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暗闘  作者: 伊藤むねお
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堺公人を被疑者からはずせ

 柴田真澄(ますみ)は佐賀県の出身で両親は健在。東京の専門学校で情報工学を学んだ。旅行が趣味で在学中に日本全国を回ったという。いかつい顔に似合わず優しく社交的な性格で交遊関係も多いが、その中にいかがわしい手合いは見あたらない。高校から始めた空手は三段で今でも時折道場に通っている。現在二十八歳で独身。

 堺公人は千葉の網元の家という裕福な環境で育ったが、不幸なことに両親とは中学生の頃に死別した。幸いにも保険などの遺産で経済的には困らなかったために自力で大学を卒業した。

 職を得て自分の生活が安定すると、それまで親戚などで離ればなれに育った歳の離れた弟妹を引き取って一緒に生活を始めた。大学では情報工学を専攻し、卒業後ただちに人材バンクのパワーセンチュリーに登録、二年後には最高グレイドにランクされた。経験が必要なこの職業で短時日でそこまでいったというのは、よほど才能に恵まれていたと言える。

 このプロジェクトにはその才能と堅実さを評価されて当初から参加していた。システムの深層部までアクセスできる人間としては、唯一の社外の人間だということでも大山らの信頼がいかに厚かったことがわかる。二十七歳で独身。


「柴田は旅行には出ておりません。彼のマンションには支度を詰めた鞄がそのまま置いてありました。沖縄に行く予定だったらしく航空券が残っております。旅行代理店と航空会社に問い合わせましたが、ひとり旅だったようで連れがいた形跡はありません。従って出発以前に拉致された可能性が大です。しかし部屋に争った形跡はなく、又、ドアが外から鍵がかかっていたことから、外出先で拉致されたとみていいのではないかと思います。無論、そのすべてが偽装とも考えられます」

 その夜の九時から始まった捜査会議には遠山も出席していたが、官邸では相当にきつい叱責を受けたらしく、秦には萎れた青菜のように見えた。

 二十数万人いる全警察機構の中で遠山を叱りつけられる人間など五人もいまい。そんなエライ遠山さんがと秦は笑いをこらえていたが、怖い目をした佐野と視線が合うと慌てて表情を引き締めた。

「堺の方は深夜の〇時十分前後に出ております。弟と妹の三人暮らしでメモが残されておりました。弟たちは会社が連絡を入れるまでは行方不明のことは知らなかったようです。堺は時刻からみて、おそらく家の前か南を走る国道まで出てタクシーを拾おうとしたはずです。そうであれば、その途中またはタクシー偽装車が彼をどこかへ拉致した可能性が高いのですが、その目撃者は今のところみつかっておりません。また青山の杉ビル付近で下車してから拉致されたとも考えられますので、今夜もこれから会社近辺での聞き込みを続けます。タクシーについては現在、協会に照会中ですが、今のところ該当する車はみつかっておりません。また個人タクシーのケースも考えられますので、あたるべき運転手の数は五万人ほどにもなってしまいます」

 桜井刑事はそこで言葉を切って佐野と遠山を見た。皆は遠山が公開捜査を決断してくれることを期待したのだが、遠山は目を閉じたまま口を開かない。刑事たちの表情に失望の色が浮かんだ。

 ――こいつはまだ重大なウラがあるな。

 誰もがそう思わざるを得なかった。

 杉ビルの秘密機能が誤作動したというのは確かにまずい。政府が、会計的には立花氏の私財なのだが、優秀な官僚たちを出向させて関わっていた以上、野党からの猛攻撃は避けられまい。官邸や財界から圧力がかかっているということなのか。

「次ぎ、五十風。堺の電話」

 佐野が次を促した。  

「堺の家にかかってきた電話の記録を調べましたが、外出した二十分ほど前に杉並駅前の公衆電話からのものが有りました。恐らくそれで呼び出されたものと思われます。いつも職場に持ってくる愛用のバッグが無く、メモの内容、および電話がかかってきてから部屋を出るまでの時間の短さを合わせて考えますと、職場からの緊急呼び出しを装ったのではないかと考えるのが順当だと思われます。堺を怪しませずに呼び出せる職場の人間で、かつその時刻に杉並駅前から電話をかけられる人物は、次長の石井氏の協力を得て調査した結果、大山部長以下二十六人になります。現在その時刻にそれぞれどこにいたかという聞き取りとその裏付けをとっております。もちろん、そのひとりひとりに、こちらと大山氏の名前で秘密の遵守を誓わせてます。リストを出します」

「多いな」

 遠山がスクリーンを見て呟いた。

「はい。困ったことに時刻が時刻だけに自宅にいたという者が多く、なかなか絞り切れません。この際は多すぎるといっていい人数です。なおかつ、堺と柴田が拉致されたのではないとすれば」

 そこまで聞くと、遠山が決心したように手を上げて五十風を制した。

「堺はいい。彼は拉致されたのだ。被疑者から外してくれ」

「は?」

「堺公人はわれわれの同僚だ」

 遠山がぽつりと言った言葉には皆が驚いた。これまで遠山の下で働いていた相沢達も知らされていなかったようで、あんぐりと口を開けている。

「ここにある履歴は身上書以外は虚偽のものだ。今言えるのはそれだけだ。あとは察して欲しい。いうまでもないが、このことはここだけのこととするように」

「承知しました」


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