遠山さんはまだなにかを隠している。つつきだしてやるぞ。

 佐野は意を決した。

「室長。これから先の捜査の進め方なんですが、このまま隠密捜査となりますと長期戦の覚悟が要ります」

「それでは困る」

「承知しております。駅伝ランナー火傷事件と杉ビルの関係を秘匿しなければならないというのも分かります。しかしあれは外部から操作されて起きたのですから、外部との回線を断ち切った今は、もう現実的な問題はないのではないでしょうか。テミスという守護神が侵された重大さはわれわれにも理解できます。しかし、それはあくまでもセキュリティ機能であって本機能ではないはずです。そうであれば超法規的な措置として」

 待ちたまえ。

 遠山が手をあげて制した。

「佐野君。そうはいかないのだ。辰巳は画面を保存しておいてくれた。またCDも素早く抜き出してくれたために一部が残っていた。それらから大山グループが判定したところでは、あれは一種の操作用プログラムであって毒虫そのものではなく、毒虫そのものはまだTAROの中、つまり本機能の中にあるというのだ」

「ということは、あのような殺人光線がまた出るかもしれないとおっしゃる?」

「殺人光線といわれては困るが、怖れているのはそれだ」

 やはり、と佐野は思った。

「逆に出ないかもしれないのでは?」

「かもしれないでは絶対に困る」

「分かりました。では、オートトリガーが仕込まれているのを心配されている、ということになりますね」

「・・・」

「もしもわたしがハッカーなら、十二月一日という日付と時刻と場所をまずトリガーにしますが」

「そうだったら?」

「もしそうであるのなら、デモの日時を前後にずらせば取り敢えず最悪の事態は回避できるのではないでしょうか。それから場所も」

 遠山は苦く頬を崩した。

「佐野君には叶わんな。しかしながらその回避策なのだが、そればかりは君の提案を聞き入れるわけにはいかない。日時がなんとしてもずらせないのだ。よろしい。隠していてすまなかった。皆にも理由を話そう。以下は第一級の機密事項だ。いいね」

 遠山は口をそこで切り、無言で全員を見回した。みな神妙に首を縦に振った。

「明日、国際的な電撃発表という段取りになっているが、じつは、来日するのは通商関係者だけではなく、クラプトン大統領自らが関係閣僚を引き連れて来日する」

 刑事達は驚き、互いに顔を見合わせた。

「その最大最高のデモが迎賓館における歓迎式典の中で行われる。むろん天皇皇后両陛下のご臨席もいただく。その二十分のために外務省、宮内庁などの関係者がどれほどの苦心をしたか。時刻を多少ずらす程度ならともかく日にちを変更するというのはこの段階では最早不可能なのだ」

「デモソフトを入れ替えてはどうです?」

「それができないのだ」

 遠山はこれまで見せたことのない、悔しさをむき出した。

「なぜなら、そのときに使うのはザ・フラッグスという日米両国の国旗をモチーフにしたCGなのだが、それは親友だった大統領を歓迎するために生前の立花さんが自ら案出したものだ。それを立花総理は親書の中で明らかにしている。大統領は、それを告げた駐米大使の言葉を借りれば、涙を浮かべんばかりに喜ばれたそうで、明日のホワイトハウスにおける訪日発表の際には、必ずそのことに言及するだろうと観測されている」

 ――おおい、おい。なんということだ。

「そして、そのフラッグスが問題なのだ。ここから先は最大最高のインパクトを与えるために極々小数の者しか知らないのだが、これも諸君には話しておく。それを話せば、なぜ捜査を隠密理にかつ急ぐのか、さっき佐野君が言ったように、なぜ場所を変えられないのかもわかるはずだ。これこそが正真正銘の最高機密であることを承知して聞いて欲しい。いいね」

「承知しました」

 佐野が代表して宣誓した。

「フラッグスは最後に焦点を絞った遠赤外線を大統領に浴びせるように作られている。SXVの真価を示すにはこれ以上ない最高のアイデアだと言える」

 会議室全体が凍ったようになった。

「いいのですか。そういうことをして」

 ややあって佐野が大まじめに質問した。

「いやいや、あのランナーが浴びたようなものじゃない。当日の気温や天候も計算に入れるのだが真夏の直射日光程度のものだよ。立花さんと大統領はハーバード大学以来の親友だったからね。つまり立花さん一流のジョークなのだ」

 はああ・・という嘆息が諸処でもれたが、暫くは誰も口を開かなかった。

「しかし」

 佐野が呪縛を振り解くようにして言った。

「システムが無事に復元したとしてですが、万一にでも大統領にジョークが通じなかったらどうなりますか」

 遠山は、少し胸をそらすと低い声で語り始めた。

「大丈夫だ。なぜなら、こういう言い方はまことに憚りが有るのだが、お毒見役がつくのだ。つまり大統領と並んで一緒にその熱線を浴びてくれる日本人がいる。その方が一緒なら問題はない。大統領は日本政府の誠意を必ず理解する」

「誰です? その方というのは」

 遠山が表情を改めてその名前を言うと、一同はぎょっとした表情になった。

「十日ほど前の夜、前もって体験しておきたいといわれて、実際に迎賓館の南庭で、わたしと一緒に体験をされた。特殊グラスをかけてみるバーチャル体験だが、最後の遠赤外線だけは本番と同じものを浴びていただいた。そして、ご承諾を賜った。大成功だった。大成功だったのだ」

 うはああ・・・なんということだ! 

「従って、もしも当日までに毒虫を叩き出し、且つ破壊されたテミスを復元することが出来ない場合は万止むを得ず中止だ。日本政府の面目は丸潰れ。大統領と米国は落胆し、あるいは怒り、世界は日本を嗤うだろう。その結果生ずる有形無形の損失は想像さえ困難なほどだ」

 遠山が顔を紅潮させてそれを語り終えた時、今度こそ本当に、誰も言葉を発することができなかった。

 どうする。そんなに短期日に手掛かりといっては辰巳にCDを渡した男Aと受取人B以外にはなにひとつないのだ。もしも、有田刑事が言ったようなケースならAは現れまい。身を潜めてひたすらXデイを待つだけだろう。



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